22 スライムの群れを殲滅
「イルメス! いい加減に起きろ!」
「そう言って、私のパンを取るつもりね~そうはさせないわ~……ムニャムニャ」
背負いながら声をかけるが、イルメスは一向に起きる気配が無い。
「いい加減に起きないと尻を揉むぞ!」
『ボスン!』
頭にパンが当たった。違うんだクロ―シア!これは起こす為の嘘だ! パンを投げた瞬間に、隠密で消えていたクロ―シアの姿がフッと現れた。そしてまた、すぐ消える。隠密スキルの効果はそうなっているのか。流石に隠れたままで一方的に攻撃はできないみたいだ。
「そうそう、この香りよ~……ムニャムニャ」
イルメスが鼻をヒクヒクとさせた頃に、またスライムと遭遇してしまった。今度は4匹。同時に戦うのは無茶だろう。けど、やらなくちゃ。イルメスを下して、そいつらに俺から近寄る。でないと、イルメスが巻き添えになってしまう。
とにかく足を止めてはダメだ。今の俺にはそれが最大のアドバンテージだから。
走り、切り付け、走り、打撃を受け、殴り返して切り流す。その場その場の判断で、先なんて読めずにひたすらに斧と足を動かして行く。
2匹が限界。そんなリズムになってしまった。俺と相対するのは2匹だけ。もう2匹は離れて行ってしまう。離れてどうするんだ?
1匹はさっきのパンに向かった。恐る恐るといった感じで触手を伸ばしたが、次第に安全とみたか体内に取り込み始める。
もう1匹はイルメスに向かう。触手が足の先に触れるとそれは躊躇いもせずに取り込み始めた。捕食すべき肉と判断したのだろう。
すると何処からともなく薪がスライムの身体にぶつかった。クロ―シアだ。1本、2本。様々な方向から投げつけられる。しかし、イルメスを襲うスライムは止まらない。7本、8本、投げられる薪。イルメスは膝の高さまで取り込まれてしまっている。革で作られた彼女のサンダルが次第に溶け始めてきた。
今度はパンがスライムに投げつけられた。もう1匹がパンを捕食しているから、イルメスを襲っている固体もそちらに興味を惹かれるかもしれない。すこしだけ触手が伸ばされパンをつつくが、やがて引っ込み再びイルメスを蹂躙し始める。
俺は膠着状態だ。ここは賭けに出なければ、イルメスが取り込まれてしまう。相手をしている2匹を無視して、俺はイルメスに向かって走りだした!
しかし、それは無理な体制となってしまって、さっきまで相手していたスライムに足を刈り取られてしまう。土の味が口に広がった。
しまった! これは大きなミスをしてしまった。イルメスは太ももまで飲み込まれて、俺も1匹が足に絡みつき始めている。ここは何をしても立ち上がらなければと、やたらと斧を振るっていると、今までては違う音が辺りに響いた。
……ひゅんっバシャッ! ……ひゅんっビシャッ!
