07 全身全霊の集中力をもってクロ―シアの治療
万能薬が高くて買えない。
だからって、肚を立てても時間が過ぎるだけだから、急いで森へ行って伐採を始める。鉄の斧を出し惜しみ無しで使ってゆく。昨晩、これや予備の食料を入手せず、簡易野セットのたき火を頼りにもう少し伐採していれば、直ぐにでも水薬が買えたかもしれないのに。悔やんでも悔やみきれない。
その怒りをぶつけるみたいにして、一心不乱に斧を振るった。25束を入手する毎にクロ―シアの様子を診に行く。往復が無駄かもしれないけれど、その都度に水をかけてやって、体温が上がらない様にした。
周囲は日差しの加減で、木の周りでも充分な木陰ができない。なので寝かせた場所は移動しないで、新たな寝袋を出してそれを更に上にかけて簡易ツェルトにする。すっぽり覆うマミータイプでは無く足元まで開く事が可能な封筒タイプだからできる事だった。
紐があればもっとやりようがあるんだけれど、無い物ねだりはキリがない。薪束を縛る紐は短いから数が必要になる。そして解いてしまったら売り物にならない。それでは時間を無駄にしてしまう。
だから周りに薪束を置いて壁みたいにして、ツェルト部分とクロ―シアの間に少しでも広い隙間が出来る様にした。
昼食も取らずに伐採をし続けると、お昼を過ぎていくらかしたら薪が150束貯まった。さっそく水薬と交換する。
「クロ―シア、水薬はどう使うんだ?」
「通常なら、飲めば効果があります」
うん、今は予想外な事態だから、分からないって事だよな。取りあえず、少しだけ飲ませて様子をみよう。
膝枕をしてやり、頭を少し起こして飲みやすい様にしてやる。水薬の栓を抜き、支えてやりながら口に近づけると、コクコクと喉がなった。
どうだろうか?
「……あまり、効果がある様には感じられません」
そうなったら、かけるのはどうだ? こう、物話だと飲んでもかけても効果があるってのはよくある設定だよな。
「それじゃ、身体に振りかけたら、効果が期待できそうか?」
「……分かりません。直接やクイックアイテムメニューから服用する以外の使用は想定されていない様です」
想定外っていったら、今のクロ―シアの事態がそうなんだから試してみる価値はあるんじゃないか? マイナスにマイナスをかけたらプラスだろ? ダメで元々なんだから、やってやれだ。
化粧水をつけるみたいに、ポーションを少量手にとると、優しく撫でる様にクロ―シアの顔に伸ばしてやる。ちょっとずつ、何回にも分けてだ。実際に化粧水とか使った事は無いけど、母親と妹が2人して風呂あがりにパシャパシャやていたのを見よう見まねだ。
今度はどうだ?
「……今度は、痛みが引いた気がします」
どうやら、赤く腫れていた感じも治まった様に見られる。これは効果があるかもしれない。
「クロ―シア、赤くなっていた顔も少し落ち着いた感じだから、この方法でいくぞ」
「はい、イソカ様。よろしくお願いします」
薪は全部交換してしまったので、今はツェルトが作れず掛布団状態だ。これから体に直接ポーションを塗ろうと思えば、炎天下に再びクロ―シアの肌を晒さなければならなくなる。それは避けたいのだけれど、どうすれば良い?
ロープが有れば問題は解決だ。けれどロープは無い。無いなら作るか? どうやって? 材料は?
あるだろ! 寝袋を裂いて紐状にしたら良いんだ!
