33 フレイムアヴィ戦・1/2
フレイムアヴィ。それは、グラマラスな女性が炎の衣を纏っている様な外見をした精霊型のモンスターだった。炎の衣と言ってもそれに実体は無く、沸き立つ熱がそう見せているのだとか。かと言って全裸って訳でも無くて、下にはレオタードというか競泳水着というか、そんな健康的に露出高めな装備も身に着けて居るのだ。
『消し炭にされたいモンスター・ナンバー1』を目指してデザインされているらしく、とても煽情的でもある。
地上から数センチ位浮いていて、ツィ~ツィ~っと滑る様に移動する。その合間にくねりくねりと『科』を作るもんだから、見ていてドキリとしてしまう程だ。髪の毛に当たる部分も炎の様に揺らめきながら流れて、何とも妖艶だ。そして、目元はマスク状の物で隠されて、露出している口元がなまめかしくてエロい。
因みに男型もいて、そっちもかなりセクシャルだとか。幅広いニーズに対応しているらしい。そっちは女性向けって事で良いんだよね?
やっぱり『俺だけの森・オフライン』の制作者達はバカだと思う。そんな彼らを俺はとっても愛している。
けれど、その敬愛の情を表すために、ここで俺が消し炭になる訳にはいかない。フレイムアヴィを倒して、晴れてこのイベントクリアを目指すんだ。
「よし、状況整理はついた。クロ―シアはサポートを頼む」
「はい、火炎弾を1つでも多く撃ち落とします。イルメスは火傷に気を付けてくださいね」
「まかせなさいな。消火活動の第2ラウンドよ!」
互いに声を掛け合い同時に突進する。
イルメスの勢いは、まるでクロスボウから放たれたボルトのごとく。100mの距離を3歩で詰める。右手を振り上げて飛びかかる姿は、まるっきりのテレフォンパンチで今から右ストレートを繰り出してくると容易にわかる。けれど、わかった所で防御できなければどうにもならない。
実際に俺も先日取得した『初心者の把握術』でやっと認識できているだけだ。身体は反応できないだろう。
さて、それじゃあ、フレイムアヴィはどうなのか? 1秒もかからず詰め寄ったから不意の強襲は成功し、フレイムアヴィは目だった反応も無く唯々ふよふよと浮いているだけだ。肉薄したイルメスの拳は、そのままフレイムアヴィへと叩きこまれる軌道に入る。
拳が残像を生む程に加速し、必殺を思わせるインパクトの瞬間、フレイムアヴィの口元がにやりと歪んだように見えた。すると『カッ!』と強い光が発生する。
それと同時に『ごりゅっ』という鈍くも重い音と、『ぎゃっ』っと鋭い悲鳴が上がった。
何が起こった?
強い光に少しの間視力を奪われるも、次第に世界は色を取り戻す。
そこではイルメスがうずくまっていた。その右腕は肘から先が無い。いったいどんな攻撃を受けたかは分からない。けれど、一瞬にしてイルメスの右腕が使えなくなった。
インターフェイスを注視すると、イルメスの体力は4分の1程消費している。致命傷で無かった事に安堵するけれど、同じ攻撃をあと3発喰らったら終わりって事だ。
フレイムアヴィは数メートル吹き飛ぶも、大したダメージが無かったのか、すぐに体勢を立て直して、火炎弾を放ち始めた。
ここで、イルメスの体力が0になったら? 恐らく復活はしないだろう。リスポーンポイントで問題無く復活できるのはプレイヤーたる俺だけだ。クロ―シアは理論上可能だけれど、未知のリスクが伴うって話だ。NPCとしてゲーム開始から配置されているイルメスは、その恩恵に預かれないだろう。そう思っていた方がいい。
だから、このままむざむざとイルメスを殺させる訳にはいかない。
MMORPGとかでは、ヘイトコントロールとか言って敵愾心を調整する事が必要なんだとか。俺もそれに倣ってみる。今うずくまっているイルメスよりも、うっとうしい攻撃をしたらフレイムアヴィの関心は俺に向くはずだ。
だからストックを大量に確保してきた石の斧を投げる。手当たり次第。1本、2本。
走り寄るスピードは遅くなるが、今は手数が必要だと判断。イルメスへと迫る火炎弾に当たり、その勢いを反らすのに成功した。
3本目から本体に当たり出す。5本目にはさっきと同じ様に光りを発し、石の斧は消え去ってしまった。それでも休まず投げる。そして、1投ずつ足を進めて近寄っても行く。
