みんなが笑顔になるレシピ
大きな赤いランドセルをしょって、少し傾いて来ている太陽までしょったミコが大きなため息をつきました。玄関をくぐると、エプロンで手を拭きながらお母さんが顔を覗かせます。
「おかえり、ミコちゃん」
にこり笑顔のお母さんがミコの目に映ります。ミコはそのお母さんの笑顔が大好きです。
あっ、そうか。
自信を失ったお妃様の部屋の前には料理長を始め、兵たち、そして、狩人たちも心配そうな顔をして立っているのです。
「お妃様は一体どうされたのだろう。あんなにも生き生きとしておられたのに」
「あのお菓子を作り始めてから頬の血色もよくなって……」
お妃様を心配する声は高まります。
「一体どうなされたのだろう」
そして、部屋の中ではお妃様が鏡の前で白い顔を青くして項垂れていました。
「一体どうして食べてくれないのだろうか」
そのまま顔を掌で覆ってしまったお妃様に対して、鏡はやはり答えることは出来ません。しかし、お妃様が気づいていない部屋の外での騒々しさの意味は分かりました。
「お妃様、皆の者が心配なさっておりますよ」
「何の心配をしておるというのじゃ」
何の心配なのか。お妃様には分かりませんでした。なぜなら、お妃様は今まで自分が一番であればそれでよかったのです。そのために誰かが不幸になってしまっても構いませんでした。そんな中で生きてきたのですから、心配する者も、そのお妃様を求めるものもいなかったのです。
「それは、お妃様が美しかったからでしょう」
お妃様は耳を疑いました。
「鏡。今何と言いおった?」
「あのお菓子を作っておられたお妃様はお美しかったと申し上げたのです」
お妃様の顔を覆っていた掌がゆっくりと下ろされていきます。
「あのような粉塗れで。高級な香水もつけておらずの私がか?」
もし、鏡に微笑みを浮かべる口があれば、きっと優しく微笑んでいたでしょう。
「えぇ、バラ色の頬、血色に満ちた唇、好奇心旺盛に輝く瞳は、誰よりも輝いておりました。そして、今、彼らも同じくそう思っておるものと思われます。また生き生きとしたお妃様があのお菓子を持ってきてはくれまいか、と」
鏡は続けます。お妃様の姿がしっかりと自分に映るのを確かめながら。
「よくご覧ください。ここに映るお妃様は、ご自身でどうお映りでしょう?」
目を見開いたお妃様が凛と立って鏡を見つめ返します。
いつしか、寂しかった王国には笑顔の花がたくさん開くようになりました。お妃様の噂を聞きつけて、たくさんの国から様々な人達が集まるようになったのです。集まってきた商人に王族貴族はもちろん美しいお妃様の作るアップルパイがお目当てです。そして、お城の庭を使ったお茶会には町の人も招待され、その美味しいお菓子に舌鼓を打ったということです。
「あら、ミコちゃん嬉しそうね」
夕食の肉じゃがを食べながらにっこりしているミコに、お母さんが微笑みました。
「うん、だって、お妃様幸せになったんだもん」
ミコはお妃様の最後をお母さんに聞かせました。
「白雪姫のりんご嫌いはどうなったの?」
「えっと、それはね、まだ食べられないの」
だって、大好きなお母さんのご飯だから、嫌いなものでも食べようと思うんだもの
森に入ったお妃様は白雪姫に微笑みます。
「今度は自信作なんだけど、どうかね?」
「……うーん。まだなんだかりんご臭いから…ごめんなさい。何度も来て頂いているのに。あっ、そうだわ。お詫びに、これどうぞ。わたしが刺した刺繍のハンカチなの」
お妃様に渡された刺繍はりんご模様。きっと、もうすぐりんごも食べられるようになることでしょう。もちろん、そのアップルパイに毒は入っていません。お妃様は最近、白雪姫を自分の作るお菓子で笑顔にさせることにやっきになっているのですから。
最後まで読んで頂きありがとうございました。