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36 宴会芸がとんでもない事になる


 焼け落ちた村へと戻る。村人達は言葉を失くしていた。ウィンディやファルゴといった先発で俺と同行した者が、気落ちしている人たちに声を掛けていた。あらかじめ覚悟ができていたのだろう村長も、声を上げて皆を鼓舞している。

 ひとしきり現状を確かめたら、飲み食いをしての宴会だ。村長が場を仕切る。


「さて、皆の衆。飲み物と食べ物は行き渡ったな。この食料はイソカ殿がその身を呈して交易ボックスを守ってくだすったからこそ、今ここにあるのじゃ。そして、先の防火帯を作る際に出た薪を使う事を快く認めてくだすった。重ねて感謝を」


 村長がそう言うと、周りから歓声と拍手が送られた。けっこう照れるね。クロ―シアは誇らしげに喜んでくれていて、エルフ耳がピコピコと忙しなく動いている。イルメスは師匠キャラばりに腕を組んで頷いていた。


「このご恩は子々孫々にまで伝えるべき事じゃ。じゃからワシらは復興せねばならん。明日からまた忙しくなるじゃろう。その英気を養う為にも、今日は存分に楽しんで欲しい。乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 皆で高らかに声を上げ、コップをぶつけ合って鳴らした。コップや皿は集会場に沢山あったのでそれを使っている。俺のコップの中に注がれているのは『ほわほわ水』だ。説明では『飲むとほわほわして気持ち良くなる』とだけあった。どんな味なんだろうか? さっそくグビっといってみる。


 のど越しはさらりとしていた。癖が無い。味はまろやか。やっぱり癖が無い。心持ち、とろりとした舌触りがあるかな。どんな食べ物と一緒に飲んでも邪魔しない感じだ。

 飲み物と言えば、ゲーム内時間で1ヶ月近くを水だけで過ごしてきた。だからだろうか、今までと違った味を口にするだけで、何だか涙が浮かんで来る。うん、心にみるね。


「ふぁあ、イソカ。この『ほわほわ水』は美味しいですね。本当に気持ちがほわほわしてきますよ~」


 クロ―シアが陽気になって俺の肩にもたれてきた。今日はとても甘えたさんだな。どんどん甘えてくれると良いと思うぞ。


「うん、そうだな。何か楽しい気分になってきたかもだ」

「えへへ~。そうですね~。皆が無事で、皆が一緒で楽しいですね~」


 全くその通りだな。初めは2人で、その後にイルメスも一緒になって、今日は数十人規模での食事だ。にぎやかで楽しい。


「イソカ殿! 呑んでいるでありますか!? 足りてないのではありませんか!?」


 元気よくウィンディが酌をしに周ってきた。そういう文化もあるのね。


「ああ、飲んでるよ。この『ほわほわ水』は美味しいな」

「むむ!? イソカ殿。『ほわほわ水』は『ポカポカ水』や『ヒンヤリ水』を混ぜて呑むのが通でありますよ! ささ、こっちも試してください」


 『ポカポカ水』は飲むとポカポカする水で『ヒンヤリ水』は飲むとヒンヤリする。

 ウィンディが手際よくそれらを混ぜたコップを用意してくれた。


 ポカポカ水と混ぜた方は、口に含んだ瞬間から温かみが広がった。喉を通ると熱い吐息が鼻に抜け、ほわほわ水のほわほわ感が増す。ゴクリと飲み干せば胃の奥から温まる感じだ。

 これは冬場に炬燵に入りながら鍋をやりつつ一緒に飲んだら旨そうだ。夏場でも、夕涼みをしながら川に足を付けたりしつつ飲めば乙な雰囲気を堪能できる感じだね。うん、美味しい。


 ヒンヤリ水と混ぜた方は、口に含んだ瞬間にキュッとした清涼感が広がった。喉を通ると鼻から肺へと涼しい空気が運ばれ、ほわほわ水のほわほわ感が身体の奥へと浸透する感じだ。

 これは今の夏場にピッタリだな。たっぷりと汗をかいた後でコレを飲めば、疲れや気怠さなんて一気に吹き飛んでしまいそうだ。冬場でも、暖かくした部屋で厚着をしながら飲んだら贅沢感が増して乙だろうね。うん、こっちも美味しい。


