05 クロ―シア、初めてパンを食す
交易ボックスを設置する。リュックから首だけ出したクロ―シアがそう言ってきた。その姿にちょっと面食らうが、悪乗りついでにそのままリュックをしょってやった。クロ―シアの顔が凄く近くなる。何となく石鹸っぽい良い香りがした。嗅覚のフィードバックも素晴らしくて良い。
「それでは、交易ボックスを設置したい場所まで移動して下さい」
背負いこまれてもクロ―シアは平然とした感じだった。言葉を出されたと同時に吐き出された吐息が耳をくすぐる。ちょいとゾクゾクした。
「場所はどこでも良いの? 設置できない場所とか無い?」
「はい、土の上ならどこでも可能です。池の底などでも設置できますが、利便性を考えると拠点の近くを推奨します」
なるほどな。基本的なアイテムを収集するのに便利な物だから、突飛な所に設置しない方が良いよな。
クロ―シアを背負ったままで、俺はちょっと場所を移動する。例の安全地帯だ。
「この緑魔法陣の中も大丈夫かな?」
「はい、大丈夫ですよ。こちらでよろしかったら、一旦下してください」
リュックを下すと、むいむいと体を揺する感じでクロ―シアが出てきた。
「一人でも出てこれるんだ」
「はい。身体の一部が出ていれば可能です。全身が収まってしまったら自分の意思では出てこれなくなるのでお気を付け下さい」
そうか。もし魚とかが居て、生きたまま運びたかったらしっかり収納してからって事だな。
このまま緑魔法陣の中に交易ボックスを設置してもらう。安全地帯って事だから、もし狼の群れとかに襲われてどうしようもなくなっても、様子をみながら立て直しが図れるかもしれないからな。
クロ―シアに設置を頼むと、上空から一条の光が下りてきて、激しい爆発音が鳴ったと同時に宝箱みたいなチェストが現れた。
「無事、設置が完了しました。早速中をご確認ください」
交易ボックスにアクセスすると、収納と交易の項目が出てきた。収納の方でアイテムインベントリから交易ボックスへとアイテムを移す。交易の方で物々交換をするといった感じだ。取りあえず今ある薪の束を全部ボックスへ移す。
交易の画面にきり変えると、基本的な食料やクラフトに必要な金具、それに斧があった。目についたのは水薬と鉄の斧だ。
「色々アイテムがあるけど、高くないか?」
石の斧は薪5束で1本と交換。水やパンはそれぞれ1食分で薪1束。ここまでは良い。鉄の斧は1本が薪20束、水薬は1つ150束もする。
「現在はそう思われるかもしれませんが、装備を整えて効率が上がるとそうでも無い様ですよ」
「そうなのか。何は無くとも薪は必要みたいだから、伐採しないとだな」
「そうですね。頑張ってください。チュートリアルは以上になります。お疲れさまでした」
「うん、クロ―シアもお疲れ」
ちょうど腹が空いてきた感じがするので、食事にする事にした。インベントリからパンと水を2つずつ取り出す。パンはデカい。たぶん、クロ―シアの頭くらいある。水は1リットル位の瓶だった。キャップが付いているので倒しても安心だ。
2人で交易ボックスをベンチ変わりにして並んで食べる。パンはこう、もそもそっとした味だった。ライ麦パンがさらに雑になった感じの味で、甘味とか全然無い。水は別段特徴も無く、普通な水だった。
「クロ―シア的に味はどう?」
「そうですね、飲食をするのが初めてなので、不思議な感じです」
もぐもぐ、ごっくんしてからクロ―シアは答える。やっぱりパンと頭の大きさが同じくらいだ。小さい口でかしかしっとかじりついては、頑張って咀嚼している。ちっこい子が一所懸命にごはんを食べる姿は、何だか労働の意欲をかきたたせるね。
「ふぉいふぃふぉふぉふぉふぃふぁふ(美味しいと思います)」
「ちゃんと飲み込んでからしゃべれよ」
「ふぁい。っ!! んん~~!」
突然クロ―シアは苦しそうに喉周りを擦りだした。言わんこっちゃない。詰まらせたな。
「パン持っててあげるから、水飲んで!」
両手で水を受け取り、クロ―シアはコクコクと飲みだした。勢いよく零してもしまって、襟元から胸全体が盛大に濡れてしまう。
ひとしきり飲んで落ち着いたのか、けほけほ言いながら呼吸を荒くしだしたクロ―シア。
「食事とは、命がけなのですね。死んでしまうかと思いました」
「パンは口とか喉の水分吸って張り付く感じになるからね。パンと水は交互に口にしないとそうなるよ」
「そうなのですね。私にはゲームのシステム的な知識なら多少ありますが、生活の知識はかなり偏っている様です」
なるほど、そう言った事を向上させる意味でもAI開発特殊プロジェクトってのがあるのかもしれないな。
その後は、彼女もゆっくりとしたペースで食事をして、大きなパンも全部食べ切った。それでまったりしているクロ―シアはお腹がぽっこりしている。ワンピースの上からでもハッキリわかる位だ。うん、痩せ型ロリっ娘があれだけ食べたらそうなるね。満腹可愛い。なんだか眠そうに目もとろんとしている。
