41 壊れた作業台の修理
集会所の修繕をした翌日。
あらかじめ仕込んでおいた『力もりもり女神の癒されるサンダル』は無事に定着した。
けれど、これを使うと村の木こり達がPを獲得できなくなる。イルメス自身も合成魔法が面白いとの事もあって、使うなら拠点に帰ってからって事になった。問題の先送りだけれど、イルメス暴走大惨事にならなくて良かった。いや、暴走するって決まっている訳じゃ無いけれど、イルメスは加減を忘れる時があるからね。
え? それは俺もだって? はい、クロ―シアごめんなさい。反省しています。
修繕するべき残りの民家2軒は、どちらも必要な薪が1万5千束だった。これなら1日で達成できるだろう。俺たちは昨日と同じ要領で伐採を進めてゆく。
これといって問題も無く、ファルゴとベルジの木こりズはそれぞれ4千本弱。俺は少し多く4千本を超えて伐採できた。これで、薪のノルマは達成だ。
ただ、もう1つの目標であるスキル習得には若干足りない。2人はもう千本近く伐採する必要があるし、俺も同様に千P程必要だ。これらも後ちょっと。明日には無理なく到達する。
本日の伐採を終えて村へ戻る。皆が見守る中で無事に民家の修繕は済んだ。周囲の景色は依然と炭や灰に覆われた焼け野原だ。けれど、ここに新品同様の建物が4棟あるだけで文化的な安心感を覚える。人として地に足つけて生活できるって感じかな。
さて、区切りがついたし宴会だ――ってなりそうな流れだったけど、村長とかけあってそれは明日にしてもらった。どうせなら、木こり2人の実績を解除して植樹系スキルを習得させ、それを披露させてやりたい。
明日の午前中にはその目処が立つから、そうなればその後はのんびり飲み食いができる。今から宴会を始めても、直ぐに夜中になってしまうから。どうせなら長い時間を楽しみたいよね。
全ての建物の修繕が終わったから、試せる事が1つある。壊れた作業台が、泉の箱で修理できるかどうかだ。
慎重に作業台を泉の箱へと納める。さて、どうなるのかな? 大当たりが出てくれると良いんだけれど。抽選のボタンを押す。緊張の一瞬だ。その結果は――
『改修の作業台』
1から物を作る事は不可能だが、既存の製作物を修繕したり改善する事ができる作業台。
となった。これは、どういう事だろうか?
「私にもわかりません」
「って事はディープモード由来の事か」
「はい。ノーマルモードでは、『作業台』は作業台でしかありませんから。他のバリエーションはありませんでした」
「それじゃ、実際使って試してみようか」
改修の作業台に手を置いて、メニューを開く。すると、『修繕』と『改善』の2つのアイコンが出た。『修繕』は今までと同じ機能だ。となると『改善』の方はどうなのだろうか?
こちらのアイコンをタップすると、新たに『建物』と『道具』のアイコンが出たので、建物の方をタップ。すると、修繕の時と同じ様な建物の見取り図が出る。今は民家の中なので、その間取りだ。1階がダイニングとキッチンと2部屋。2階はちょっと広めの2部屋の4DK。
図面を色々と触ってみると、様々な項目が出た。風呂の設置や暖炉の設置。部屋の増築や撤去等。建物自体をグレードアップさせたり、逆にダウンもさせられる様だ。改築機能って事だね。
「すげぇ! これで建物自体を作り変えられるぞ」
「建物全体を一度撤去しなくても構造を変えられるんですね」
「ん? 『作業台』には改善の機能が無いのか?」
「はい。少なくともノーマルモードではそうでしたよ」
ディープモードから出てきた『改修の作業台』の『改善』モード。きっと普通の機能じゃ無いよな。これがもし『建物』の範囲が既存の物だけじゃなく、自作の物の含まれるとすると――
俺は作業台を鞄に仕舞うと外に飛び出した。目的地は先日の避難所だ。ここからなら1km程度。今の俺はスキルの効果で100mを12秒程度で走れる。そしてスタミナが切れる事は無いから、全力疾走で2分後には避難所に到着した。
目標は皆で作った東屋だ。修繕の作業台を設置し、それを指定する。改善の建物に東屋が表示される。画面をタップすると改善案が表示された。
屋根のグレードアップを選択する。費用は薪10束。手持ちで足りる。決定ボタンをタップする。すると東屋が複雑な光で輝き、屋根が一新された。
さっきは、角材を並べて杉皮を張った物だった。けれど、今は杉の板で屋根が作られている。これなら雨漏りの心配も減るだろう。確実な改善がなされていた。
「イソカ! 急に飛び出してどうしたんですか?」
「そうよ。暗いんだから大人しくしてなさいな」
クロ―シアとイルメスもやってきた。村人達も後に続いている。
「東屋を見てくれ! 『改善』が自作の建物でも適応さたんだよ! これで楽に家が作れるぞ! 豪邸だって夢じゃない!」
「っ!? やりましたね、イソカ!」
「ちょっと、暗くてよく見えないわ。明かりを頂戴な」
イルメスの言葉で真っ暗だったのを思い出し、野宿セットのたき火を取り出した。ほんのりとした明かりで、確かな違いを確認できる。
「へえ、こんな感じで変わるんだな。イソカさん、俺にも試させてくれ」
「ああ、東屋はまだそこいらに沢山あるからな。薪はあるのか?」
「大丈夫だ。さっきの修繕の時に運んだ余りをまだ持ってる」
今度はファルゴに改善を試させる。すると、こちらも問題無く改善された。
自作の建物でも改善は適応された。となると、道具の方はどうなるんだろうか?
