12 クロ―シアの秘密が少し判明する
「もう少しだけ猶予が有りそうです! 急いでこの場を離れましょう。だから水薬を使ってください」
逃げるか。そうだよな。逃げる事も生存戦略の1つだよな。頭が上手く回らないけど、その辺はクロ―シアに任せる事にした。助け合ってこその仲間だもんな。
だから俺はリュックから水薬を取り出して、一気に飲み干した。そうすると活力が漲って来た感じがする。体力はほぼ全快で、スタミナも半分位回復した。しっかりと立てる感じだ。
けど打撲の状態異常がうっとうしい。こいつの所為で頭が回らない感じなんだ。
「立てますね。移動しますよ。支えますから、肩を貸して下さい」
そう言うとクロ―シアは俺の腰を支える様に腕を回し、自身の肩に俺の腕を回させた。身長差があるから、完全に寄りかかってしまうと彼女は潰れてしまうかもしれない。クロ―シアの身長は120センチしか無いのだから。だから気合いで自分の足で歩くんだ。
俺が2歩進めると、クロ―シアは3歩足を進める。決して早くはないけれど、着実にさっきの現場からは離れて行っている。
「イソカ。敵対生物とは少しずつですが距離が開いています。きっとどちらもスライムなのかもしれません。奴らは歩みが遅いですからね」
クロ―シアは俺に安心材料を提供するみたいに声をかけてくれる。そう聞かされると、後1歩だけ、否もう2歩だけと気力を振り絞れる。
拠点から蔦の採取場所は徒歩20分位の距離だった。けれど今は数十kmは離れている様な感じがする。拠点はまだだろうか。
1時間近くの時間をかけてやっとその場に到着した。辺りはすっかり夜模様だ。
「クロ―シア。病気以外の状態異常って寝れば治るんだよな? だったら俺はこのまま寝る事にするよ。早いけれどお休みな」
そう告げて、簡易野宿セットを2つ展開させる。寝袋に入ってジッパーを締める間もなく俺は眠りに落ちていった。
▽▼▽
夢を見ているのかな? クロ―シアが泣いている。泣かないでよ。俺はたぶん大丈夫だから。あぁ、でもむしろ気が済むまで泣いた方が良いのかな。女の子って、泣いてスッキリする事があるって聞いた記憶がある。。
どっちにしてもよく分からないや。もう眠くて眠くて意識が無くなりそう。夢の中でも寝てしまうって、よっぽどだな。どんだけだよ、俺……
▽▼▽
柔らかくて暖かい感じで目が覚めた。空が明るんでいるから朝なんだろう。起きる時間だよな。
それにしてもこの心地よい感覚な何なのか? まどろみながら弄っていると、色っぽい吐息が聞こえてきた。ん? 吐息?
そこにはクロ―シアが居た。どういう訳だか一緒の寝袋に寝ていて、俺の身体はがっちり抱き着きホールドされている。そうか、昨晩はジッパーを締めずに寝ちゃったから、後でクロ―シアが自分の寝袋と繋げて1つにしたんだな。
きっと、心細かったんだよな。ゴメンなクロ―シア。俺は彼女の髪を優しく丁寧に撫でてゆく。さらさら艶々で、その感触がが心地良い。
「……イソカ。撫でなら起こしてもらえるのはとっても幸せなので、昨日の水薬を使い惜しみした事はとやかく言わない事にします。でもねイソカ。回復するとは分かっていても、自分の命を粗末にする様な事はしないでください」
クロ―シアも起きたみたいだ。安心したという表情と共に、怒ってるんだという感情も乗せて、これまた器用で複雑な面持ちだ。エルフ耳がピーンと強張っている。
うん、分かった。悲しい思いをさせちゃった事は忘れないよ。なるべく無茶はしない様に気を付ける。
「おはよう、クロ―シア。取りあえずご飯を食べながら、昨日の事とかこれからの事を話そう」
「ええ、改めておはようございます。そうですね。ご飯は大切です」
俺たちはもそもそと寝袋から出て朝食にした。
まずは昨日の事からだよな。
「それでクロ―シア。運営に問い合わせみて、何か分かった事あったか?」
「はい、それなのですが……」
彼女が語るには以下の事だった。
本来は身体やその他の構造データの無いナビゲーターに、外観を持たせるのは異例だった。
想定外の事だったので、予期せぬ異常が起きたのだろう。
本来ならNPCはプレイヤーと同様に状態異常や体力等は寝れば回復するはずだ。けれど、クロ―シアのイレギュラーさから、それが働かなくなってしまっていた。
これはバグなのだが、今からそれを解消しようとするとAIの学習結果がリセットされてしまう。これは運営側もクロ―シア自身も望まない事なので、現場での対応で乗り切るしかない。因みに俺にも異存は無い。
その現場対応の手助けになる様に、ナビゲーターが戦闘チュートリアル用に持っているスキルを拡張したとの事。それは索敵スキルと隠密スキルだった。これは単純にステータスの数値を上げるだけなので、安全な処置だという事だ。
以上の事を調べたり対処したりしていたら、思いの外時間が過ぎてしまったのだ。
「なるほど。因みにだけれど、クロ―シアが死んでしまったらどうなるんだ?」
「その場合はイソカと同じ様にリスポーンポイントで生き返るそうです。ですが、その際に記憶の欠落が起こったり、何らかのコストが生じたりするかもしれないとの事でした。そのリスクは未知数みたいです」
よく分かった。細かい事は不明だけれど、『命だいじに!』って事だ。
それからは、俺の方で起こった事を語る――。
「――って事なんだけど、実際の所スライムってどれだけの強さなの?」
「そうですね、基本的には最弱の部類です。けれど、その耐久力の高さから、厄介な相手ではあります。相性が良ければ格上を相手にしても、打撲で動きを鈍らせてから体に取り込んで、じっくりと食べてしまう様ですから」
初戦闘が熊とかじゃ無くて良かったかもしれない。いきなりファンタジーな敵だから面喰ってしまったけど。アレより強いのに遭遇していたら、死に戻りは確実だったろう。
「それにしても、スライムってやたらとファンタジックな敵が出てきたよね。他にもそんなモンスターが出るの?」
「はい、前回からのバージョンアプで多数のモンスターが追加されました。なので、物語でお馴染みなモンスターは一通り揃っている様です」
「ゲーム的に出さない様にはできる?」
「それなのですが、ノーマルモードだと敵対生物の出ない『パラダイス』の設定にできるんですけど、ハードコアやディープモードでは無理みたいなんです」
そうか。これから色んなモンスターを相手取る必要もあるって事か。
その第一歩として、スライム対策だな。スライムは、歩みが遅いのと1撃の決定打に欠けるから最弱の部類だけれど、実際はもう1ランク上と考えても良いって事だ。
となると、こちらの防御力と攻撃力を上げられればグッと倒しやすくなるかもしれない。防御の方は盾を作れば何とかなるかな。ただ、攻撃力が問題だ。現状では鉄の斧しか武器になりそうな物が無い。
「なあクロ―シア。新たな武器を入手する方法って何かないかな?」
しばらく考えた後に、彼女は答えた。
「確実性に欠けますが、一応はあります。『女神の泉』を使うんです」
女神の泉? 金の斧銀の斧のあれかな?