水は半分位残ってるけど、夕食までにチビチビ飲んだら良いだろう。
「クロ―シアの服、けっこう濡れちゃったな。乾かすのとかできるの?」
「ゲームシステム的には、就寝後に服や体の汚れ、怪我や疲労等の状態はリセットされます。しかし、疾病と満腹度はリセットされないのでお気を付け下さい」
「じゃあ、日向ぼっこしたら乾くのかな?」
「その件に関しては分かりません。……しかし、試してみる価値はあると思います」
そういう事なので、その後の俺は伐採に勤しみ、クロ―シアはその傍らでのんびりと日向ぼっこをしていた。
その合間にちょこちょこと疑問に思った事を彼女に尋ねた。
それで分かった事は、基本的な杉の木なら1本で薪が5束入手できる。他の土地に移動すれば天を突く様な大木の森があったり、不毛の砂漠もある様だ。
丸太の売り値は薪3束分なので、加工した方が価値があると言う事。因みに俺が丸太を買いたいと思ったら、薪は6束必要だとか。とてもゲーム的な感じだけど、運搬費を上乗せって設定らしい。
そして、交易ボックスはゲーム時間で朝の6時に一新されるとの事だった。
ゲーム内の時間は外から見て3倍の速さで進む。体感的には24時間過ごしていても、外では8時間なのだ。
契約で最低でも3年間はプレイしないとならないって事は、体感的に9年間をここで過ごすって事になる。ずいぶんと気が遠くなる感じだなぁ。いや、これで完全にボッチだったら気がくるってしまったかもしれない。クロ―シアが居てくれる様になって良かったと心底思ったよ。
クロ―シアは日向ぼっこ、俺はひたすらに木こり作業をしていると、途端に石の斧が破壊された。ご丁寧に柄も斧部分も粉々になる。丁度、切り倒した木を薪にし終わった所だ。
「今で、石の斧の耐久値が限界になった様ですね」
そう言う物もあるんだな。伐採した木は丁度30本。薪は150束。
辺りはドンドンと暗くなる黄昏時だ。17時から18時にかけてが夕刻、5時から6時にかけてが夜明けらしい。
クロ―シアのワンピースも無事に乾いたので、夜を過ごす準備をする。
色々な資材を集めると、簡易シェルターから大邸宅まで色々と作れるみたいだけれど、今はそんな余裕なんて当然無いので、野宿だ。
幸いにして、使い捨ての簡易野宿セットがあり、12時間たき火や寝袋を設置できる使い捨てのアイテムがある。お値段は1セットが薪5束。クロ―シアは小さいから、一緒の寝袋でも大丈夫かな?
「却下です。待遇の改善を要求します」
ぴしゃりと言われた。また冷たい目だ。汚れものを駆除するが如くの淡々とした目だ。やはりこれはキツイ。冗談でもクロ―シアにセクハラ的な事をするのは控えよう。そうしよう。
因みに、寝袋はピッタリと全身を覆うマミー型ではなく、ゆったりとした封筒型だった。前者は寒冷地で高い保温効果を発揮して、後者は繋げたり広げて掛布団にできたりとファミリ―キャンプ向けに応用がきく。
結局きちんと2セット買って、たき火にあたりながら食事にした。
ゆったりとしたたき火の暖かい光に照らされて、パンを噛む度にピョコピョコと揺れるクロ―シアのエルフ耳はとても可愛らしかった。
想像していた森ライフとは随分と違った物になりそうだけど、これはこれで楽しい事になりそうだ。そう前向きに考える事にする。
「そういやさ、石の斧と鉄の斧ってどんな性能差があるの?」
「石の斧は、1本で薪150束分を取得できます。伐採スピードは今のイソカ様だと凡そ4時間で杉を30本伐採できる程度となります。
対して鉄の斧は、1本で薪400束分を取得できます。伐採スピードは凡そ4時間で杉を50本伐採できる程度です。
因みに、石の斧は必ず交易ボックスの商品に並びますが、鉄の斧はまちまちです。さらに、稀ですが高性能な鋼の斧が並ぶ事もありますよ」
なるほど、随分と効率が上がる感じだな。まる一日伐採したら、薪200束以上の差が出る感じだ。これはデカい。それに、毎日並ばないって事は、あったら予備も含めて買っておいた方が良さそうだな。
今の所、交易ボックスにには3本並んでいるので早速全部購入した。後は、消耗品である食料と簡易野宿セットの予備も購入しておいた。150束全て使いきってやったぜ。自慢じゃ無いが、おれは月初めにはお小遣いを全て使い切る男なんだぜ。
「全く自慢になりません」
クロ―シアは数瞬ジト目になると、クスクス笑って噴き出した。
うん、自慢にならないよね。2人で笑いあった後は、暗くてやる事が無いのでもう寝る事にした。
まだ早い気もするけれど、暗いと辺りを散策する事もできない。慣れてくれば、夜にできる事も増えるだろうけれど、今は全然思いつかないや。だから、おやすみなさいだ。
けど俺はこの後、自分の無計画さを後悔するになってしまう。