32 魔法少女ウィンディ
日が変わって朝になると雨は上がっていた。雲も見当たらず、今日は暑くなりそうだ。
朝食を済ませると、ウィンディやファルゴといった村人数人に案内されて、村へと向かう。
西に進むにつれて炭の匂いが鼻につき、焦げ臭い感じも強くなる。なんか嫌な感じだ。目を背けたい現実に立ち向かうみたいな憂鬱な足取りになる。
「……イソカ。敵性反応です。前方におよそ500m。数は1つです」
村への道を半ばほど過ぎた辺りで、クロ―シアの索敵能力に反応があった。どうやらその敵は村の中に居る様だ。
「何が居るかとかは、分かる?」
「流石にそれは無理です。ただ、動き方からするとスライムでは無いのは確かですよ。数歩分位をス~っと漂うように移動したら、暫くその場に止まるって事を繰り返していますから」
成る程、それなりの俊敏性をもっているって事か。クロ―シアは賢いな。ちょっとドヤ顔になっているホッペをプニプニっと揉みしだきたい。しかし人前ではガマンだ。
「何てこった。こんな時に村にモンスターがやって来るなんて」
「ファルゴはどれ位戦えるんだ?」
「木こりは木を切るのが仕事だからな……。拳骨をふるう喧嘩とは違う。からっきしだ。こんな事なら狩人のデュオも連れて来るんだったな」
「何言ってるのよ。ここにイルメス様が居るんだから、大森スライムだろうが、ドラゴンだろうがぶん殴ってやるわよ! まかせなさいな!」
狩人は避難場所に残っている村人の護衛があるから連れて来れなかった。俺たちはまだ遭遇していないけれど、偶に狼が出るらしい。それに、何年か前には熊が迷い込んで村人に被害が出た事もあったとか。そういう設定があるんなら、村人の安全には配慮しないとだ。
それにこっちはイルメスが1人居るだけで過剰戦力ともいえるから、大丈夫だろう。彼女の馬鹿力には大いに役立ってもらうつもりだ。力こそパワーだね。
「魔物であれば、私の魔法が炸裂する番であります。今こそ、火事で役立たずだった汚名を返上する時!」
「ウィンディは風の魔法が使えるって設定だよな。どうやるの? 見せてもらっていい?」
ウィンディの魔法に関しては疑問に思っていた。システム的に魔法があれば、パラメータの中に『魔力』とか『MP』とかがあるはずだと思うから。だから、彼女が魔法使いというのは、いわゆる10代中頃の少年少女が罹ってしまう一種の病の結果なのではないかと勘ぐっている。
もし俺の思い過ごしで、本当に魔法が使えるのなら戦力として数えられるから、この事はハッキリさせたかった。
「せ、設定ではありません……。実際に風の刃を飛ばす事ができるのであります。魔法はむやみやたらと意味もなく使う物ではありませんが、他ならぬイソカ殿の頼み。魔物を相手にする前に、ここで披露するであります。戦力の確認も大切ですから」
そう言うとウィンディはクイックアイテムメニューから取り出したのか、1本の杖を手にする。どうやら木製で、ヘッドが大きなこぶ状になっていてかつ持ち手から下は徐々に細くなる形だ。昔話の魔法使いの爺様婆様が持っている感じの由緒正しき趣のある杖である。
その杖の握り方を変え、ヘッドを下にして地面に着け、石突の辺りをしっかりと握る。そうしてから少し先にある焼け残った木へとヘッドを上げて向けた。なんか、野球漫画のホームラン予告みたいだ。
「今から、あの木に向かって風の魔法を放つであります」
こう宣言したら、杖を両手で握りしめ、身体を捻じりながらヘッドを高く上げる。左腕は胸をグニュっと潰す感じで身体に巻き込み、両の拳は右耳の横近くまで上げられる。