早速俺は、予備の寝袋を取り出して、鉄の斧で端に切れ込みを入れる。そこから丁寧に裂いていって、偏りが出ない様に細長い短冊を作った。これを綯うって行けばロープになるけれど、今は時間が惜しい。寝袋1つ分を丸々使って、長い紐を拵えた。
それを3本ほど用意し、森の中で丁度いい感じの木の間に結び付けて、掛布団になっていた寝袋を掛ける。こうすれば立派なツェルトだ。急いでクロ―シアを寝袋ごと運んで、ツェルトの陰に寝かせる。肌が擦れただろうけど、がまんしてくれ。
やっと日影ができたので、寝袋のジッパーを下しきって、体を外気に晒した。やはり、熱っぽい感じが触らずとも伝わってくる。
これからは、手足を重点的に水薬を刷り込んでいった。心から良くなってくれ、回復してくれと願いを込めて塗ってゆく。
一気に良くなる事は、決して無かったが、行為を繰り返すごとに腫れは引いて、赤みも落ち着いた物へと変わっていった。けれどもクロ―シアの容体は依然と悪いままだ。
「まだ辛いか? クロ―シア」
「はい、随分と良くはなりましたが、本調子とはいきません。身体全体に水薬を塗布する必要がありそうです」
となれば、服を脱がせて胴体もする必要があるんだな。女の子にとっては辛いかもしれないけれど、我慢してもらうしか無いか。
「それじゃ、ワンピースも脱がすぞ。擦れて痛いかもだけれど、頑張って堪えてくれな」
「はい、宜しくお願いします。私が不甲斐ないばかりにお手数をおかけして申し訳ありません」
そんな事、今気にする事じゃ無いだろうが! クロ―シアは重体なんだから、治る事だけ考えてろよ! できるだけ急ぎつつも、擦過傷なんて作らない様に服を脱がした。キャミソールもできるだけまくり上げて、胸が完全には露出しない様に注意も忘れない。
それから鎖骨の周りやお腹に水薬も塗り込んで、うつぶせになってもらってからは、首筋や背中にもじっくりと水薬を塗り込んだ。
「どうだクロ―シア。楽になったら良いんだけれど」
「有りがとうございます、イソカ様。格段に良くなっている感じがします。……ですが、やはり全身をくまなく手当てしてくださる方が、より効果が高そうです」
控えめに言ってるけど、たぶんまだまだ辛いって事だよな。これ以上となると、下着を全部脱がせて全裸になってもらう必要がある。
ちょっと躊躇してしまうけど、これは治療行為だ。クロ―シア本人だって望んでいる。だったらそれをやり遂げなければ男じゃ無いだろ。エロい事は考えるなよ? 俺! 今からするのは治療行為なんだからな!
キャミソールを脱がせ、パンツも下したら、全身全霊の集中力をもって、残りの部分に水薬を塗り込んだ。煩悩は全て排して、ただ治癒の祈りを込めて。
水薬を全て使い切り、全身に行き渡ると、クロ―シアの様子もだいぶ落ち着いてきた感じがした。
「どうだ? クロ―シア。遠慮する必要は無いから、忌憚ない意見を言ってくれよ」
「……はい、イソカ様。堪えられない様な辛さは峠を越えた感じがします。……けれど、まだ歩いたりする事は難しそうです」
回復はしている。けれど、調子は全然万全じゃ無い。だったら、やる事は1つだな。もっと木を伐採して、水薬を買うんだ。
それからの後も、ひたすらに斧を振るった。耐久度の限界がきて鉄の斧が破壊されたけれど、まだ予備があったから、作業は継続だ。
次第に暗くなって夜が訪れたが、使っていないたき火がまだ沢山あったから、その灯りで作業を続行した。実績Pを使えは、切り倒した木をまた直ぐ生やす事ができる。森の奥まで行く必要が無いから、こんな時に便利だ。もっと早く気が付いていたら、日中も移動のロスが無かったんだけどな。
そして、ようやっと水薬をもう1本買う事ができた。
今度こそと、じっくりと時間をかけてクロ―シアの全身に水薬を塗り込む。全部を使い切ったけれど、どうだろうか?
「……イソカ様。……有難うございます。辛さはもう有りませんし、火傷の状態異常を示すアイコンも消滅しました。……完治した模様です」
クロ―シアは目に大粒の涙を浮かべながら感謝の言葉を言ってくれた。良いって事よ。女の子を助けてこその男なんだからさ。
頭を撫でると、その手を掴んで彼女はシクシクと涙を零した。
「本来ならば、イソカ様をナビゲートするのが私の仕事ですのに、足を引っ張ってしまって申し訳ありません……」
「今日の事って、クロ―シアにとっても想定外だったんだろ? だから、クロ―シアが悪い訳じゃないよ」
「ですが――」
「でもも、だっても無い! ひょっとしたら、今後は俺がダウンする事も有るかもしれないからさ、お互いさまだぜ。助け合ってゆく仲間になろうよ」
きつく言いきったら、クロ―シアは極々小さな声で『有難うございます』とまた繰り返した。
たき火用の材料はまだ余っているので、明日の為にもう少し余分に伐採をする。
切り上げる頃にはかなり遅くもなったので、新たに簡易野宿セットを出した。。
この封筒型の寝袋は繋げて布団にしたり、2人が収まる1つの寝袋に変えたりも出来る優れものだ。それを知ったクロ―シアは、今夜は一緒に1つに繋げた寝袋で寝る事を提案してきた。
「……実は、もうダメかもしれないと、日中は心細かったんです。ですから、今日は最後まで甘えさせて下さい……」
最後は消え入りそうな声だったけど、俺はそれを受け入れる事にした。日が暮れてからも作業をしていたから、かなり遅い時間になっている。俺とクロ―シアは1つに繋げた寝袋で、手を繋ぎながら一緒に就寝した。