01 VRゲームで、引きこもりスローライフの始まり
高校に入ったらフルダイブのVRゲームをやるんだぜと意気込んでバイトに励んだ。デバイスは1台15万円と高額だったから、中学の時は手が出なかったんだ。
3ヶ月バイトを頑張ってやっとプレイできるんだぜと喜んでいたら気が付いた。
「VRギア買ったらゲーム買うお金が無くなった」
でも俺は慌てない。そもそもフルプライスの大型タイトルをやりたくて買った訳じゃ無いんだ。インディーズ系のゲーム紹介動画を見て知ったとあるタイトルがあった。
『俺だけの森・オフライン』
今の時代にオフラインを謳うゲーム。潔い。チャットやアイテム交換のソーシャルモードがあるけれど、本編は1人プレイ専用のボッチ向けだ。
リアルな環境音と小気味よい伐採感触が売りのスローライフゲームである。発表当初からアウトドア派なインドア野郎たちに愛されていた。
俺もゲームの中でまったりスローライフを堪能したい1人だった。これの為に高い金を払ったと言っても過言じゃ無い。
早速リラックスした姿勢で落ち着いたらデバイスをかぶって起動。ゲームの配信サイトへアクセス。
「ようこそ、『俺だけの森・オフライン』公式サイトへ」
渋い森のフィールドで妖精の女の子が、淡い陽だまりと言った感じのスポットライトを浴びている。身長は120センチ位のエルフが立っていた。可愛い。緑の服も着て、ちっこい可愛い。
髪の毛も、さらっさらだ。レンダリング技術の高さが凄い。
「本日はどの様なご用件でしょうか?」
「ご購入です」
「お買い上げ有難うございます。お客様の国でのお値段は500円になります。よろしければ確認ボタンを押して下さい」
異存が無いので購入する。携帯端末と違ってVRギアは未成年の課金購入規制が無いから有り難い。本体を手に入れるまでにハードルが高いからかね。
そうすると早速ダウンロードが始まった。
それが始まると、妖精さんが斧を手に取り木を伐り始めた。コンッ! コンッ! と響く伐採音。心地良い。DL達成率を表すゲージが10%になると1本倒れた。
妖精さんは一心不乱に木を叩いている。さらっさらな髪を振り乱して真剣に斧を振るう妖精さん。5本目に突入すると、汗もかき始めた。
コンッ! コンッ! と斧が振るわれる度に、汗が迸り辺りがキラキラと輝いた。エフェクト効果も素晴らしい。
頑張って。妖精さん頑張って!
俺の応援に反応したのか、妖精さんからも力む声が出始めた。斧を一振りする毎にフンッ! フンッ! と踏ん張る様に息が漏れる。ちょっとエロい。
応援の気持ちも心に込めて拳を握っていると、ついに9本目を切り倒した。残るは1本。妖精さんも顔がかなり赤くなっている。あ、コメカミに青筋もたってるぞ。可愛い顔が必死になるのは尊い。見た目が幼いから、初めてのお使いを見守っている気分にもなれる。
みしみし~って音を立てて、最後の1本が倒れた。妖精さん頑張った。偉いよ妖精さん。
「お待たせいたしました。DLの終了です。お疲れさまです。早速プレイなさいますか?」
いやいや、妖精さんこそお疲れさまだろうよ。妖精さんは眩しい笑顔と白い歯を輝かせてニッコリと笑う。一仕事終えた女の笑顔だ。
『ふいぃ、いい汗じゃったわい』と言いそうな表情で、どこからか取り出した手ぬぐいで汗を拭いている。オッサン臭いけど、そこがまた可愛い。これで500円の元をとったような気もしてしまう。とてもコスパの高いゲームだ。
「おっけ。プレイします!」
そう同意すると、画面が暗転してゲームの起動を感じた。
▽▼▽
さて、ゲームを起動すると何やら色んな注意書きが出てきた。一々読むのが面倒くさいので全スキップだ。コピーすんなとか体調管理の為に小まめな休憩をとか、そんなのが流れていたと思う。選択肢も出たけど、全部『はい』だ。
男なら、ゲームで細かい事を気にすんなだろ!
別段オープニングムービーとかは無く、タイトル画面になった。背景はリアルさあふるる森林を上空から観たり、下からグイッとパンする感じでカメラが動いたりで迫力がある感じでタイトルロゴがドン! と出る。
『俺だけの森・オフライン』
メニューは『初めから』『続きから』『ソーシャルモード』の3つしか無い。実に潔い。俺は初プレイなので『初めから』を選んだ。
すると一瞬視界が真っ白に光ってその後、蒼一面に染まった。
清々しい蒼だ。何処までも澄み渡り、遠くを見やるとそのグラディエーションが美しい。まるで成層圏から空を横に眺めている様な蒼さだ。
……いや、これ空だろ? 随分と下の方に白いモクモクが見える。あれ、雲だ。ゆっくりとそれが近づいてくる。いや、やっぱり違う。俺がそれに近づいている。つまり、落ちてる。俺、落ちてる。
さっきまでは全然感じなかったけど、次第に風が強くなる。もう、口が閉じられない位に風圧が凄い。
そして熱い! 圧縮熱ってやつか? 身体が燃えそうな程に熱くなるけれど、同時に風で冷やされても居る。変な感覚で気持ち悪い。それをリアルに感じられるあたり、このVRギアの高性能さが伺える。
これからのゲーム体験に期待は弾むけど、これ、落ちたらただじゃ済まないんじゃね? 良くてゲーム的な死。悪くて生身がショック死。……如何しよう。水の上……海に落ちたら助かる可能性もあるかな? どうかな?
でも、現実は無常。緑深い森林と草の生い茂った草原との光景がズンズン迫ってきた。落ちるのだなぁとしか考えが働かない。身を捩ったらどうにかなるかな? って思ったけど、その捩るのも難しかった。
たぶん俺は傍から見たら『ヒュ~~~~~~………ベチャッ!!』って音を立てる落下物だったろう。眼前には
『YOU DIED』
と文字が浮かんで、じんわりと赤黒い画面になっていった。
『貴方は死んでしまいました。ゲームを続けますか
はい ・ いいえ 』
これは『はい』一択だろう。開幕デススタートとは中々にハードだ。VRギアは痛みも伝えるので、めちゃくちゃ痛かったし。ショック死しないで良かったよ。
『はい』を選ぶと、画面が暗転する。今度はスタっと地に足がついた。やっと俺の木こりでスローライフな森ボーイ生活が始まるぞ。