まんま、バッターボックスに立つ打者の構えだ。とても嫌な予感がする。これを振り回してそよ風を起こし『風のまほう~』とか言うんじゃないだろうな? 小学生の頃によくやったやつだぞ。
「疾風よ。風精よ。我の求めに応じ、その奇跡を起こしてくれるなら……。大地に根を張る土精の眷属を打ち払うその刃は、昔日の苦難に似て……。さあ、息吹いて――ウィンドカッター!」
何だか呪文の様なポエムっぽい事を唱えると、ウィンディは杖をバットの様にフルスイングした。その勢いはすさまじく、ブワッと風が巻き起こる。そよ風なんかじゃない。突風と言っても良いだろう。杖のヘッドが遠心力を欲しいままに加速し、最高速に達するとそれは起こった。
『バオンッ!』という破裂音が鋭く鳴り響き、目に見えない衝撃が発生。地面の土砂を吹き飛ばしながら存在を主張し進み出す。それがウィンディの指定していた木に到達すると、『ドバァン!』と音が鳴り、幹や枝を大きく揺らす。一撃で倒れるまではいかなかったけれど、幹の半分近くを抉っていた。
「この通り大した威力では無いのが、お恥ずかしい……。けれど、魔物に対して露払い程度にはなるはずであります」
「何言ってんだ、ウィンディ。村じゃお前意外に魔法を使える奴なんて居ないんだ。たいしたもんだぜ」
「そうだぜ。たった一撃でここまでの破壊力だ。凄いじゃないか」
謙遜するウィンディに同行している村人は誉めそやしている。ってか、あれ魔法なのか? なんかソニックブームを起こして衝撃波が生まれた感じがするんだけれど。それにカッターじゃないよアレ。大砲だ。キャノンだよ。ウィンドキャノンだよ……。
「いや~、確かに凄いな。凄すぎて、直接杖で叩いた方のが破壊力は高いんじゃないか?」
「とんでもない、イソカ殿。私は非力な魔法使いでありますから。肉弾戦は大変に不向きなのです……」
非力って何だろう? この魔法? を見て、力自慢のイルメスは『ぐぬぬ~』って顔をしちゃっている。これはヤバい傾向だ。きっとろくでもない事をするに違いない。俺はなるべく村人達には聞こえない小声で、イルメスに釘をさしてみる。
「……い、いや~、魔法って中々威力があるけれど、やっぱり直接攻撃の方が早いし確実だよな。だから、イルメスの事は頼りにしてるぜ」
「何言ってるのよ。あれが魔法のわけ無いじゃない。でもイソカといいウィンディといい、人間もなかなかやるわね。私もうかうかしていられないわ。女神の領域へ追いついた気になっているんでしょうけど、更に引き離してやるんだから。だから、もっと頼りにするのよ!」
ダメだった。闘志と対抗心を燃やしちゃっていた。どうにかならないかな? ってクロ―シアの方へ視線を送れば、無言で首を左右に振られた。うん、どうにもならないね。仕方ないね。せめて、実害が出ない形で治まってくれれば……と願うばかりだ。
ウィンディの魔法(物理的ソニックブーム)について確認がとれたから、俺たちは再び村に向かう事にする。
1歩を進む毎に火災の跡が酷くなって、とても痛ましい光景だった。クロ―シアが捕捉していた敵対生物はあまり移動をせずに、狭い範囲を行ったり来たりをしていた様子だ。このまま進めば村の中で接敵する事になる。
俺たちは次第に言葉数が少なくなり、だれからともなく息をひそめる様にして進む様になった。
村の中は酷い有様だった。殆どの家が焼け落ち、無事な建物が無い。ひと際大きな建物が1棟形を保っているけれど、他はかろうじて建物と言えそうな物が3棟あるだけの状態だ。
その村の中で、広場になっている所に奴はいた。俺たちが隠れて様子を見る所から距離はおよそ100m程。
その敵対生物はまるで、美しい女が燃え盛る炎を纏っているかの様な姿をしていた。
ひょっとしたら、こいつが森林火災の元凶か?