まずは既存の道具である石の斧を試す。こちらは20束で鉄の斧にグレードアップできるみたいだ。値段的に旨味はないけれど、もし交易ボックスに並ばなかった時の事を思えば有効な機能だ。
「誰かサンダルを持ってるか?」
「はい、私が持っているであります!」
ウィンディからサンダルを受け取り、試す。改善先は『丈夫なサンダル』と表示された。完成予想図もあり、足の指を覆った形になっている。必要な薪は40束。もしくは蔦のロープを素材にすれば、20m分でグレードアップできる。
自作のアイテムも適応されている! しかも、関連する素材を使えば安くグレードアップが可能だ。
これは、これからの森生活が劇的に変化する。そんな予感がある。
「イベントの報酬はコレだったのかもしれませんね」
「ああ、身体を張った甲斐があったよ。一台しか無いのが不便だけれど、材料を貯めたら村まで借りに来れば良いしな」
「もっと、沢山あったら良かったんですけど、こればかりは仕方がありませんね」
うん、全くだ。たら、れば、だけれど形を残した作業台がもう1つあったら、譲り受ける事もできたかもしれないのにな。
……あれ? そういえば、無事じゃ無い元作業台はまだ捨てずに残ってたよな。倉庫の掃除は全部が終わった後にしようって話しになったし。『改修の作業台』は修繕も改善もできる訳だから、あの消し炭になっていた物だって何とかなるんじゃないか?
「……クロ―シア、倉庫に行こう。試したい事が増えた」
「何か思いついたんですね?」
「ああ。作業台がどうにかできるかもしれない」
「それは試す価値がありますね!」
「イルメスは村の皆と残っている薪を倉庫に運んでくれ。必要になるかもしれないから」
「わかったわ。まだまだ沢山残ってたから、どんどん運ぶわよ」
急いで村に戻って倉庫に入る。改修の作業台を設置し、ほぼほぼ炭と灰になってしまった元作業台を修繕してみる。これは選べなかった。改善の方を試す。こちらは『歪んだ作業台』を選べた。必要な薪は100束。イルメス達に運んでもらって選択。無事に、改善できた。こちらは作業台と名がついているけれど、単なる箱型の台だ。手をついてもメニューは開けなかった。
でも、まだ終わっていない。これを更に改善させる。表示されたのは『修繕の作業台』。必要な薪は千束。躊躇なく改善させる。これは今まで、壊れた作業台と呼んでいた物と同じ効果があった。修繕だけ選べる。
となると次だ。修繕の作業台を改善させる。そうしたら『改修の作業台』が選べた。必要な薪は1万束。グレードアップさせる度に桁が上がる。けれど、まだ薪の貯蓄はあるから大丈夫。結果は、きちんと『改修の作業台』へと改善された。機能も問題ない。
こうなったら、残りの焼けてしまった作業台だって試してみるべきだよな。すると、それらも問題無く改修の作業台まで改善できた。
ここまでは問題無くできた。それじゃあ、次のステップはどうなるんだろうか? 今までの流れだと、改善させる毎に必要な薪の桁が1つ上がっていた。
改修の作業台を改善させる。するとそこには『作業台』が表示されていた。気になる必要な薪数は――
――50億束
ありえねぇ。桁が上がり過ぎだ! 50億束って、杉が10憶本だぞ!? 10置く本じゃ無いんだぞ! 『力もりもり女神の癒されるサンダル』のブースト効果があったって凡そ25000日必要だ。これだけの為に68年近くかかっちゃうよ。それも斧の在庫が十分で、そもそもそれだけの樹がある事が前提だ。
「……イソカ。これは無理ですね」
「……うん、これはどうあっても作業台を入手させないって執念を感じるね」
「元気出して下さい」
「うん、ありがと。大丈夫。想像以上の事でテンション下がっちゃったけどさ、全然問題無いよな。材料をたっぷり貯めて村から改修の作業台を借りれば良いんだし。チャレンジのし甲斐があるよ!」
「はい、一緒にチャレンジしましょう!」
2人で拳を突き合わせて気合いを入れ合った。
クロ―シアには問題無いって言ったけれど、心の奥では納得がいっていない。これはもう、運営からの挑戦状なんじゃないかな? って思う。
確かに今のままじゃ無理だ。現実的な糸口も見えなくて、どうのしようも無い。
けれど、ゲームを始めてたった1ヶ月で驚く変化があった。この先も色んなスキルや手段を獲得できるはずなんだ。いつかは分からなけれど、俺は絶対に『作業台』を手に入れてやるんだ。50憶束の薪? 上等だ。用意してやるよ。
俺はそう闘志を燃やした。