「クロ―シア! イルメスに水薬投げて!」
「はい! 周りに水も撒きます!」
そうだ。強い光の攻撃が何だったのかはわからないけれど、熱を伴っていたのは間違い無いだろう。だから、水でそれを和らげるのは理にかなっているはずだ。
水を撒くと直ぐ後に、クロ―シアのスライム戦鞭が唸る。先端に釘を組み込んだ凶悪な獲物が、フレイムアヴィの頭部を捉えた。バスンという鈍い音がし、フレイムアヴィは片膝をつく。
かなり効果的だ。けれど、このままではクロ―シアにヘイトが移ってしまう。俺も負けずに石斧を投擲する。フレイムアヴィは俺に反撃すれば良いのか、姿が現れては消えするクロ―シアを探すべきか迷っている様で、反撃は散漫的だ。イルメスの事は対象から外している様にみえる。
「イルメス! いったんフレイムアヴィから離れろ!」
「……くっ! 分かったわ。ちょっとの間はイソカに任せるわ。ちょっとの間だけなんだからね!」
「クロ―シアはイルメスの補助を頼む」
「はい! イソカは敵にだけ集中してください」
イルメスは転がる様にして移動し、フレイムアヴィから距離をとる。
この間に俺はフレイムアヴィへと、あと4歩の距離まで近づいた。しつこく石斧を投擲していたから、ヘイトが俺に向かっている。石斧と火炎弾の応酬になった。
火炎弾は威力が強そうだが、スピードが遅い。なのでかろうじて避けられる。それに、かすったとしても『妖精の洗礼を受けし一見普通の服』の耐熱効果でダメージは受けない。当たらなければ如何と云う事はないのだ。
2発当たったけれど大丈夫だった。
避けた火炎弾が後ろの建物に着弾しても、ウィンディ率いる村人たちがせっせと消火活動にあたっている。だから、後顧の憂いはなく、時間をかけて対処できる。
けれど、石斧は有限だ。投げたら拾ってまた投げれば良いんだけれど、何本か投擲したタイミングで件の光る攻撃をされて、石斧が消滅する。それで、じりじりと手持ちが減ってしまっている。再び拾うタイミングも難しい。
ただ、石斧が消耗した甲斐があってか、光る攻撃の特性が分かってきた。あれはカウンターだ。その熱量でもってこちらに攻撃はしてこない。石斧が当たる瞬間にしか発動しない。
適度な距離を持って対処すれば安全だけれど、それでは決め手に欠ける。ちょっと前に売っていた弓矢は、こんな時に役立つのか。買っておけば良かったと後悔するも、後の祭りだ。
今はどこかのタイミングで直接攻撃をしたい。けれど、それは何時が適切なのかわからない。
焦燥感にさいなまれながら、また石斧を投げる。今回のは光るカウンターで消滅させられた。
「イソカ! 伏せてください!」
いきなり声をかけられ、慌てて地面に転がる。クロ―シアの声だが、何だ? 視線をフレイムアヴィへと向けた。
すると赤い色の旋風が通り抜る。イルメスだ。彼女の赤い服が再びフレイムアヴィに肉薄する。
「赤い色は、女神の印なのよ! たき火は消えなさい!」
イルメスは左手を伸ばし、フレイムアヴィに掴みかかる。レオタードの肩紐部分をシッカリ掴んで、引き寄せる。そしてその勢いを利用して、右ストレートを顔面に叩き込んだ。再生したのか!
ゴチンと鈍く重い音がして、右ストレートは振り抜かれた。フレイムアヴィはそのまま身体を吹き飛ばされる。強烈なパンチの衝撃が突き抜ける最中でも、イルメスは掴んだ左手を離さない。その結果、レオタードがするりと抜けて、フレイムアヴィは全裸になって吹き飛んだ。
これは、所謂『強奪』って事か? RPGで戦闘中に敵の装備を盗んだりするアレ的な?
装備を強奪され、吹き飛んだフレイムアヴィがゆっくり立ち上がる。首が変な方向に曲がっているのに、死なないとか、流石は精霊型のモンスターだ。
フレイムアヴィの身体から、ボワンとした炎が立ち上がり全身が包まれる。すると、首は元通りになった。回復するのか。厄介だな。
そして、さっきまで全裸だった筈なのに、また新しくレオタードを着ていた。イルメスの強奪した物はこちらにある。どうやら、モンスターにも装備のストックがあるらしい。もしくは、さっきの炎で作成したとか。
だったら、盗れる分は全部頂いちゃっても良いよね?