「くはぁ。どっちも美味いな。ぐいぐいいけるよ」

「そうでしょう、そうでしょう! 私のお勧めなんでありますよ~。ささ、クロ―シア殿も……」

「はい、ありがとう。……ん~! どちらも美味しいですね~。もっともっと気持ちがほわほわになりますよ~。それじゃあ、ウィンディもどうぞ」

「やや、これはかたじけない。頂くであります!」


 クロ―シアはクイクイとコップを傾け、ウィンディがグイグイと中身を空にしてゆく。良い飲みっぷりだ。クロ―シアはポカポカ水割りでウィンディがヒンヤリ水割りみたいだ。二人とも、心がほわほわするのに合わせて頬が上気している。女の子がそんな状態になるのは何だかドキリとしてしまうな。


「ちょっとちょっと、イソカ! 呑んでばっかりじゃなくてパンも食べなさいな! パンを食べる事は命を繋ぐという事なのよ」


 騒がしくイルメスがやってくる。偉いような事を言いつつも、絶対思いつきでしゃべっている。その証拠に、ほわほわ水の瓶をラッパ飲みしながら陽気なステップを踏んで、美味しいパンをガシガシと齧っているから。

 確かに、喉は充分潤したから腹を満たすのも良いね。


 今回新しく並んだ『美味しいパン』は美味しいというだけの事はあった。表面はカリっとした香ばしさがあるも、それを千切れば中はふんわりとした白パンなのだ。口に含むと僅かな甘みと塩味が同時に広がり、イースト菌の香りが鼻をくすぐる。

 そして特筆すべきは、ベリーやマーマレードのジャムの他、ハチミツにメープルシロップ、果てはバター等の小瓶がパン1つにつき付いて来る。何味になるかは、買ってからのお楽しみだ。小瓶の量もパン1つには余る量なので、他の事にも使えるだろう。味のバリエーションが増えて素晴らしい。


「うわぁ。『美味しいパン』マジで美味しい……」

「ふふふ。涙を浮かべてパンを食べるなんて、イソカもパンの素晴らしさに気が付いたのね。良い事だわ」

「わぁ~。パンが柔らかいですよ!? ふわふわです。いつものとは全然違う味ですね~。ジャムも美味しいですよ~。イチゴがつぶつぶしてます~。イソカのは何味ですか~?」

「俺のはピーナツクリームだな。まろやかで美味いぞ。クロ―シアも試すか?」

「はい、いただきます~」


 小瓶を渡そうと思ったら、俺のパンに齧りついてきた。まあ、クロ―シアったら、はしたない。お返しに彼女のパンに齧りついてやった。ジャムが多めな部分を狙ってやったぞ!


「あ~、そんなに齧ったら私の分が無くなっちゃうじゃないですか~。もう、その分イソカのをください」

「ほれほれ、クリームをたっぷりつけ直したぞ」

「むふむふ、ふぁまいれふぅ(甘いです~)」


 そう言えば、クローシアと食べさせっことか初めてだな。これは良いものだ。腹以上に心が満たされる。これからどんどんやってゆこうかな。

 暫く甘い物を食べながら、それ以上の甘い空間を作っていたら、周りからの視線を感じる。


「かぁ! イソカさん、若いって良いな! 俺もかあちゃんに甘えてくるかね!?」

「よしとくれよ。下の子の手がかからなくなったと思ったら旦那が子供に戻っちまったよ」


 ファルゴが奥さんと掛け合いをして、周りが大笑い。夫婦仲が良いようでなによりだな。俺もいずれはそんな家庭を持てたら良いな。なんとなくしみじみ思う。


 宴会の時間が進んでゆくと、ほわほわ水の影響か皆は物凄く陽気になって、歌ったり踊ったり芸を披露したりの余興も始まった。それを楽しく観ていたら、俺も何かをする流れになってしまう。

 大した芸とか持ってないけど、下らない事でも全力でやったら、それなりになるんじゃないかな。堂々とやってみよう。


 俺は手のひら同士を重ねて、指先を少しずらす。そして手のひらをグニグニと押したり引いたりしたら、そこからプピっと音が出る。


「ゆくぞ。『高速手おなら』だ!」


 ぐにぐにぐに~っと素早く手のひらを押し引きする。するとプピプピプピプピ――と軽快なサウンドが響き渡った。俺は真顔で真剣にそれを奏で出す。


 村人達は一瞬ポカンと呆気にとられていたが――


「ぶわぁははは~! イソカさん、何だそれ!」

「がははっ。手が尻になってるじゃねぇか!」

「あらやだよ。元気が良いねぇ」

「どうやるの? どうやるの? 僕もやりたい!」


凄く受けた。やったぜ! 小さい子達は早速真似しようと、スカスカ音を鳴らし始めた。


「ちょっとイソカ! 私も負けないんだから見てなさいね!」


 イルメスも真似て挑戦しだす。彼女の手は物凄い高速で押し引きされた。プピューーーンと甲高い音が辺りに響く。音の途切れが無い程だ。そして何故かキラキラとしたエフェクトが発生する。


