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29 イベント発生


 桟橋でうずくまっていた女性は珍妙な呪文を唱えると、立ち上がり、よたよたと桟橋の先へと進む。


「イソカ、何か変ですよ」

「うん、何か雰囲気がヤバ目だな」


 桟橋の突端まで行きつくと、女性はそのまま泉に身を投げた。おい! 入水自殺かよ!? しゃれにならないぞ!


「イルメス! あの人を引き上げてくれ!」

「分かってるわ! 私の泉を自殺の名所にしてやるもんですか!」


 咄嗟に駆け出しイルメスは泉へと飛び込んだ。2分ほど時間が空くと、女性を背負いながらイルメスは水面を歩いて畔までやってきた。その女性の体を受けとり、地面へと横たえさせた。非常に重かった。太っている訳では無い。女性の着た黒いローブに石が沢山詰め込まれていたんだ。ごちごちと石同士がぶつかる音がローブの中から聞こえる。その事から入水の本気度が伺えた。


「まったく、人間は水の中で生きられないんだから、自重して欲しいわ」


 ぶつくさと文句を言うイルメスに、クロ―シアが火を熾したたき火にあたる様に勧める。


「そうですね、イルメス。お疲れさまでした。どういった事情があるか分かりませんが、この女性が起きるまで、服を乾かしながら待ちましょう」


 これはもう、水遊びをする雰囲気じゃなくなってしまったな。俺としてはこの状況でも全然遊べるけど、2人はダメだろう。テンションが下がりっぱなしだ。


 女性の方は呼吸が止まるまではいっていなかったので、こちらも火の近くに寝かせている。その顔は穏やかで、形の良い眉もしかめられてはいない。口や鼻筋はシャープな印象で、肩と耳の中間位で切られた栗色の髪と合わされば、ちょっとしたお嬢さんっぽい感じになるだろうか。まあ、髪の方はまだ濡れているから、想像でしかないんだけどね。


 イルメスの服が乾く程度の時間が過ぎる。それにしても、まだまだ目が覚めない様子だ。何時まで寝ているのか。何だか徐々にムカムカしてきた。こいつの所為で折角の休息を邪魔されたんだよな。可愛い寝顔をしているけど、そんなの関係無いな。1つ説教でもしないと俺の気が済まない。


 よし、叩き起こそう。こんな時はあれだ。高校に入って5月の保健体育であった救命活動実習を参考にしよう。

 意識の有無、呼吸の有無、拍動の有無を確認する流れで、最初に両肩を強く叩きながら大きな声をかけるんだったよな。


「大丈夫か!? しっかりしろ!!! 大丈夫か!?」


 大声で呼びかけ、肩をパンパンと強く叩いてやる。普通なら、この時に呼吸を確認するのに胸を見たりするんだったか。すでに息が有るのは分かっているけど、自然と目が向いた。

 肩を叩く度に濡れたローブの張り付いた胸がプルプルっと揺れる。ささやかながらも張りのある感じだ。見た目の年齢も俺とそう変わらない感じだから、少女の固い胸ってやつかもしれない。って、またエロい視線をもってしまった。クロ―シアがぷくぅっとむくれている。じ、自重しないと……。


「……ぅう、ぁ。……ぇえ?」


 何度も声かけと肩たたきを繰り返すと女性は気が付いた。かなりのまぬけ面だ。鼻を摘まんでやりたい。むいぃ~と引っ張ってやりたい。


「言葉はわかるか? 名前は?」

「……水神様。私はウィンディと申す者であります。……どうか、村を救う力を授けてくださいませ」


 うん、ウィンディさんね。分かった。けど、村を救うとかわけが分からない。どう言う事? あと俺は水神じゃ無いぞ。


「そうかウィンディさん。残念だが俺は水神とやらじゃ無い。けど一体どうして泉に身投げなんてしたんだ?」

「ちょっと、ちょっと! 水の神って言ったら、この私イルメス様でしょ? この娘、何を勘違いしちゃってるのよ」


 ややこしくなるから、今は黙ってろよイルメス! 俺はクロ―シアに目配せをすると、彼女はパンをこれ見よがしに取り出した。こんな事もあろうかと、クロ―シアのクイックアイテム欄にパンを沢山登録してもらっていたのだ。これでイルメスは大人しくなる。


「……この泉は、対価を払えば新たな力を授けてくださると聞いたであります。……水神様、どうか私に水の力を……。どうか……」


 新たな力って『泉の箱』か。そう言ったって、小当たりが5%、大当たりが1%の狭き門だぞ。しかも、それは道具に限られるはずだ。

 ん? だよな? 生物はどうなんだ? リュックには生物も収納できるから、ひょっとしたら生物もランクアップできるのか?