「あれは、フレイムアヴィです。けれど、どうしてでしょう? 現れるのは溶岩地帯のはずなのに」
「知っているのかクロ―シア!?」
「はいイソカ。灼熱の火炎弾を打ち出す、炎の精霊です。とても強力な魔物で今戦えば甚大な被害が出るかもしれません」
「イルメスが居ても?」
「……イルメスの耐火性能次第です。接近戦では、流石のイルメスでも焼かれてしまうかもしれません。だから、安定して勝利しようとしたら、強力な遠距離武器で相手の射程外から一方的に削る位でしょうか」
うん、イルメスでも厳しそうなのか。今の俺たちじゃ無理だ。クロ―シアの緊張した顔をみたら、かなり不味い事態だって理解できた。
しかし、そんなメラメラモンスターを放置していたら、瞬く間に森が灰になってしまう。それに、本来の生息域から外れてモンスターが現れるとか、ゲームでお馴染みのイベントだ。何とかしてここで退治したいけれど、どうしたものか……。
「何よ。何もしないで逃げるなんて嫌よ。何事も取りあえず殴ってみない事には始まらないじゃない」
「まあ、そう急ぐなよ。作戦とか役割決めとかしないと、勝てる戦も逃しちゃうだろ? イルメスは火の耐性ってどれ位あるんだ?」
「泉の女神たる私にとって、あんな火なんてチョロ火も良い所ね」
属性が水だから、大丈夫って事で良いのかな。イルメスはかなり大口を叩くから、実際の程度がどの位かわかりずらい。細かく聞いてもヘソを曲げるしな……。
「今回は、行くなら始めからイルメスに全力で行ってもらうつもりだけれど、そうするにも、まずはもっと状況を確認しよう」
「なら、早くしてちょうだい。作戦なんて、シンプルな方が間違わなくて良いのよ。丸太で叩いてもいいけど、ここに無事な木は無いから、私は正面から向かってぶん殴る役ね!」
イルメスはフレイムアヴィから目を反らさずに集中力を高めている。というか、入れ込み過ぎだ。たぶん、他の事なんて頭に入らないだろう。となったら、その方向で作戦を立ててみるか。焼かれてしまう前に倒せば良いのだ。良いのか?
「まず、村の周囲の事を確認したんだけれど、近くに火山とか溶岩が沸きだす場所とかあったりするのか?」
同行する村人に問いかけるも、誰も心当たりはないという。という事は自然に発生した線は薄いだろう。イベントとして発生したボスモンスターって考えるのが妥当だ。
「次にウィンディの風魔法はフレイムアヴィに通用しそうか?」
「……遺憾ながら、無理と思われます。何が燃えているのか不明なので憶測ですが、炎の色が非常に高温の状態を示していると見てとれます。それに、奴の足元の土が焼けて固まっています。それゆえ、非常に高い熱を纏っている事は間違いないかと。
これ程になると、かえって火勢を増して奴に利する事になってしまうと思われます。風圧で押す程度はできそうですが、それがどれだけ有効になるやら……。またしても、お役に立てそうに無く申し訳ありません……」
こういう相性は仕方ない。ウィンディは戦力外と捉えておこう。
「クローシアの鞭は通用しそう?」
「……火炎弾は撃ち落とせるかもしれませんが、本体の方を何度も叩いたら燃えちゃうかもしれません」
俺の斧とクロ―シアの鞭では、鞭の方が攻撃力は高い。けれど、スライムの革で作られているから、熱に強いって訳でもない。こっちも相性が悪いのは仕方無いな。こうなると、全面的にイルメス頼りな事態になってきたぞ。
状況と戦力が整理できたので、作戦を立てる。内容は凄くシンプルだ。村人達には下がってもらって、井戸や小川から水を汲んできてもらう。それで、もし戦闘中にフレイムアヴィの火炎弾で建物が燃えたら消火に専念してもらう。
戦闘組は、イルメスがメインアタッカーで俺がサブ。周りに火炎弾を出させない為にも正面からぶつかる。クロ―シアはサポートで適宜水を撒いたり牽制にあたってもらう事にした。
予備に持って来ていたパンは全てイルメスに渡す。イルメスの装備は特殊で、パンを食べれば体力・スタミナ・精神力の3パラメータが回復するからだ。俺の癒し手は回復に時間がかかるし、水薬の数も潤沢とは言えないから、非常に助かる機能だと思う。
こうして役割と作戦は決まった。それじゃあ、ボスを倒してイベントクリアといこう。




