16 初めての雨。そして招かれざる客
相変わらず作業台は交易ボックスに並ばない。家作りはまだまだ先だ。それでも泉の箱を手に入れてから、かなり生活に余裕が出た。この時期、俺は無邪気にはしゃいでいた。この箱に恐ろしい物が憑りついていたなんて知らないで。
女神の泉攻略で、ここ数日中断していたシェルター作りを再会する事にした。
今までは、むしろ(草の敷物)を屋根にしようと考えていたけど、この案は取りやめる。この前に角材を入手する方法を見つけたから、それを中心に骨組みを組んでもっと頑丈な物にするつもりだ。
板状に角材を並べた物を作って、それを三角柱にして横に倒し、建物の骨組みにする。その上に杉の皮を被せて、隙間をしっかり埋める。それが飛ばない様にさらに角材で押さえて三角屋根にした。
交易ボックスには釘とか蝶番とかが並ぶ事があったから、それらを買っておいて正解だった。斧の背で釘打ちをするのはやりにくかったけど、それにしては頑丈なシェルターになったと思う。
虫よけの為に、シェルター内でも火を焚ける様にしようと思ったんだけれど、そもそも寝ている時に虫で悩まされた事なんて無かった。この世界には居ないのかもしれないし、緑魔法陣の効果で入って来ないのかもしれない。
だから床も作って、ムシロの方は本来の敷物として使う事にした。
急ピッチで作ったから2日で完成できたのは自分でもビックリだった。
そして、タイミングが良いというか、如何にもゲーム的だというか、その次の日はこの世界に来てからの初めての雨模様になった。
▽▼▽
「これが雨なんですね……」
シェルターの中よりで身を寄せ合いながら、俺たちは雨を凌いでいた。風が吹いていないから、横から中に入ってくる事は無いだろう。雨漏りは心配だけれど、今の所は大丈夫だ。
「クロ―シアは初めて見てどんな感想だい?」
「そうですね、不思議です。世界が違ってみえますね。イソカは雨の日ってどう思いますか?」
「寒い日は心底嫌だけど、暑い日は嬉しいかな。その時々って感じだよ」
夏休みなんかは、夕立で体をクールダウンするのも良いよね。運が良ければその後で虹が見られるしね。
「もう、そんな事言いつつ、また変な事を考えてるんでしょう? 目つきがいやらしいです」
ばれていた。実は、雨に濡れる女の子にドキドキするとかも思ってたんだ。
クロ―シアは柔らかほっぺをぷくぅと膨らまして眉根に皺を寄せている。耳はピーンと強張っている感じだ。ほっぺを突いて潰してやったら、今度はポカポカと殴られた。
そんな感じでじゃれ合いながら、何をするでも無くその日は過ぎて行った。
シェルターに関して少し失敗したのは、雨があるから外でたき火ができない事だ。当然だ。日が暮れると何も見えない真っ暗になって、後は寝るしか無くなってしまう。
そろそろ蔦が無くなりそうだ。明日以降に雨があがったら採集に行かないとだな。
すこしだけ先の事も考えつつ、俺たちは眠りについた。
▽▼▽
『……ぴしゃん……ぴしゃん……ぴしゃん……ぴしゃん……ぴしゃん』
何だろう? 外から音がしてくる。
「イソカ。何だか外の様子が変です」
クロ―シアも起きた様だ。寝袋にくるまったままで、俺の横にピッタリとくっついてくる。けっこう器用に移動できるみたいだ。芋虫ロリっ娘エルフ。良いね。未開の地の貴重な蛋白源にならないように、守らないとだ。
しかし何だろうな? この何かが蠢く様な感じは、スライムがここまでやって来たのだろうか?
