40 合成魔法
大規模伐採をしたりクロ―シアと気持ちを確かめ合ったりした翌朝。朝食の美味しいパンを食べていた。俺の方がブルーベリージャムで、クローシアの方はサワークリームだ。
「うん、混ぜると美味いな」
「そうですか? どれどれ……。はむぅ。ふぁわわくあへほいひいへふ(爽やかで美味しいです)」
「そんな、口に入れたまましゃべると、また喉につまらすぞ」
「んんっ、ごっくん。えへへ~。美味しいと、つい言葉が出ちゃうんです」
そんな和やかな朝を過ごしていたのだが――
「ちょっとイソカ! 話があるわ!」
「よう、イルメス。このパン美味いぞ。喰ってみろよ」
「話しを反らさないで! がつがつ、ゴックン。あらやだ。凄く美味しいわね。どんな組み合わせなの?」
「ブルーベリージャムとサワークリームだ」
「成る程ね。じゃあ、別の組み合わせだとどうなのかしら?」
今まで使いきれずに残っていたジャム等を利用して、新しい組み合わせを色々と試してみた。
「はぁ、もう腹いっぱいだな」
「お腹の中が沢山です」
「ふふん。私はまだ6分目ね。って、違うわ。話しがあるのよ!」
山盛り食べてもまだまだいけるとか、やっぱりイルメスの胃袋は底なしだな。
そしてパンを食べさせても忘れないとは、かなり重要な話しらしい。何か嫌な予感がするけど聞いてみよう。
「もう、一々怒鳴るなよ。何だよ、話しって」
「何で昨日は勝手に私のサンダルを使っちゃうのよ!? 大事に取っておくって話しだったでしょ! あんな面白い効果が出るなんて、私にこそ相応しいじゃない!」
やっぱり『力もりもり女神の癒されるサンダル』の事か。勝手に使った事は間違いないから、言い訳できないよなぁ。
「昨夜はクロ―シアと大事な話しがあるみたいだったから、譲ったの。でも今日はしっかりと話しをききたいわ。どういうつもりかしら?」
「勝手に使ったのは悪かった。また作り直すって事で許してくれないかな?」
「ダメよ。私も使うわ」
「でも、あれかなりピーキーだったぞ。イルメスは只でさえ怪力なんだから、制御がきかなくなるんじゃないか?」
「それこそ、やってみないと分からないじゃない!」
確かにそうだね。今回は完全に俺が悪いので改めてサンダルを作る事にした。もう慣れた作業だから、食休みの間にサクサクと拵える。そして部屋の隅に置いてある壺へ入れてイルメスの祝福をかける。後は明日のお楽しみだ。
イルメスの気持ちも落ち着いた所で、今日の作業へと向かう。すると、そこには2人の木こりの他に、ウィンディが居た。彼女はサンダル製作班のはずだ。
「おはよう、ウィンディ。何かあったのか?」
「おはようございます! 実は私も伐採に協力したいのであります!」
うむ。確かにウィンディなら魔法の『ウインドカッター』を2発も当てれば樹木を倒せるだろう。そんなに時間もかからない。
けれど、今はイルメスの丸太なぎ倒しで十分な伐採力がある。下手すると薪にするのが追いつかない程だ。あえてウィンディをメンバーに加える必要も無いんだが、それは本人も分かっているはずだ。なのに来たという事は特別な理由があっての事だろう。それを聞いてみる。
「はい、昨日イソカ殿がその身を省みない程の力でもって、更なる伐採をなさったと聞いたのであります。それで修繕の予定が大幅に早くなったとも。感動したのであります。そして同時に、自分を情けなく思いました。私の魔法はこんな時も役にたたないのかと……。そして一晩悩みました。悩んだ末に思い至ったのであります。新たな境地を……」
「お、おう。それってどんなの?」
「はい、それにはイルメス殿に協力してもらいたいのであります」
「え? 私!? まあ、良いわよ」
ウィンディはイルメスと何をするというんだろうか。2人が打ち合わせをして森へと向き直る。
ウィンディは『ウインドカッター』の構えをとり、イルメスはその横でしゃがんだ。トスバッティングでボールを放る役の人みたいな位置だ。
「……じゃあ、これで良いのね?」
「はい、よろしくお願いいたします。――風よ。風精よ。季節を巡る風が私の心を沸き立たせてくれるのだとしても。お願い、今だけはその瞬間を反転させて――」
「熱手・陰!」
「――ウインドカッター!」
熱手・陰により極低温の空気が発生される。そのタイミングでウインドカッターが炸裂し、2つが合わさり極寒の烈風が吹き飛んだ。キィィンという、まるでクリスタル同士を引っ掻き合わせた様な音がなる。それが木々へとぶつかると、一気に幹を凍らせ樹木の細胞を破壊した!
たぶん、そんな感じになっているんだと思う。だって、辺り一面の樹が凍っていて、何だかキシキシと音を上げているから。あと、あの呪文の様なポエムは必要なんだろうか?
