14 『女神の泉』攻略準備
もう夕暮れに差し掛かっているから、俺たちは一旦拠点に戻る事にした。帰路はまっすぐ1キロ約15分って感じの行程だった。
食事をする前に、クロ―シアへ残りの水薬を手塗りする。そして、ワンピースとパンツは水洗いをした。一晩たてば汚れが綺麗になる機能があるけど、粗相をした服を彼女に着せたままにしたく無かった。何となく気分の問題なんだ。今の服は俺の予備の長袖を着せている。
俺にちょうど良いサイズのシャツだと、彼女にとっては膝丈くらいのワンピースになる。だから1枚で済んで丁度良かったと思う。長すぎる袖が面白いのか、クロ―シアはやたらと腕をバサバサとふっていた。
夕飯を終えると、今日もたき火の明かりでできる作業をしていった。
「それでイソカ。今後はどうするつもりですか?」
クロ―シアはサンダルを作りながら俺に訊ねてきた。作業中の彼女は腰まである長い髪を後ろで縛ってポニーテールにしている。黒髪と日に焼けたうなじがとても可愛い。襟足の匂いをスンスン嗅ぎたい。生活が落ち着いたら俺、そうするんだ。
「泉は放置して、別の方法を考えても良いかなって思ってる」
「そうですね。アレは私も関わりたくありません」
クロ―シアのエルフ耳がしょぼ~んと垂れ下がってしまった。イルメスの衝撃は俺もちびるかと思った。クロ―シアが漏らしちゃうのも無理は無い。視線を彼女の下腹部にチラチラ向けていると、キッ! と睨まれた。
赤い目がつり上がっちゃって可愛い。けど、だからって粗相を揶揄する様な視線を向けちゃダメだね。反省だ。
「ただ、確認したいんだけれど、あの女神自身に武器を強化するって機能があるの?」
「それは無いはずですよ」
クロ―シアがシステム的な話をすると、次の事だった。
①利用者が泉に入れた物を女神がキャッチし、イベントオブジェクトにそれを渡す
②イベントオブジェクトは、それの性能を判別して、抽選を行う
③抽選の結果出た物を女神が受け取り、それを利用者に渡す
こういった行程が行われていると推察できるそうだ。
「ノーマルモードに限っていえば、こうなります」
「じゃあ、女神はあくまでアシスタントみたいな役割って事か」
「そうなりますね。でも、水中で過ごせたり、イルカの様に水上へジャンプできる泳力を持っていたりと、基本的な能力は高そうです」
「でも、頭は残念そうだったよな」
「うふふ、それはそうですね」
やっぱり当面の間は武器強化は見送ろうかな。
クロ―シアの索敵能力は高いみたいだから、敵が近づいたら逃げるって感じで死なない様に過ごすのも戦略だと思う。それで、交易ボックスに良い武器が並ぶのを待つ事にするかなぁ。
「そうそう、『女神の泉』のシステムで使った道具は、耐久値が回復するんです。だから、修理屋さんとしても使えるんですよ。ちょっとした裏技です。女神があんなのじゃ無かったら頻繁に利用したい所でしたね」
なるほど、それは凄く便利そうだな。鉄の斧は薪を400束作る分の耐久力がある。けれど、これは朝一から使ったら15時位には壊れてしまうのだ。しかも、スライムと戦うとなると、さらに耐久値は減ってしまう。となれば、修理機能はコスト削減に大いに貢献するだろう。魅力的だ。
「それは良い話を聞いたぞクロ―シア。教えてくれて有難うな」
「えへへ~、そんな事ないですよ~」
クロ―シアの頭を撫でてやると、彼女はデレデレとしただらしない顔つきになった。耳もしきりにピョコピョコっと動いている。
良い情報とご機嫌なクロ―シアを見る事ができて、俄然とやる気が沸いてきた。彼女を泣かせた金色昆布のイルメスはやっぱり許せないな。仕返ししてやるぞ。
そう心に決めて、これからの計画をクロ―シアに話した。彼女はちょと嫌な顔をしたけれど、まあ1回だけならチャレンジしてみようと承諾してくれた。
▽▼▽
それからの俺はイルメス対策の準備を進めた。ひたすらにロープを作って、適切な木材を探してと、伐採量が大幅に減ってしまい、ノルマをこなす余裕が無くなった。その穴埋めはクロ―シアがサンダル作りを頑張ってしてくれた。
「お互いさまですよね! イソカがチャレンジしようと張り切ってるなら、それを支えるのは仲間の私の仕事です!」
とてもいじらしい事を言ってくれる。一見遠回りでもマイホームを手に入れる近道になってくれると良いな。そして早く家を建てて、思う存分イチャコラするんだ。
木材を入手する時に新たな発見があった。それは枝を切ってから伐採した木は、縦に割る様に斧を振ると角材になるという事だった。普通に切った木は縦に斧を振っても薪にしかならない。
これは拡張パックで解放されるハードコアモードと、ノーマルモードの中間であるディープモード特有の仕様なのだろう。
「なあ、クロ―シア。他にディープモード特有の事ってどんな事があるかわかるか?」
