13 女神の泉に行こう
『女神の泉』それは、木こりが誤って斧を落してしまったら、そこから女神が出てきて「斧は金? 銀?」と聞いてきて、新たな斧を入手するチャンスを与える場所なのだという。
「つまり、そこへ行けば強い斧が手に入るって事か」
「実はそうとも言えないんです。94%の確率で同じ種類の物を突き返されて、1ランク上の物が貰える小当たりの確率が5%、2ランク上の大当たりなら1%の確率でしか貰えません」
正直者かどうかは関係ないって事か。
「けど、投げた斧が没収されないなら、何回でもチャレンジできるよな?」
「それが、通常だと1日10回までの制限があります」
「となると、10日通ってやっと1つ強い斧が入手できるかどうかって感じか……」
「ん? イソカ? 勘違いしてるみたいですけど、大当たりは毎回1%の確率なので、100回試しても、63%位の確率でしか入手できませんよ」
どういう事だ? 確率1%なら、100回に1回は当たるって事だろ?
「毎回分母が一緒です。1回目が100分の1、2回目が99分の1……となりません。毎回100分の1で抽選されます。そうすると、100回やって当たる確率は63%位になるんです」
なんだか詐欺っぽい感じがするぞ。ただ、現状では鉄の斧より強い武器が交易ボックスに並ばないんだから、チャレンジしても良いよな。
「そうなのか。でも確率が0って訳じゃ無いなら、試してみても良いよな? 1ランク上の小当たりだって、今は有り難いし。どの辺に有るか分かるか?」
「場所は、システム上だと初期リスポーン地点から2km圏内にあるそうですが、詳しい所は分かりません」
蔦の採取場所が拠点から1.5kmちょっとだから、もう少し探索範囲を広げる必要があるのか。
「分かった。情報を有難う、クロ―シア。それじゃ探索は明日からにして、今日は水薬の補充に専念するか。蔦は沢山予備があるから、何日かは取りに行かなくても余裕もあるしな」
「はい。そうしましょう、イソカ」
▽▼▽
昨日1日と今日の午前中で6本分の水薬を買うだけの働きをした。1日1本使うから、4本予備ができたって事だ。なので、これから午後の時間を探索に充てる。
「今は蔦の採取場所に近づきたく無いから、反対の方に行こうか? それとも、草原の方に向かった方が良いのか?」
俺たちの拠点は森と草原との境目だ。西に森、東に草原って位置になる。今までは伐採する都合上、森ばかりで過ごしていたが、いずれは草原の方へも足を伸ばしてみたい。
「設定的には、『木こりが斧を泉に落す』と云う場所なので、森の方が良いと思います」
そうだな。このゲームは変に拘りを感じさせる部分が多いから、そっちの方が可能性ありそうだ。森の中は進みが遅くなるけど、別の何かを採取出来るポイントを発見するかもしれない。だから完全に無駄足になる事はないと思う。
蔦の採取場所は拠点から南西方向だから、今日は北西方向を探索しようと思う。扇を広げる感じで徐々に範囲を広げて行く。合間で木を伐採して、切り株を探索の目印にするのを忘れない。
それでも闇雲にやっていたら、そのうち迷ってしまうかもしれない。けれど、これはクロ―シアの能力が役立った。彼女は索敵能力を向上してもらった結果、方位と拠点の方角が分かる様になったとの事だったからだ。
進んでは方向を変えつつ、扇型に範囲を広げながら2時間探索する。そうすると森が少し切れて、泉のある広場の様な所に出た。ここは拠点から直線距離では1km位だろうか。たぶん次に来る時は15分ほどで来れるかもしれない。
「泉の場所に出られたけど、女神の泉かどうかって目印はあるのか?」
「えっと、ビジュアルの違いは分かりません。機能説明の文字情報は知識にあるんですけど……」
そうか。それなら近寄ってみるしか無いか。
クロ―シアに確認したら、敵対生物は周りに居ないみたいだから、不意打ちとかをくらう事も無いだろう。泉の畔まで行くと、桟橋みたいな物が設置されていて、泉の上まで行ける様になっていた。
澄んでいて、非常に透明度の高い泉だ。底まで見える。泳いだら気持ち良いだろう。特に今は夏だから尚更だ。そうしたいのもやまやまなんだけど、先客が居た。
「なあ、クロ―シア? ひょっとしてさ、ここから沈んで見えてるのが、泉の女神か?」
「……たぶん、そうなんじゃないでしょうか……」
この水底に、金髪っぽい感じで、ゆったりした白い羽衣っぽい物を着ている様に見える女が沈んでいたのだ。水死体なのか? 横にある箱っぽい物は遺品?
あ! こっち向いた。目が合ったよ。水中で頭を動かすからか、金髪が顔に絡んでて凄く怖い。かなりホラーだ。顔が気持ち悪い位に歪んだ笑みを浮かべている。こう、捕食生物が舌なめずりしてる感じだ。本当に女神か? 怨念じみてるぞ?