「やりました! 上手くいったのであります! ファルゴ、ベルジ、さあ、斧でもって叩いてみて下さい」
「おう、何だかわからねぇが、とにかく切ってみるか」
「そうっすね! やってみるっすよ」
ウィンディに促され、木こり達は斧を振るう。すると2~3回切り込んだだけで樹木は倒れてしまった。
「こいつは良いな。めきめき切れる!」
「うはぁ! 昨日のイソカさんになったみたいっすね」
「思った通りであります! 魔法は重ね合わされば、より強力になるんでありますよ!」
「これは凄い発見だわ。やるわねウィンディ。さあ、どんどん行くわよ!」
幹が凍った樹木は薪になるのか気になったが、それは問題無かった。しかも、木こり達にもPが入っているみたいだ。
昨日まではイルメスによって倒された木を薪にするだけだったから、彼らには一切Pが入らなかった。夜もパワーロギングで伐採するそばからリポップさせていたので、全然Pが貯まる余地がない。
どうにかしてやりたいなと思っていたんだけれど、これで問題解決だ。自分で木を倒す手間がある。けれど、直ぐにでも伐採スキル全てを習得するだけのPは貯まり、よりスピードアップが見込める。
って、俺もうかうかしていられないな。イルメスからのPが入ってこないから、自分で伐採しないとだ。
この日は怒涛の勢いで伐採が進んだ。2人の木こり達は途中でスキルを習得し、それぞれ3千本を超える伐採を行う。明日はもっと多くの伐採ができるだろう。俺の方も負けじと気合いを入れて4千本の伐採をした。
植樹するまでの余裕は無かったけれど、その分は村の木こり達に任せようと思う。その展望が見えたから、彼らが植樹系スキルを習得するまでは付き合っても良いかな。乗りかかった船だしね。
これで集会所の修繕に必要な薪30万束を達成だ! 半月はかかると思ったのに、4日で達成してしまった!
「……何と。よもやこの様な速さで薪を集められるとは……。奇跡ですじゃ。わしは後いくつの奇跡を見るのじゃろうか……。迎えが来る前触れなのじゃろうか」
「おいおい村長。縁起でも無い事言うなよ」
「しかしな、イソカ殿。これはもう、わしの理解を超えているのですじゃ」
「いいかい、村長。魔法も奇跡もあるんだよ。今日スピードアップしたのは、ウィンディのアイデアのおかげだ」
「ウィンディが!? 魔法だ何だと不思議な事を言っておかしな娘ではありましたが、この様な成果をあげるとは。分からないものですじゃ」
「彼女も頑張ってたからな。結果に繋がってよかったよ」
「それもこれも、イソカ殿のおかげですじゃ」
「よしてよ。俺は特別な事をして無いよ」
「いやいや、イソカ殿がおりませなんだら、ウィンディは泉で命を無駄に落していた所ですじゃ。伝承を違えず伝えるのが年寄りの役目じゃのに。不甲斐ないばかりですじゃ」
村長はしんみりモードだ。色々あったから、感慨深くなるのもわかるかな。
「結果上手くいった、それで良いでしょ? 間違ったのは、これから正しく伝えれば良いんだし」
「それも生きていればこそ、ですな。……イソカ殿。折り入ってお願いがありますじゃ」
「うん? 話は聞くぞ。何?」
「ウィンディをイソカ殿のお側に置いてやっては下さらんか?」
彼女から直接頼まれるんじゃなくて、村長の口からと頼まれるとか、何でだろう?
「どうしてそう思ったのか、理由を話してよ」
「あの娘には、村は狭すぎますじゃ。もっと広く大きな世界で生きる事ができる娘じゃと思っております。その未来を拓くためにも、是非、イソカ殿のお側に置いてやってくださればと思うたのですじゃ」
「それって、ウィンディから頼まれたのか?」
「いえ、そうではありません。ワシの独断でお頼みしておりますじゃ」
「そうか。でもなぁ。彼女は村の為に身体を張れる娘だろ。この村を離れるとも思えないんだけど」
「そうかもしれません。しかし、だからこそ村を離れるかもしれません。いずれ村の役に立つ様に、より高位の魔法使いとなる事を目指すはず。そういう娘ですじゃ」
そう言わると、そんな気もするかな。
「まあ、こういう事は本人抜きに進めてもダメだろ。ウィンディから話しがあったら、前向きに考えるよ」
「宜しくお願いいたしますじゃ」
ウィンディの事は一旦保留だ。今すぐどうこうする事でなければ、どんどん先延ばしにするのだ。軽んじているわけじゃ無いけれど、タイミングもあるしね。
それで、今のタイミングで何をするべきなのか。それは集会場の修繕だ。
村の集会所の事だから、村人が作業台を操作するのが筋なんじゃないかなって思った。けれど、皆からは俺の手で操作する事を望まれた。だったら、しっかりとその役目を果たさないとね。
壊れた作業台に手を置いてメニューを開く。修繕のボタンをタップし、作業の開始を許可した。
集会所の修繕光景は圧巻だった。大きな建物が蘇る。それだけでも人々に大きな安心感を与えた。俺も心の中から誇らしさの様な物が沸き上がり、包み込まれる様な頼もしさも覚える。
村の設立から在る歴史を刻んだ建物が、また新たな歴史を生み出す礎となる。人の営みがまたここから繋がってゆくのだなと思うと、自然と涙が溢れていた。
「イソカ、凄いですね」
「うん、凄いな」
言葉にすれば凄いとしか出てこない。それだけ感動しているんだ。
クロ―シアと手を繋ぐ。彼女の目尻も濡れていた。
村の皆も涙を流しながら見守っている。けれどその顔は誰もが活力に満ちていて使命感に溢れていた。
長い様な短い様な、時間の感覚が無くなってしまう不思議な奇跡は暖かい余韻を残しながら過ぎてゆく。
一番大きな山場は過ぎた。残りはあと少し。民家2軒の修繕だ。皆が決意を新たにし、この夜は眠りについていった。