 それは今後に要検証として、この女は力が欲しくて身投げしたって事か。つまり、ゲーム的なイベント発生って事か? クロ―シアに小声で確認をとってみよう。


「これって、イベントと考えて良いのか?」

「ノーマルモードではこういったイベントが無かったはずなので、分かりません。そもそもNPCが自殺しようとするのも不可解です」

「ディープモード由来かバグかって事か。俺としては、この件に関わってみたいんだけど、クロ―シアはどうだ?」

「私も気になります。彼女にもっと詳しい話を訊いてみましょう」


 おっけ。決まりだな。


「なあ、ウィンディさんよ。何度も言うけど、俺は水神じゃ無いぞ。そもそもこの泉には水神なんて居ないし。居たのは、あそこでパンを食ってる女だけだ。それに新たな力をくれるって機能も今は無いぞ」

「そんなぁ……。いったい私はどうしたら……」

「どうして力が欲しいんだ? モンスターでも出たのか?」


「…違います。森林火災が起きたのは3日前の事。村は総出で必死の消火活動をするも火は消えませんでした。延焼は遅いながらも、このままでは村の周囲にも火が迫るのは明らか。全滅は必至であります。そこで村で唯一の魔法使いである私が、伝承に聞く水神様の力をお借りしようとこの泉までやってきたのでありす。なのに……」


 それで、水の力が欲しいって事なのか。魔法使いってのが気になるけど、一旦置いておこう。森林火災って延焼が中々収まらないって話だよな。状況が悪いとこっちまで広がって来るのか? これはもう、遊んでる場合じゃ無さそうだな。


「村の避難は済んでるのか?」

「……不明であります。私が村を出たのは2日前。森をさ迷いやっとこの泉を見つけたました。今頃村はどうなっている事か……」

「ここから村まではどれ位の距離があるんだ?」

「……西へまっすぐに。おそらく1日であります」


 平原だったら30km前後って所だろうけど、道無き森の中なら20km前後って所かな。今から出ても途中で夜を明かす必要がある。それはできれば避けたい。一刻も早く駆けつけたい気持ちがあるけど、準備不足で行っても上手く無いよな。


 俺ができる事って言うと、伐採して薪を水に交換する事か、水薬を用意して治療にあたる位か? 水薬の代わりは癒し手でもまかなえるのかもしれない。とは言え、水の方は薪1束で1リットル程度だ。消火には焼石に水って感じだよな。

 あ、そうだ火傷の治療にも必要なんだよな。運搬には重量制限がかかるけど、現地調達ができればそれも気にしないで済むよな。


「クロ―シア。交易ボックスって持ち運びはできるの?」

「撤去はできますが、破壊扱いになるので移設は無理です。クラフトメニューで新規に作成すれば自由に設置できるんですけど……」


 その為の作業台がまだ出てこないんだよな。本当にどうなってるんだ?


「ウィンディさんの村には、交易ボックスや作業台はあるのか?」

「交易ボックスは1つと作業台が幾つか。ただ、今も燃えずに残っているかは……」


 現状は分らないか。そこが問題だよな。むしろ、無いと思っていた方が良さそうだ。じゃあ、分担して水を運ぶってのはどうだ?


「水を持って行こうと思うんだけど、クロ―シアもウィンディさんも、どれ位の荷物を運べるんだ?」

「私は20kg位で限界かもしれません」

「……た、たぶん私も同じ位であります」


 そんな程度だよな。ウィンディの目が泳いでいるのが気になるけれど、実はもっと非力って事か?

 クイックアイテムに登録すると、両手がフリーで物を運べるけど、その限界重量制限は変わらない。およそ1トン近く収納できるリュックが異常性能なんだよな。


「何? 何? 力自慢ならこのイルメスさんを忘れないでね」

「そうだ、イルメスが居たな。水を運びたいんだけど、イルメスは荷物をどれ位まで持てそうだ?」

「ん~、そうね。水ならこの位かしら?」


 イルメスはそう言って両手で抱え込む位の大きさを示した。3辺が1メートル以上だ。1トン以上って事か? 立木を引っこ抜く程だから、できそうではある。となると、持ち運ぶ方法だよな。流石にボトルを1千本とかは使い勝手が悪すぎる。どうにかして1つにまとめる工夫が必要だ。


「だったらさ、イソカが干していたスライムの革を使ったらいいんじゃない? 袋状のもあるんだから、水筒になるでしょ」


 そうか、水筒か。目の前にある泉から幾らでも汲めるよな。ってか、これこそ現地調達が可能だよな。イルメスのくせに冴えてるな。


「ウィンディさん、村の近くには川とか池はあるのか?」

「……それが、今頃は火災の中かと思われます。火の出た方にこそ近かったので」


 生活用水を賄う小川はあるそうだが、大量の水を用意できる川は離れた所にあるらしい。井戸もあるが当然村の中だ。今頃は火に巻かれているだろう。となると、ここから運ぶ必要があるか。袋状の革は30枚位ある。どうやって持ちやすい感じにするかだよな。

 そう算段をつけていると、さっきから思案顔だったクロ―シアが俺の服の裾をちょんちょんと引っ張ってきた。


「ねえイソカ。確証は無いんですけど、泉の箱を使うと大量の水を運べるかもしれません」


 交易ボックスは持ち運びができないが、泉の箱は持ち運べる。クロ―シアの話だと設置状態ではどちらも収納限界が無いから、泉の箱に荷物を満載して運べるのかも? といった考えだ。


 この予想は当たっていた。しかも、どれだけ物を入れても箱の重さしか無いという不思議っぷりだ。

 これで、水の大量輸送の目途がついた。ただ、泉の箱に水も薪も食料も……と入れようとしたら、どれか1種類しか入らなかった。単種なら複数個入れられるので、今回はスライムの革袋に納めた水を運ぶ事に決定だ。


 この後は準備を色々として、出発は明日にする。今日の夜は、俺とクロ―シアとイルメスは拠点の中で寝たけど、ウィンディには外のシェルターで寝てもらった。彼女とは仲間では無いから線引きは必要だと思う。


 明日は朝一で出発だ。ウィンディの村が残っていたら良いんだけどな。





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