薪を先端に縛りつけた蔦が、イルメスを襲うスライムに叩きつけられる! ナイスアイデアだクロ―シア! しかし、スライムの位置が悪い。気を付けないとイルメスの身体に当たってしまうから、スライムに有効な攻撃にならない。
どうする? 何とかしなくちゃ。少なくともイルメスを起こして自分の足で逃げてもらう必要がある。だったらどう起こす? 普通じゃだめだ。彼女の性格を利用しないと……。
「イルメス! スライムどもがお前のパンを盗みに来ている! さっさと起きて倒すの手伝え!」
「ふぇ? ……何よ? ……させないわよ! どこよ!? スライムなんて滅ぼしてやるわ!」
くわぁっっと目を開いたイルメスは、初手で自分を取り込もうとしていたスライムの核を殴り砕いた。でろんと構造体の塊がゆるくなり、じゅびりとそこから足を引き抜いた彼女は、パンを捕食中のスライムに向かい、抜き手を差し込んだ。シュッ! と風を切る音と共に、核は抜き取られ、また構造体は力なく広がり始める。
「もう! 勿体ないじゃない! この世にスライムに食べさせるパン何て無いの!」
そう言って、彼女は俺を襲う2匹にも電光石火の手刀を差し入れ、見事に核だけを抜き取った。余りの見事さに、俺はあっけに取られてしまって、随分と呆けた顔だったと思う。
「クロ―シア! 居るんでしょ? 他のスライムの場所も分かるわよね!? 奴らを全部始末するわ!」
「はい! 次は北西の方から5匹来ます!」
それからのイルメスはまるで鬼神の如き戦闘力を見せつけた。全てのスライムの核を鮮やかに抜き取り、一撃必殺で屠っていったのだ。俺は途中からやっと頭が追いついて核の回収に向かった。量が多かったので、クロ―シアからリュックを受け取り、イルメスの後をついては落とし物拾いに勤しんだ。
結果、綺麗な核が62個。俺が始末して割れた核が1個。用途はまだ分からないけれど、綺麗に残ったスライムの構造体を58体分ほど入手した。
「イルメスって戦闘も凄かったんだな。力任せだけじゃ無かったんだな」
「本当です。頼りになりますね」
「当然よ! 何たって女神なんだもの。心技体がそろってるわ」
戦利品を全てを回収する頃には、すっかりと日が暮れてしまう。焦って転ばない様に気を付けて拠点に帰ると、安心感からか一気に疲れが押し寄せた。体力的には問題無いはずだけど、気力の方が限界にきていたみたいだ。
「ねえ、クロ―シア。スライムの核って高く売れるのかしら?」
「たぶん、それなりに売れると思いますが、その前に剥ぎ取りが必要です」
「どうやるかは後で説明してもらうにしても、この量をこなすのは、流石にキツいよな。2人とも、明日にしないか?」
「そうね。私はそれでいいわ」
「はい、私も疲れてしまいました」
今日はこの後のんびりする事に決めて、3人で膝を突き合わせてパンを食べた。
結局イルメスは薪150束分のパンを買った。しかもスライム戦の時に使った物もちゃっかり回収して、それまでも食べてしまった。ほんと、肚を壊さないの? 状態異常耐性ってどこまで大丈夫なの?
「イソカ、クロ―シア。さっきは私が寝坊しちゃったから2人に迷惑をかけたわね」
何だか急にイルメスが改まった事を言い始める。寝坊じゃ無いだろうと思ったけど、ここは茶化しちゃダメだよな。
「その……スライムの核の利益は、貯蓄に回すのが良いと思うの。薬を買うのも安くは無いみたいだから」
「イルメス。私の体の事を気にかけてくれているんですか?」
「ええ、私はとっても慈悲深い女神なの。だから、クロ―シアが良くなる様に祈ってあげるわ。祈りは現物支給よ!」
イルメスなりに、クロ―シアの事を気にかていた様だった。『じゃあ、わたしも感謝を現物支給しますね』そう言って、明日からクロ―シアもイルメスにパンをあげるみたいだ。
なんか変な感じもするけど、こういった関係も悪く無いのかな。
寝る前に、焚き火にあたりながらクロ―シアとまったり話す。
「今日はスライムが沢山出て大変でしたね」
「そうだよな。イルメスが居なかったら、どうなってたかな」
「うふふ。イソカだけでも大丈夫でしたよ」
「そうか? 流石に4匹同時には相手にならなかったぞ」
「それはイルメスをかばってたからです。もっと自由に動けていたら、圧勝でしたよ。イソカはこの前よりも、断然強くなっています」
「まあ、強くなったのは実感したかな」
「はい。逞しくなりました。寝ているイルメスを守る姿も頼もしかったですよ」
「そう言ってもらえると、やった甲斐があったな。嬉しいかもだ」
「うふふ。じゃあ、ご褒美に私が頭をナデナデしてあげますね」
今までは俺がクロ―シアの髪を撫でる事が多かったけれど、こうやって自分が撫でてもらうのも良いもんだね。今日の疲れが一気に流れ落ちた気がした。
明日は今日狩った核の剥ぎ取りをしよう。いったい何が取れるんだろう? 高く売れるといいな。