「……イソカ。なんか怖いです」
クロ―シアは気味悪さに怖気づいてしまったのか、俺の腕にしがみついて腰が引けている。その気持ちは分かる。俺もなんか嫌だ。
「……でも、敵対生物って感じじゃないんだろ?」
「はい、そうですけど、ひょっとしたら私の探知能力外の異形なのかもしれません」
「妖怪とか物の怪とかの類って感じか? こう、こちらから手を出さなければ、基本大人しいみたいな」
「……恐らくは」
「……別の場所を探そう」
「……はい。それが良いです」
見なかった事にして、俺たちは泉から離れる事にした。
「『ザッパァ!』待って! 待って!」
出てきた。金髪が泉から出てきた。勢い有り過ぎて飛び跳ねちゃってる。
イルカショーか!
「貴方が落す予定なのは、禁の斧ですか? 吟の斧です――うわぷっ『どぼん!』」
泉に落ちたよ。そうだよね、飛び跳ねたらそりゃその後は入水だよね。それと、何で今だけ字幕が出るんだ? 落す予定って何だよ? 禁とか吟とかも! 禁忌か? 呻吟――苦しんでうめく事か? 金と銀にしとけ!
どこをどう突っ込んだら良いんだ! いや、突っ込んで良いのか? 触らぬ神に祟りなしって言うぞ。
「待って……お願いだから……。でないと、呪うわよ……」
泉の畔から、這いずる様にして出てきた。名状しがたい金色水生体が、びじょるびじょると身体を蠢かせて這い寄って来る。『待て……待て……』とまるで怨嗟の念が口から零れ出る。
余りの事に声が出ない。キモイ。女神じゃ無かった。もっと深い者だった。膝が笑って足に力が入らない。
クロ―シアは? ダメだ。泣いちゃっている。俺に必死にしがみ付いて、しくしく、えぐえぐ、とだ。
「……すんっイソカ。怖いです……ぇぐっす」
「ぅっ、お、俺が一緒だからな。だだ、だいじょうぶだぞ」
クロ―シアの股下辺りがじんわり濡れて、ほっこりとした温もり感を漂わせている。そうか怖いのと、お漏らししたのとで泣いてるのか。
クロ―シアをこんなにするなんて許さないぞ! この金色昆布め。
「待つ! 待つから、あんたも止まれ!」
「本当? 待つのよ! 逃げないでね! 逃げたら……夜に逝くわよ……」
ダメだ。やっぱこれダメな奴だ。
「逃げないから、近づくなよ。それができないってんなら、こっちにも考えがあるぞ」
「何よ? この泉の女神であるイルメス様を脅そうって訳? 良い度胸じゃない。どうするか言ってみなさいよ」
イルメスと名乗った金色昆布は濡れて重いだろう髪をぶわさぁ! と豪快にかき上げる。水しぶきが派手に辺りへ飛び散った。羽衣っぽい服は、古代ギリシア式の物なのだろうか? 自由の女神の服っぽくも見える。しかしながら、色が白っぽいのが許せない。クロ―シアのワンピースと被るじゃないか。
こっちを威嚇するのか、腰に手を当て、でっかい胸を突き出しては上半身を少し後ろへ反らしている。透け具合からすると、ノーブラの様です。海外ではドレスの下にブラジャーを装着しないと聞く。セレブ気取りか!
「おう、言ってやる。泉に蓋をしてやるぞ。お前が自由に活動できない様にしてやる」
「蓋なんて何言ってるの? そんなのできるわけ無いじゃない。お風呂じゃ無いのよ?」
イルメスは『やれやれこれだから人間は……』と肩を竦めて掌をクイっと上げている。気の強い女が見下した顔をするのはかなり腹立たしい。ニッコリ笑っていたら美人だろうに、今はほえ面をかかせたい。こう、グショグショにしてやりたい感じ系の顔だ。
「決めつけるなよ。やってやろうじゃないか! 次に来た時はそれを見せてやるから楽しみにしとけよ!」
「はいはい、首を洗って待っててあげるわ。泉の女神は水が使い放題ですからね! ぷーくすくす」
挑戦状を叩きつける様に言い放って、俺たちは泉を後にした。
「……イソカ。良いんですか? あんな事を言ってしまって」
「しっ! 逃げるが勝ちってやつだ。大人しくずらかるぞ」
「ああ、なるほど。物は言いようですね。分かりました」
イルメスはその事に気が付いていないのだろう。離れて小さくなっていく泉の上で何時までも『ぷーくすくす』とバカにした笑い声をあげていた。
しかし武器はどうしようかね。1つ思いついた事があるけれど、それにはまたあの泉に行く必要がある。どうするかはクロ―シアと相談して決める事にしよう。