20 イルメスはチートキャラ
「おかしいわ!? 何で私のパンが無いの?」
「さっき食べただろうよ」
「クロ―シア! イソカが記憶を混濁しているわ!」
「そんな事はありません。お水を飲んで落ち着いて下さい」
昼食を食べるとイルメスはやっぱり五月蠅かった。もうすでに今日の分のパンを食べてしまっている。さらに追加して合計8個だ。クロ―シアの頭位ある大きさのパンをそれだけ食べたのに、まだ寄越せと言う。食べ過ぎでお腹が痛くならないのかね。野良犬は満腹感を知らないって聞いた事あるけど、それと一緒なのかな。
「なあ、イルメス。もうすでに3人分近い量を食べてるんだぜ? 流石に限界がこないのか?」
「まだまだね。私が居れば100人力ってよく言われるわ。だからいけるわね!」
まあ、元気だけは100人分はあるよな。ゾンビみたく休む事が無いって感じでさ。最近のゾンビはやたらと元気で走り回るのも居るって聞くしね。
食後にクロ―シアへ水薬を塗っていると、それにもイルメスは興味を示した。
「何それ? 面白そうね! 後で私にもやって頂戴な!」
「これは治療だ。遊びじゃ無い」
「そうなんですよイルメス。これをしないと私の肌がダメになってしまうんです」
「……そうなのね。ごめんなさい」
簡潔にだが謝罪をして、シェルターの外へ出て行った。他の事にもこう分別があってくれたら良いんだけどな。まあ、こういう事で茶化す様な奴でなくて良かったとするか。
近頃は少しずつクロ―シアが日を浴びる時間を伸ばしている。今の所は1日4時間程度なら大丈夫かな? って所だ。午前中はけっこう不用心に過ごしてしまったから、午後の15時まではシェルター内でできる作業をしてもらって、その間に俺はイルメスのできる事を探る事にする。
まずは基本の伐採から。身体能力が高いので、高速伐採ができるのではと期待が高かった。
けど、結果は全然ダメだった。どうも、インパクトの瞬間にへんな挙動へと動きがズレている感じみたいだ。伐採に関してはクロ―シアも全くできないのでこれで思い至る事があった。
クロ―シアの場合はスイングする時に、手から斧がスッポ抜けてしまう。弱くゆっくり振ってもそうなのだ。身体が小さいから握力が弱いのかなって今までは思ってた。
イルメスはインパクトの瞬間が変になる。力の加減を調整しても、上手く行かない。おそらくだけれど、2人とも、伐採時のゲーム的な斧モーションをなぞろうとするとシステムに邪魔されている様な気がする。
試しにイルメスに木登りをさせたらスルスルと昇っていった。素手で枝を折らせたら、それも問題無くできる。ただ、斧を使うと全然ダメだった。
「斧で伐採ができないとなると、仕事が限られてくるかもなぁ」
「何よ。そんなの無くったって、要は木を倒せば良いんでしょ!」
そうがなるとイルメスは近くの杉へガシっとしがみ付く。そのまま歯を食いしばって、『ふぬぬぬぬぅ~~~』と力み始めた。
……抜くつもりだ。
いや、流石に無理だろう。顔を真っ赤にして頑張るイルメス。油汗も浮かび始める。俺は本人の気が済むまでは水を差さずに見守ろうと思う。
彼女は5分近くそう粘っていた。すると、プチッブチッ! と音がし始め、ベチブチバーンッと、とうとう木を引っこ抜きやがった。マジか。
よく見ると、根本付近から千切り抜いた感じだ。ちょうど根が横に広がる辺りから切れている。足はくるぶし位まで地面にめり込んでいた。けっこう地面は固いのね。
バックドロップをした様な姿勢のままでイルメスは高笑いをする。
「ふぅっはっはっはっは~! どう!? 私にかかれば、こんなもんよ!」
「なんつうか、凄いなイルメス。やればできるんだな」
「そうね! きょうびこれ位できないと女神なんて務まらないわ」
女神パワー、ハンパ無いな。俺は手を貸して起こしてやろうとすると、彼女は膝を自身の頭の方へ持ち上げて、尻を上へと突き出す様にしてから一気に跳ね起きた。イルメスさん、貴方の服、スカートでしょう。下着も付けて無いでしょう。全部見えてますよ!