「って、イルメスちょっと待て。何か手が光ったぞ?」

「女神だもの。そういう事もあるわ」

「イルメス、何でもかんでも女神の所為にしないで少し検証してみましょうよ。何が起こっているか分かりませんけれど、何やら熱が発生している様に感じられますね」


 クローシアの見立てでは、極端な温度変化があったという事だ。なので一度1つ1つの動作をしっかりとやってもらう事にする。

 手のひら同士をぐっと押す方をしてもらう。すると『もわっ』とした感じがした。熱に強い俺がイルメスの手を確認する。


 ……物凄い高温になっていた。


 次に手のひら同士を離す様にぐにっと引いてもらう。すると『キンッ』とした感じがする。これまた俺がイルメスの手を確認すると、物凄く冷たくなっていた。俺の装備は低温にもある程度耐性があるけれど、その備えが無かったら一気に凍傷になってしまったかもしれない。そんな低温だった。


 何故か温度の変化が起こっているのを確認できたから、もう少し調べてみよう。

 もう一回ぐっとしてもらって、薪を近づける。


 ……火が着いた。ヤバい。おかしな事が起こっている。更にぐっとしてから素早く手のひらを前へ広げながら熱源(で良いのか?)を押し出してもらった。

 すると、離れた所でも薪に火が着いた。射程は50センチくらいかな。


 次にぐにっと引いてもらって水の瓶を近づける。


 ……パリンと音を鳴らして瓶は割れた。水はべちゃっと落ちてから鍾乳石みたいな感じで凍ってゆく。過冷却状態で観られる凍り方だ。こっちの射程も50センチくらいはあった。


 うん、これ魔法だね。


「凄いですイルメス殿! 魔法が顕現したのであります!」

「ええ、ありがとうウィンディ。私は天上の神秘たる女神だもの。これくらいは晩御飯後なの」


 朝飯前と言いたかったらしいイルメス。とってもドヤ顔だ。魔法ならそれはそれで良いんだけれど、何で発動したのかが疑問だな。よく分からんので、クロ―シアの意見を訊いてみよう。


「……恐らくなんですけれど、空気は圧縮すると高温になるし膨張すると低温になります。イルメスはとっても力が強いので、手をぐにぐにさせる事により発生した熱が魔法的効果を生み出したのではないでしょうか?」

「え? つまり、流れ星が燃え尽きる原理と、缶のスプレーを放出したら冷たくなる原理とを手のひらの中で起こしたって事か?」

「はい、そうだと思います。その温度差で空気中の水分も変化して、キラキラ光っていたんじゃないでしょうか」


 ……凄いな。力こそパワーだ。ウィンディもフルスイングでソニックブームを起こすし、今回のイルメスの事もあるし、魔法って物理なんだな。

 これは突然の事で驚いた。けれど、宴会中の村人は、新たな魔法の発現を目の当たりにして、大いに盛り上がって遅くまで騒いでいた。



 ▽▼▽



 因みに後でイルメスに確認したら、今回の現象はユニークスキルとして登録された様だ。


『熱手・陰陽』

 手のひらの中で強烈な圧力変化を起こす事により発生する熱現象。それは魔法の域まで到達した。圧縮すれば鉄をも溶かし(熱手・陽)、膨張すれば全てが凍る(熱手・陰)。


 字面からして危険な技だ。宇宙的なことわりを手中にする雰囲気を感じる。

 超高温と極低温を手のひらの中で発生させられるのだから、イルメスは熱耐性がついたのかな? って思ったけど、どうやら熱手発動時しか耐えられない様だ。たき火は熱いし氷は冷たくて嫌だとか。背中に氷をくっつけてやったら盛大な悲鳴と共にビンタをされて死ぬかと思ったよ。

 まあ、これでまた1つ戦力アップだ。安定したスローライフに1歩前進だね。




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