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美味しいリンゴの食べ方は?


 朝になりました。ミコは目をごしごしこすりながら、お母さんに「おはよう」を言います。お母さんは「早く顔を洗ってきなさい」と言いながら、ミコの朝ご飯を準備し始めました。そんなお母さんを見届けたミコは、洗面所へ向かい、自分の顔を鏡に映します。


「かがみよかがみ……」


もちろん、鏡は返事をしません。冷たい水を両手に掬い、顔を洗い、歯も磨きます。髪も梳かしたミコは、お味噌汁のいい匂いがする食卓へと向かいます。ミコが食卓に座るとミコの前にはうさぎさんのお茶碗に白いご飯が、海老茶色のお椀にお味噌汁が、白いお皿にはウサギりんごが置かれます。それを見たミコのお腹の虫がぐぅとなると、お母さんが笑いました。


「お母さん、りんごはどうすれば一番おいしいの?」


「お母さんは、皮をむいてそのまま食べるのが一番好きよ」


それは、ミコも同じです。そして、ウサギりんごはどこから食べれば痛くないのだろうか、と考えながら食べるかわいい物です。


「りんごが嫌いな子もウサギりんごなら食べてくれるかな?」


お母さんは「そうね」と考えます。


「しゃきしゃきするのが嫌なら、甘く煮込むのもいいかもしれないし、お菓子にしてしまうのもいいわよね。りんごそのものの形がなくなれば食べられるかもしれないし。苦手な物ってなかなか食べられないものだしね」


ミコが頷き、ウサギりんごをおしりから齧ると、お母さんはミコを覗き込んで言いました。


「まだ白雪姫のこと考えているの?」

「うん」


お母さんは笑いながら、でも、白雪姫はりんごが嫌いではなかったでしょう? と答えました。



 本当の白雪姫はりんご嫌いではないのです。でも、ミコの中ではもう白雪姫はりんご嫌いになってしまっています。どうにかして、りんごを食べさせることができないだろうか、と。




 お妃様のお部屋には鏡の他に大きな鍋、よく切れる包丁、どんな肉でも柔らかくなる肉叩きハンマー、木匙にすり鉢、お玉がぶら下がってある食器棚があります。そして、大きなかまど。ちろちろと赤い色を灯す炭の上にあるのはいつもなら鉄製の大鍋です。しかし、その前に立つお妃様の手には手慣れない銀鍋が握られています。お妃様が鍋を揺すります。甘い匂いが思い出したように部屋中に広がり、その匂いだけでも口の中に唾が広がります。しかし、その中に煮立っているキツネ色の物を一匙すくい、お妃様は苦い顔をします。


「鏡よ、もっと甘みが必要かのぅ?」


鏡は傾げられない首を傾げました。鍋の脇にあるのは『アップルパイ』の作り方が載せられているノートでした。これは、王宮レシピに載ってあった物をお妃様でも作れるようにと、王宮の料理長に書かせたレシピです。料理長も寝ずに考えた一品です。りんごが嫌いな子にも美味しく食べてもらえるりんご。


「いや、しかし、苦手なものはほんの少しでも気になるしのぅ」


独り言を言うお妃様には鏡が答えないことも全く気にしません。お妃様は食べ物の好き嫌いはありませんが、少しでも自分が劣る、と思うことがあれば耐えられないのです。


 白雪姫も同じかもしれないのです。少しでもりんごの味がしてしまうと、食べてくれないかもしれません。


「やはり、もう少し……」


砂糖のビンを手に取りかけたお妃様の目にふとシナモンのビンが写りました。これはお妃様が作る薬品にも加えるものです。それそのものには全く毒はありませんが、匂いがよく、苦い匂いを消してくれるので重宝しているのです。


 お妃様は思い立ち、自分の書棚へと歩みを進めます。昔は色とりどりだった表紙の並ぶ書棚には、今はお妃様の手垢がついたものばかりになっています。中身はそれぞれです。


 どんな病気でも治す薬、どんな者にでも変身できる薬、どんな者でも殺すことのできる薬。


 綺麗な声になる薬、喉を潰す薬、肌を若く保つ薬、肌がただれる薬。


 薬を作るのには、たくさんの薬草が必要で、その薬草はその量が変わるだけで薬にもなり、毒にもなります。その表紙に指を滑らせながら、一つ、赤紫色の本の上でその指を止めました。


 ここには苦い薬がたくさん載っています。だから、その味を惑わせる薬草もたくさん載っているのです。毒りんごを漬け込んだ時もこの本を開きました。あの時はりんごの味を損なわせることなく、毒の味を消してくれました。あれほどの苦みを消してくれるものです。お妃様はにんまりと笑いました。


 その日から、お妃様は日々粉で真っ白になり、日々りんごの甘い匂いをさせながら、部屋の中、そして、王宮中を歩き回るようになりました。まずは食堂へ、そして、腹を減らした兵たちのいる兵舎。山野を駆け巡る狩人たち。いつもは追い返すだけだった国交を結ぼうとする使者たち。たくさんの人に食べてもらいました。その誰もが口々に美味しいと言います。お妃様はその度手応えを感じました。


 お妃様の作ったアップルパイは誰が食べても笑顔になります。そして、また食べたいと言うのです。自信をつけたお妃様は、再び森に向かいました。もちろん、今回は毒入りではありません。食べるかどうか、が今回の課題だったのです。


 嬉々として出掛けたお妃様は、しかし、その夜、部屋に籠って出て来ませんでした。




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