27 クロ―シアの新しい武器
あの後、滅茶苦茶シバかれた。
音の衝撃はあっても、結果的なダメージが無いので、そのままクロ―シアの鍛錬に入った。俺が全力で避けて、彼女はそれを狙うって感じだ。
それで感じたけど、クロ―シアと鞭は相性が良さそうだ。そうとなったら、次はもっと強化した鞭を作ろう。前に干していたスライムの構造体が革の様な感じになったから、それを利用して、けっこう良い物ができるかもしれない。
あと、コンパクトでダメージが無いのも作ろう。……その、気持ち良かったんだ。叩かれるのって……。
その後は、蔦も沢山あるしスライムの構造体も干しきれないほどあるしで、蔦の採取場には当分行かずに生産を充実させる事にした。イルメスもスライムの溶解液の手を身に着けたいから、異存は無かったみたいだ。
その翌日には拠点を覆う屋根ができた。シェルターを巨大な感じにした物で、中に『コ』の字で床を作り土の部分を残して、たき火ができる様にした。これで雨の日も安心だ。
シェルターは緑魔法陣の外に移してイルメスの居住スペースにしてやる。……なんか犬小屋っぽい感じになってしまったな。
更に数日が過ぎて、新しい鞭も完成した。俺が作ると回復効果が付いてしまうので、指導をしながらクロ―シア自身に任せる。
スライムの革を切りそろえていって、編んで鞭にし、その先端に曲げた小釘を何本も組み込んだ物だ。説明を見てみると
『スライムの戦鞭』
スライムの革により作られた戦鞭。先端に曲げた釘を組み込む事で大きな攻撃力を得た。程よく伸び縮みするので、振りの力以上の威力を出せる。値段1千束。
となった。実際に使ってみると、横の振りは癖が強いが、縦の振りはやり易いとの事だ。森の中で戦う時は、横に振り回しちゃうと周りの木にぶつかるので、合理的な性質なのだろう。因みに伸び縮みするといっても、ゴム紐を咥えてバチン! みたいな事にはならないそうだ。スライム革は優秀かもしれない。
クロ―シアを指導している傍ら、俺も新たな鞭を作った。
『癒し手によるスライムの短鞭』
スライムの革により作られた短鞭。癒し手の効果により、対象を傷つける事が無い。叩かれる度に快楽と信頼感が増し、動物を調教するのに重宝される。値段2千束。
凄い。値段が高い。3本作ったから、1本は売っても良いかも。たぶん、この、調教するのに良いってのがポイント高いんだろうな。『この豚が!』とか言われて叩かれるんだ。しかも信頼感も増すだなんて素敵だ。よし、もっと作ろう。
取りあえず、1本はクロ―シアにプレゼントだ。
「やっぱりイソカはそうなんですね……。分かりました。私もそれに応えようと思います」
どうやら、お気にめしてもらえた様だ。やったね。
▽▼▽
クロ―シアの武器が完成したから、久しぶりに蔦の採集場所に向かう。拠点からは南西に徒歩20分って所だ。以前のケースをみると、数十匹の群れになっていそうだ。
作戦は、俺が盾役になって、クロ―シアが隠密を使って各個撃破。イルメスはまだ左手にスライムを絡ませているから、もしもの時の予備戦力だ。
「イソカ! そうです。なるべく左右の動きは避けて下さい! 受けるも避けるも前後の動きで! その間に仕留めます!」
クロ―シアの声と共に、ビュン! という重くも早い音が近くを走る。すると、俺が対峙しているスライムよりも更に奥に居た固体が爆裂四散した。核も残らない見事な物である。
核を入手できなければ、交易で利益は無いし、戦鞭で叩くと構造物が飛び散ってしまう為に、革としても価値が無くなる。けれど、それでも良い。今は俺とクロ―シアのコンビネーションを確かめる時だ。2人の共同作業なのだ!
「残りの2体は任せろ! 周囲の警戒は頼んだ!」
この日の蔦の採集所は、多くのスライムが居た。既に40匹は屠っている。2対1になった俺は、足をフルに使ってスライムを翻弄。危なげなくそれを討伐した。
「ふぅ、どうだ? 新しい敵性反応はありそうか?」
「……それなのですが、来ます。今までの固体よりも大きそうです」
クロ―シアは緊張の声で警告する。きっと、ちろりと額に汗が浮かんでいるだろう。そして、前髪がペッタリとオデコに張り付いているのかもしれない。もしそうなら、それを拭って手櫛で髪を整えてみたいね。隠密でどこに居るのか分からんのだけれどね。
逃げるか? 戦うか? じっと待つ。もし、俺の手に負えない物が来ても、イルメスに全投げすれば何とななるだろう。
次第に、うじょらぐにょらとまるで水を吸った巨大なスポンジを絞る様な音が響き始める。そして、奴は現れた。
スライムだ。しかし、それはあまりに巨体。今までは直径1メートル程度の饅頭だったが、目の前に居るのは優に5メートルを超えている。そうなれば、体積はどれ程になるだろうか? 想像もつかない。
「クロ―シア! 知ってるモンスターか?」
「データに無いタイプです!」
未知の敵か。その圧力にのまれそうになる。けれどそれで身を竦めるのは悪手だ。スライム相手は機動性が命綱。先手必勝だ!