これで引っこ抜いた木でも薪にできれば結構作業効率は上がりそうだな。試しに俺がこんこん斧で叩いたら、しっかりと薪になった。数も5束あるので、問題無い。きっと、何かの要因で倒木になった物も、こうやって薪にできるって事だろう。
となるとだ。もっと効率化は図れる。木を抜くのと振り回すのはどっちが難しいか? って話だな。
「よし、イルメスやってみろ!」
「ええ、任せて頂戴! 全部なぎ倒してやるわ!」
もう1本引っこ抜かせて、それでもって力任せにぶん回させる。ガコンッ! ガコンッ! ベキベキベキ~っと凄まじい音を立て、みるみる内に森の中が切り開かれてゆく。丸太モーションが用意されていなくて良かったよ。50本位倒した後でイルメスには一旦止めさせた。
倒木はどれもきちんと薪になった。イルメスにはしっかりと根元から倒れる様にねらわせたから、上手くいったのかもしれない。中途半端な位置で折れちゃってたら、こうはいかなかったかもな。
後は、心配なのはきちんとリポップするかどうかだ。試しに、実績Pを割り振ってみよう。
ん? 正確な数値を覚えていなかったけど、イルメスが倒した分も加算されているっぽいな。これは後で検証。今は即座にリポップするか? だ。
結果は、リポップしなかった。ひょっとしたら10日後はひょっこり生えて来るかもしれない。けど、そうじゃ無いって思ていた方がいいよな。この伐採方法は本格的に家を建てる時とかに、整地するのには便利そうだから使い所を間違えないようにしよう。
「さあイソカ。どんどん木をなぎ倒してここら一帯を原っぱにしてやりましょう! 森もそう望んでいるわ!」
「残念だけどなイルメス。それは当分お預けだ」
「何でよ? いっぱい倒せばいっぱい薪になるんでしょ? パンが食べ放題だわ」
「それなんだがな、この方法で木を倒すと、次に生えてこないみたいだ。その内に倒す木が無くなっちゃうよ」
「え? でもイソカは何かへんなの弄って、ぽーんって生えさせられるんじゃ無いの?」
「それを今試したけど無理だった。だからあれだ。イルメスのこれは最終兵器にしとこう」
「……そうね、最終兵器なら仕方が無いわね。イソカも使いどころを見誤らないように注意するのよ!」
こうなると、本格的に何かの生産かもしくは狩猟をしてもらわないと、生活がひっ迫しそうだな。部下をもった上司の気持ちってこんな感じなのかな? 適材適所へと導くのは難しい。
それからクロ―シアと合流して、蔦の採取場へと向かう道すがらの事。
「そういや精神力ってどんな時に使うんだ?」
「何? イソカ。そんな事も知らないの? 良いわクロ―シア教えてあげて」
「イルメスも知りたいならそう言いなさい。精神力は特定のスキルを使う時に消費されますよ」
そうか、ポイントが高すぎて取得できていない治療系のスキルなんかが該当するんだな。伐採系のスキルは今の所は常時発動型だから、戦闘とかのスキルもそうなんだろう。ん? あれ? これって俺だけに限った話なのかな?
「イルメスはそういうスキルは使えるのか? 曲がりなりにも女神なら、魔法とかありそうだけれどさ」
「甘いわねイソカ。真の女神に魔法は不要。拳こそが相応しいわ。それよりも、クロ―シアが魔法は得意なんじゃないの? エルフってそうなんでしょ?」
「実は私も使えません。エルフと言ってもまちまちです」
「そうね、だから女神もまちまちで良いわよね」
イルメスの言っているエルフが魔法を得意とするってのは、よくある物語の種族としての特性だ。そもそも、魔法があるのか? って疑問もある。
それに対して、クロ―シアは外見がとっても可愛い黒髪赤目なロリっ娘エルフ小麦色系なだけで、種族はナビゲーターだ。それの特性は索敵と隠密になるらしい。戦闘チュートリアル中にターゲットが向かない様に付与されているのだとか。
「クロ―シアは索敵と隠密が得意なんだよ。イルメスは何のスキルが得意になるんだ?」
「何よ。しつこいわね。だから私は拳に生きる女神なの。ビクトリーロードを切り開くわ」
いったいどんな女神だ。実際の所、イルメスが泉の外に出て活動するなんて想定外で、そういったスキルは設定されていなかったんだろうな。
予想だけど、NPC狩りとかから簡単に殺され無い様にするために、ステータスだけ高くなっているんじゃないだろうか。
「それじゃ、水中で平気なのはスキルじゃなくて種族の特性か?」
「ええ、そうよ。他にも各種状態異常には強いんだから」
「イルメスは凄いんですね」
「当然よ。悪い人間に毒や病気を浴びせられても平気なのが女神なんだもの。でなければ、パンドラの箱は守れないわ」
「悪い人からじゃなければ、箱を守らなくても良いって事ですね」
「良い事言うわねクロ―シア。私はパンだけあれば良いのよ。ドラの箱はイソカに任せるわ」
人はパンのみに生きるに非ず。けど、イルメスは女神だから良いのか。
あれ? 状態異常が効かなくて、装備の効果でパンを食べれば3パラメータが回復して、異常なバカ力って、実はチートキャラなんじゃね?
運営さん、俺にも1つそう言った能力を分けて貰えませんか???