「ごめんなさい。私はノーマルモードの知識しか無いからわかりません。ハードコアモードについても、販売促進用の特徴宣伝位の知識しか無いのです」
ああ、耳がしゅな~んと下を向いてしまった。そうじゃないよ。責めたりしないし、役立たずとか思わないから気落ちしないでよ。
「謝る事なんて無いよ。普通の事が分からなければ、特殊な事が本当にそうなのか分からないだろ? だから、クロ―シアの知識は凄く役立つんだって」
「本当にそうでしょうか……」
「そうだよ。それに分からない事は悪い事じゃ無いよ。知らない事だと認識できれば、それの先には新しい事がまってるしな。新しい扉が開くんだぜ」
「はい、そうですね。慰めてくれて有難うございます。これからも頑張りましょう」
こんなやりとりも有ったりして、工夫次第では色々できるんじゃ無いかな? って事が増えてきた様に思う。木登りも上手になってきた。
これは、俺の脳が身体の操作を学んだからなのか? それよりもキレが良くなっているとも感じる。ひょっとしたら、スキルに頼らない行動ってのもある雰囲気だ。
「クロ―シアの憶測で良いんだけどさ、スキル外行動ってあると思う?」
「スキル外行動、ですか?」
「そう。実績の画面ではスキルをして表示されないけれど、まるでスキルを得たみたいに能力が向上したりとか。最近、木登りが上手くなったから思ったんだ」
「それは大いにあり得ますね」
「そうか。クロ―シアは何か思い当たる事はある?」
「はい、サンダル作りが上手になりましたよ。最初の頃から比べて、綺麗に早く作れる様になりました」
彼女の耳がピコピコ小刻みに動いている。表情もピカピカの笑顔だ。
「そうだよな。それもゲーム的な意味じゃ無い方のスキルって言えるよな」
「はい。でもどれだけ綺麗に出来ても値段が20束以上に上がらないのは納得できません。だから、その壁を越えたいです!」
クロ―シアは力強く頷くと、フンスと荒い息を吐いた。気合い充分で可愛い。褒めて貰いたい子犬の様だ。ついつい頭に手が伸び、わしゃわしゃナデナデしてしまう。
「うん。クロ―シアは偉いな」
「えへへ~。当然です。あ、でも、こんな子供っぽく撫でないでください。撫で方の改善を要求します」
「おう、それはゴメン。どんなのがお望みだ?」
「もっと慈しむ様にお願いします」
そんなお望みなので、今度は彼女の艶やかな髪を手櫛で梳く様にさらりさらりと撫でた。今の2人は並んで座って肩がぶつかる距離だ。
クロ―シアは目を細め、耳も力を抜いてリラックスしている。
「イソカの手つきは丁寧ですね。気持ち良いです」
「そうか。良かった」
手つきを褒められた。嬉しいね。自信がつくよ。
女の子の撫で方なんて知らないから、正解なんてわからない。でも、そういうのは俺とクロ―シアとの間だけの正解があれば良いんだと思う。
暫くの間そうしていたら、次第にクロ―シアが肩をモジモジと動かし始めた。視線もちょっと落ち着かない。何だろう? トイレじゃ無いよな。ゲーム内では余程の事が無いと催さないし。
そういえば、尿の方は何回かしたけど便の方は1回も無い。クロ―シアもそんなそぶりは見た事無いしな。まあ、下の方から離れよう。
よくわからんが、右手で頭を撫でつつ、左手で肩を擦ってみた。
彼女の肩がビクンと跳ねる。耳がツンと強張った。
「あれ? くすぐったかった?」
「……違います。いつもの感じと違って驚きました」
「もう止める?」
「……ダメです。今度は背中も撫でて下さい。頭も同時にですよ」
頭と背中を同時に撫でようとすると、ハグをしながら身体を擦る様な体勢になった。撫でる度に淡い匂いが立ち上がって、クロ―シア分が俺に補充される。
これは良いものだ。
匂いと同時に体温も伝わって来る。撫でる髪の温度。背中の温度。俺の胸に寄りかかる彼女全体の温度。全部が微妙に違うけれど、それがあるからクロ―シアがここに居るんだなって強く感じられた。
「……イソカの存在を感じますね」
彼女も俺と同じ感覚を味わっていた様だ。
「うん、どんどん感じとけ」
「はい。不思議ですね。索敵スキルでサーチするのとは違う反応で捉えられるんですよ」
「スキル外行動かな?」
「そうですね。抱っこして気持ちいスキルなんて知りませんから。2人のスキル外行動ですね」
彼女は小さな手を俺の背中にまわしてギュっとしがみついてきた。
今まで何度か似た行動をとったけど、今日のハグはいつもと違う感じがした。俺がクロ―シアの存在を特別に感じているみたいに、彼女の方も俺を特別に感じているみたいだ。
そのお互いが感じるものが、同じ方向へ進んでゆけたらいいな。
2人で笑ったり話し合ったり。それから2日を費やしての14時頃。イルメス対策の準備は整った。これであいつに一泡吹ふかせてやる。