「クロ―シア、敵性反応は?」
「ありません。けど、何かが動いている様な気配がします」
『……ずりゅ……がしゅ……ずりゅ……がしゅ……ずりゅ……がしゅ』
「ひゃぃっ! 何でしょう? 何かを引きずったり引掻いてる感じもしてきましたよ」
「そうだな。ちょっと様子を見て来るか」
俺はもぞもぞと寝袋から出ると、一気に体が重くなる。
腰にはクロ―シア芋虫がひっついていた。
「ダメです! 1人にしないで下さい。そして私は見に行きたくありません! だからイソカもここに居るべきなんです」
「いや、緑魔法陣から出なければ大丈夫だろ? 変なのは入って来れないんだよな?」
「それでもです! でないと泣きますよ! 私は泣いちゃうんですよ? いい年して!」
そういやクロ―シアの設定年齢って21歳だったよな。外見が10歳くらいだからいつも忘れてしまう。それにしても相当に混乱している。お化けとか嫌いなんだろうか。
「なあ、クロ―シアってお化けとか――」
「きゃーーー!! ダメですそれ以上ダメです私は聞こえません」
ビックリした。なんか外の状況がどうこうよりも、今のクロ―シアの方が大変だよ。
「わかった、外には行かない。クロ―シアと一緒にいてやる。それで大丈夫だろ?」
「さっきのでそれじゃ足りなくなりました。ここは一緒の寝袋にくるまらなければなりません。私をギュッとするのがイソカの義務なんです」
そう言う事なので、暗い中を難儀しながら寝袋を繋いで一緒にくるまった。左手で腕枕をして、右手は腰に回して抱きしめてやる。子供っぽい体温が温かくて気持ちいい。
以前に肉付きは柔らかいって言ってたけど、本当だな。クロ―シアの柔らかさに俺は緊張感が高まって固くなってきそうだ。でも押さえなければ。優しく守ってやらないとだ。こんな時には紳士になるべきなんだろう? HENTAI紳士じゃなくて、本物の方のね。
「どうだ? 少しは落ち着いてきたか?」
「そうです、イソカの義務は私の幸福に繋がります。朝までこうしてください」
もう、クロ―シアの言っている事は滅茶苦茶な感じだけれど、それだけ怖いんだろうな。それもその筈だ。さっきからずっと外では何かが蠢いてる音がしている。
じっとりと、じっとりと。決して激しい動きでは無い。けれども、それは重い鈍さを感じさせる物で、柔い体ならそれに轢き潰されてしまうんじゃないかとすら思える。
このシェエルターはちょっとの事で壊れる程に脆くは無い筈だ。しかしどうだろう? 外に居る、ぐしゃらぐしゃらとした者の主には通用するのだろうか? 無理かもしれない。
俺たちの頼みの綱は、緑色をした魔法陣だけだ。僅か半径5メートルの中こそが、俺たちに世界になってしまった。
大丈夫だよな? この安全地帯を壊されたりしないよな?
『ぅぼぉぉぉぉおおおぁぁあああああああーーーーー~~~~~~~!!!』
「っひぃ!」
今まで一番大きな音が外から届く。悪性の泥状生物が捕食の慶び声を上げているみたいだ。
クロ―シアはもう限界だったのだろう。しっとりと生温かくなった。漏らしてしまってガタガタとした震えが治まらない。ガチガチと歯がなってしまって、言葉も一切出ない様子だ。
「大丈夫だクロ―シア。結界は破られる事は無い。そして俺が付いている。だから大丈夫だ」
ひきつけを起こしてしまっているかの様なクロ―シア。それでも何とか意識を保とうと、俺の声に必死に頷いてみせる。
『がぁあああぁぁべぇぇぃぃぃぃぎ~~~~~げぇぇぇえええええ~~~』
この断末魔の様な唸りに止めをさされて、クロ―シアは気を失ってしまった。
朝はまだだろうか? 俺は眠れない。朝陽が解決してくれるのだろうか? それは、その時が来なければ分からない……。
▽▼▽
夜が明けた。やっと望んだ朝だ。正体不明の悍ましい怪音は明け方近くまで続いていた。しかし、今は静寂を取り戻している。
クロ―シアの寝顔は穏やかな感じだ。悪夢に苛まれたりしてなくて良かった。服もすっかりと綺麗になっている。
これで体力や状態異常も回復してくれたら良いんだけどな。ひょっとしたらストレス性の疲労が蓄積して未知の状態異常になるって事もあるかもしれない。クロ―シアの体調の変化には気を付けないとだな。
対して俺の方は寝ていないから当然服がデロデロだ。まあ、いいや。クロ―シアから出た物だし。けど、寝ていないのに疲労感は全然無いんだよな。何でだろう? 気が張ってるからかな?
「おはようございますイソカ。約束通りに朝までこうしてくれていたんですね。嬉しいです」
クロ―シアが目覚めて、はにかんだ表情を見せた。耳まで赤くなってしまってとても可愛い。
「おはよう。身体は大丈夫か? 起きられそうか?」
「はい、その大丈夫だと思います。それと、その、昨夜は服を汚してしまってごめんなさい。着替えも無いから、洗濯もままならないですよね」
「良いよ。どうせ明日になったら綺麗に戻るんだろうからさ。わざとやった事じゃ無いだろ? だから気にするな」
そう、これを洗うなんて勿体ない。
「あ! あれです。泉の箱を使ってみましょう。状態も初期化するから、きっと綺麗になりますよ」
そうか……その手があったんだ……。
仕方が無いから諦めて、泉の箱を使う事にした。俺たちは何となく手を繋いでシェルターから出て朝陽を浴びた。昨日とはうってかわっての快晴だ。
俺は軽く伸びをして周りを見やる。
そこには、全身が泥に塗れた怨念体が、石の斧を持ってこちらを威嚇していた。