「イルメス。さっきの要領で、フレイムアヴィの装備を強奪してゆくぞ!」
「良いわね! 私を虚仮にしてくれたもの。それ位の仕返しはしてやるわ」
「その前に、イルメスは一旦治療です! イソカはその間の時間を稼いでください」
クロ―シアの指摘通りに、イルメスの体力はまた少し減っていた。強烈なカウンターを受けなくても、ダメージがある。なので、畳みかける様に攻撃はできず、単発の攻勢になってしまう。
それだったら、その時間を稼ぐのは盾役の俺の仕事だ。実際に盾は持っていないけど、要は敵を引きつけたら良いんだ。
何度も石斧を投げては、その内の1つを光のカウンターで消滅させられる。そして、そのカウンターの後はイルメスとスイッチして強烈な一撃とレオタードの強奪を行ってゆく。
強奪5回目くらいになると、パターンが見えて慣れてきた。攻撃も読みやすくなってくる。けど、硬い。どれだけ体力があるんだろうか。石斧の消耗が気になってくる。このまま長引けばジリ貧だ。それは避けたい。
その為、俺はこのタイミングで新しくスキルを取得する事にした。6回目のカウンターのタイミングで取得する。
それは『初心者の足運び』と『初心者の体捌き』の2つだ。前者が少し速く走れる様になり、後者は咄嗟の動作が少し速くなる行動系のスキルだ。
投げっぱなしになっている石斧を無駄なく回収する為に、これらを選んだ。
身体能力の向上は僅かだけれど、その違いは大きかった。危なげ無く火炎弾を避けられるし、石斧を拾って投げるのも無理なく行える様になる。
その余裕っぷりは、合間でイルメスと話せるくらいだ。
「そう言えば、どうやって右手が再生したんだ?」
「そんなの簡単よ。パンを食べれば元通りになったわ。私の身体はパンで出来てるの」
何パンマンだよ!? パンで回復って事は、イルメスの装備の効果だよな。そこまで回復力があるとか、流石は女神の服から派生しただけはある。
こうして石斧の投擲で牽制し、光のカウンターが発動した直後にイルメスとスイッチするを繰り返して10回目。異変が起こった。
起き上がるフレイムアヴィはレオタードを身に着けていない。とうとう、装備のストックが切れた様だ。だが、おかしい。肝心の部分が見えない。胸とか局部とか、そういった部分が見えない。何故か?
光に遮られているのだ。
これはつまり、地上波放送時によく見られる謎の光現象か。都合の良い事に、乳首の位置や局部の位置に光の帯が発生している。
おかしい。『俺だけの森・オフライン』は国際基準だから、描画規制は無いはずだ。なのに、局部が見えないとか、全くクールじゃない。
それと同時に、もう1つのおかしい点がある。さっきから、光のカウンターを発動させない。今までは石斧を10投する間に1回はカウンターを放っていた。なのに、今は止んでいる。
ここで俺は閃きを得る。ひょっとしたら、カウンターに使っていた精神力を光の帯の維持に利用しているんじゃないか?
試しによく狙いをつけて、胸へと石斧を投げつけた。
すると、強い光がまた発生して、石斧を消滅させようとする。
しかし、石斧は消滅せず、焦げ付いた程度。光の帯の方が一瞬消滅した。見えた。見えたし揺れた。
今までのカウンターなら石斧は消滅していた。しかし、今は上下の2か所に精神力を分散しているから、そこまでの威力が無いのだろう。だったら、手数を増やして、圧倒してやれば良い。それに、焦げたって事は熱の攻撃だ。
「クロ―シア。鞭に水をつけて、それで光っている部分を狙ってくれ」
「わかりました」
クロ―シアの振るうスライムの戦鞭が当たる度に、バチンという重い音とジュっという蒸発音がする。
俺の斧とクロ―シアの鞭がフレイムアヴィを襲い、光の帯は徐々に弱くなる。これは効果的だ。敵は周りに火炎弾を飛ばす余裕も無い。ふわりチロリと弱々しい火が漂うだけだ。
俺達は敵を追い詰めているはずだ。あと少しで倒せるはず。けれど、その少しがまだ遠い。これから一気に畳みかけてやる!




