02 ナビゲーターさんとの出会い
地に足がつく感じを確かめると、周りの風景を見回した。ちょうどここは草原と森の境目らしい。実際は森なのか林なのか分からないけど、ゲームタイトルが『俺だけの森・オフライン』なので、森って事にする。
ここが、これから俺が開拓する森か。木こってやるぜ。
気合いを入れたら、足元が変に輝いているのに気が付く。だいたい半径5メートル位の円形で淡く光っている。はてな? これは何じゃろうか? 紹介動画では、開幕デススタートも無かったし、こんな魔法陣も無かった。バグ?
「いいえ、バグではありません」
いきなり声が響いた。心地よく耳に届く、女性の美しい声だ。しかしびっくりする。何だ? 何処からだ? しかも俺の思考を読んだのか???
「私はチュートリアル・ナビゲーターです。直接貴方の耳元に声を届けています。思考を読む様な機能はありません。とても大きな独り言でしたよ」
なるほど、そうなのか。VRギアは色んな感覚を身体にフィードバックできる反面、思考や感覚的な事をアウトプットしてしまうのかもしれないな。
「はい、その通りです。しかし、それも慣れれば生身と変わらない行動をとれる様になりますよ」
おう、やっぱりびっくりする。慣れればって言われれば、そうなんだろうと思うしかないな。でも、いきなり耳元で声が響くのは勘弁して欲しい。
メールとかメッセージの着信音なんかも、不意に鳴ったら心臓に悪い位に驚いてしまうのだ。姿が見えない声がいきなり聞こえるのは、ドキリとしまくる。
「これも、思っているだけのはずが、口に出てるんだよな。ナビゲーターさん、姿を現してもらえないかな?」
「申し訳ありせん、現在はそうする権限を与えられておりません」
何となく固く回りくどい言い回しで拒否された。無理なのか……。
でも、やっぱり姿が見えない相手から喋りかけられるのは、非常に気持ち悪い。
「それじゃさ、権限を持つ人に掛け合ってみてよ。ナビゲーターさんに話しかけられる度にびっくりして死にそうになっているユーザーから、ゲームにならないので姿を現して欲しいて言われたってさ」
「かしこまりました。現在運営に問い合わせております。少々お待ちください」
すると、視界の下の方に『ローディング中』という文字が点滅して現れた。そして、ちょっと待つとそれが消えて、ピンポンとチャイムの様なSEが鳴る。
「お待たせいたしました。運営からの許可が下りました」
すると、目の前にやたらと草臥れたオッサンが現れた。
「チェンジで!」
知ってる。夏毎に女の子のナンパの仕方を詳しく解説してくれる雑誌に載ってた。残念外見の女の子がやってきたらそう告げろと。そして目の前はオッサンだ。何を遠慮する必要があろうか。
「ち、違います。これは運営責任者からのメッセージです。ぜひお聴き下さい」
おっさんの口から、女の子の可愛らしい声が出てくる。キモイ。正直キモイ。けど、メッセージなら暫く我慢だ。
「この度は『俺だけの森・オフライン』をご購入ありがとうございます」
良かった。今度はちゃんと外見通りのオッサン声だ。しかも渋いイケボイスだ。
「また、AI開発特別プロジェクトにもご協力くださり感謝いたします。今回はスムーズなデータ取得の為に、ナビゲーターの外見を表示いたします。どの様な姿にするかは、ナビゲーターとご相談のうえお決めください。これもテストとしてデータを活用させて頂きます。それでは、良い森ライフを」
なるほど。ナビゲーターさんと相談って事は、好き勝手にする事はできないんだな。
「ナビゲーターさんは、どんな姿恰好が好みとかあるの?」
「いいえ、現在はその様な嗜好はありません」
無いのか。そして、とりあえずの姿はオッサンのままなのか。そこから再びナビゲーターさんの可愛らしい声が出てくる。
あれ? この声って、公式サイトの妖精さんと同じ気がするな。
「ナビゲーターさんの声って、公式サイトで木を切っていた妖精さんと同じ気がするんだけど、そうなの?」
「はい。同種の音声ソフトを使用しております」
「って事はナビゲーターさんもAIなの?」
「はい、学習型のAIです。より良いナビゲートができる様に、日々経験を蓄積しております」
やっぱりそうか。そう考えると結構自然な受け答えな気がするな。
外見の方は妖精さんと同じにしてもらおう。可愛かったし。
「それじゃ、その妖精さんの外見になってもらうのは可能ですか?」
「問題ありません」