俺は駆ける。全体重を乗せきって、更に回転を加えて両手の斧を振るう。2連撃。残心など考えない。それは、浴びせ断ち。何時ものヤツならこれで始末が付いたかもしれない。けれどコイツの構造体は厚く、核までの道のりが遠すぎる。
ドバシィッ!
背中に衝撃が走る。それによって肺の空気が強制的に押し出され、呼吸が一瞬止まる。不味い。追い打ちをくらう。
ビバシャン!
更に迫った触手が俺に届く前に弾け飛んだ。クロ―シアだ。
「イソカ! 気を付けて! 攪乱は任せます!」
そうだ、俺はアタッカーじゃない。俺は手数こそ多く繰り出せるが、充分なしなりを持ったクロ―シアの鞭の方が一撃は重い。それが適切なタイミングで放たれる様に、敵を足止めするのが俺の役割だ。
「ねえイソカ。大物は私にも分けなさいな」
「イルメスはまだ待機しててくれ! 止めは頼むから」
このスライムは核の大きさも今までのとは段違いだ。従来のはハンドボール大だったが、こいつは両手で抱える位のビーチボール大もある。剥ぎ取りの為にも無傷で手に入れたい。それが可能なのはイルメスだけだ。それが無理なくできる様に、デカ物を弱らせるんだ。
丸太みたいな触手が、ぶおんと唸り、俺の体を吹き飛ばそうと迫る。俺も踏み込み、左斧で切り落とす。追撃はしなくて良い。受けに専念するんだ。右からも触手。切り上げる。塞いだが、身を寄せ過ぎた。すかさず空いた脇腹に触手が打ち付けられる。
重い! 何度も喰らうと骨まで折れそうだ。油断したら打撲の状態異常にもかかってしまうかもしれない。今度は下から腰を狙ってきた。一歩引き構える。そこへクロ―シアの鞭が入り、触手は吹き飛んだ。
何度かの打撃を喰らいつつも、着実にこの巨大スライムを削っていった。俺が小さく削り、クロ―シアが大きく抉る。その間に水薬は1本使う。流石にすんなりとは行かない。
やがてそれの大きさは直径2メートル程度にまで縮まった。そろそろ止めで大丈夫だろうか?
「イルメス! 核を壊さずやれそうか?」
「当然よ! 問題無いわ。見てなさい。そして上手く行ったら褒めるのよ!」
「イルメス! そんな事を言うと、私が止めを刺しちゃいますよ!?」
「待って、待って! 今やるから!」
スライムを絡ませていた左手を激しくブンッと1振りして構造体を飛ばすと、手に残った核を地面に転がしイルメスは走り出す。
迎え討とうと伸ばされた触手をぺシンと叩き落すと、更に肉薄して右手を突っ込む。右腕をぐるりと回し、構造体の中をかき混ぜる様にしたら、左手もスライムに突っ込み両手で一気にズポリと核を引き抜いた。
「一丁あがりね! 流石私だわ!」
「ええ、凄いですイルメス! 鮮やかな手つきでしたよ!」
「そうだな、見事なもんだったぞ。それじゃ、核も仕舞っておくから貸してくれ」
そう一言添えて核をリュックに仕舞う。ちょっと褒めれば言う事をきいてくれるので、俺の負担にならない程度には認めてやるのだ。できる上司ってそんな事をさらっとこなせる感じがするよ。
実際にバイトリーダーでも、文句ばっかりの奴の言う事なんて無視してたけど、色々と見てくれてる感じの人からは注意されても素直に改善しようって思えたもんね。
イルメスから受け取った核は『大森スライムの核』って名前だった。さっきの奴はそう言う名前だったのか。見たまんまな感じだけど、細かい事は気にしたら負けかもな。
クロ―シアの索敵によれば、もうこの辺には敵対生物が居ない様なので拠点に帰る事にする。
すると何やらイルメスがわなわなと手を動かして焦り出した。
「ちょ、ちょっと!? 何か変な物が見えるわよ! 何なの? おかしいわ!」
自身の左手側の下の方を弄る様にしているイルメス。いったい、何があったんだ!?