すると、またピンポンとチャイムの様なSEが鳴りオッサンから小さいエルフ妖精さんに変わった。今のナビゲーターさんは、身長が120センチでほっそりした女の子の姿だ。これだよ。こういうので良いんだよ。
「服装は変えられるの?」
「はい。そちらも許可を得ております。どの様な物がお好みですか?」
現在のナビゲーターさんは緑色の大きな葉っぱを沢山重ねて作った様な服を着ている。非常にメルヘンな感じだ。それはそれで良いけれど、折角だからここからオイジナリティというか、俺らしさを出してゆきたい。
「それじゃ、白色のワンピースを着てみてよ。夏服っぽい感じで」
「かしこまりました」
今度はピカーって光の粒子がナビゲーターさんの周りに集まって、葉っぱの服から白いワンピースに変わった。魔法少女アニメの変身バンクみたいだった。体格はたいへんほっそりしていた。
そして、思った通りだった。公式サイトの時にも感じたけど、このゲームは無駄な所に力が入っている。夏服っぽい白いワンピースのリクエストもそれに応えてくれた様で、眩い陽光にうっすらとナビゲーターさんの身体が透けている。健康的で尊い。分かっている。このゲームは生涯をかけてプレイしても良いかもしれない。
「おお、すごいな。可愛いし似合ってるよ」
「有難うございます」
「そう言えばさ、このゲームって季節とかあるの? 流石に冬場でその恰好は寒そうだからさ」
「はい、ございますよ。現在の季節は夏となっております」
そうか、夏なら問題無いかな。
「おっけ。それなら大丈夫そうだね。となると寒い季節になったら、ナビゲーターさんも俺も着替えとかできるの?」
「はい、可能です。しかし、その際にはお客様ご自身で服をご用意ください」
そうなのか。となると、どんな感じで服を用意したら良いかも知っときたいな。紹介動画にはそんなの無かったし。
「その着替えとかは、どうやったら手に入るんだ?」
「着替えについては、交易商人が訪れるという設定の『交易ボックス』で物々交換により入手可能な場合があります。また、素材を手に入れてお客様ご自身で作成なさる事も可能です」
なるほど。『交易ボックス』の方は紹介動画にもあったから知っている。切った木を薪にして、それを釘や金具とか食料とかに交換していた。その釘や金具を使って建物や家具を作るクラフトメニューもあったから、それの一環で服も作れるのだろう。俺が見た動画の時よりも随分とバーションアップしている様だ。
なるほど分かった。となると、服は一旦これで良いか。白いワンピースは夏に似合う様な涼し気な物で、肩からざっくりと袖が無いノースリーブタイプだ。
「ナビゲーターさん、ちょっと服の感じを見たいので、バンザイしてもらえますか?」
「かしこまりました」
「はい、有難うございます」
ええ、本当に有難うございますとも。両手を上げる事で生じる服の皺が非常にリアルだ。上げられた二の腕も健康的で眩い。良いね。夏の風物詩だね。
そして、バンザイした時にピョコんと耳が動いたのが可愛い。エルフ耳に違わず横に長い形だ。顔が小さいから余計に目立っているのかもしれないけれど、10センチはありそうだ。鼻は小さくツンとしていて、唇も小さくプリっとしている。ほっぺも触ったらプニプニと柔らかそうだ。目も大きくてクリクリだ。とても良い。
良いのだが、一つ気になる点がある。髪の色が明るすぎる気がする。白いワンピースには、それが締まる落ち着いた髪の色の方が良いのではないか? きっとそうに違いない。
「ナビゲーターさん、今度は髪の色を変えてもらえますか?」
「はい、可能です。どの様な色が宜しいでしょうか?」
「黒色で。烏の濡羽色って感じに艶やかな黒色でお願いします」
「かしこまりました」
今度はナビゲーターさんの髪が全体的にレインボーかつ宇宙的に様々な色に変化すると、最終的に黒色に落ち着いた。さらさらとそよ風に揺れる様で、艶やかでもふんわりとしている。それが白いワンピースにとてもマッチしていた。
「この髪色に合う様に目の色も変化させましたが如何でしょうか?」
髪に意識が向いて居て気が付かなかったけど、ナビゲーターさんの瞳が赤っぽくなっている。黒い髪、白い服、赤い瞳、そしてエルフ耳。素晴らしい。
「おっけ! 良いよナビゲーターさん! 可愛さが引き立ってるよ。俺、もう他のゲームには浮気しないで、森を開拓しまくるよ!」
「ありがとうございます。どのみちお客様は当分の間は他のゲームをプレイする事ができませんので、心配はしておりませんよ」
ん? 他のゲームができないって、何ですと???