11 敵対生物との初遭遇
あれから数日が過ぎた。クロ―シアのサンダル作りも順調だし、俺の伐採も充実している。
クロ―シアは日焼けと治療を繰り返しているからか、肌が小麦色になってきた。何となくダークエルフっぽい感じかな。
パンツとキャミソールの部分は比較的日焼けが弱いので、まるでスクール水着の日焼け跡の様なコントラストを見せている。それがとても卑猥に思えてしまって、毎日の水薬の手塗りが大変だ。意識しないように思うと余計にドキドキしてしまって、受験の時以上の集中力を動員して余計な事はしない様にしている。
ヘタレかね? そうかもしれない。けれど、もっと生活が安定しないと一線は超えられないな。頑張れ俺!
昨日は初めて伐採したエリアの樹木がリポップした。1夜でニョキっと木が生えるのは驚くが、そんな物だと理解する。
しばらくの間の目標は、両者共に1日で薪200束分を用意する事にした。クロ―シアは夜も合わせて一日がかりでそれをして、俺はお昼過ぎ位には終える感じでだ。
ノルマを達成したからって、ゴロゴロする訳じゃないぞ。拠点の充実を図っているんだ。相変わらす作業台は交易ボックスに並ばない。それでもできる事をと、屋根を作ろうと計画している。
そう、屋根。今の所は雨が降っていない快晴の日が続いている。けれど、何時雨天になるか分からない。その為に、就寝時に濡れない様に屋根が欲しいと思っているんだ。
まずはロープとムシロ(草の敷物)でツェルトを作って、杉の皮で更に厚みを増して屋根にする。そういった計画だ。今はそのムシロを作っている最中になる。
杉の皮は、ノルマの最後の1本を伐採する時に、木に登って枝打ちをしてから、はいで採取している。そうした後でも薪の量は変わらないから、余裕があったら分別伐採もどんどんとこなしていきたい。
枝を組んで地面に立てて、ロープを張ってムシロを掛ければツェルトになる。前者2つは問題無いから、そのムシロが残りの課題だ。
当面の間は何をするにも蔦が必要になる。15時を過ぎたら湿度の高い場所に向かって採集に勤しんでいた。
「イソカ! 用心して下さい。敵対生物が近くに居ます」
初めての事だった。今まで目立った生物は居なくて、鳴き声を遠くに聞く位だったんだ。クロ―シアが警告をしてくれた。
「如何すれば良いんだ?」
「まず、装備を整えましょう。視界の下側を注目して下さい。9つのアイコン欄があります。これは戦闘中でも行動を制限する事なく使う事ができる『クイックアイテム』欄です。今は何が表示されていますか?」
彼女の言う所には、鉄の斧が表示されていて、他は空欄だった。
「鉄の斧だけだぞ」
「それなら、他に回復アイテムとして水薬も登録しましょう。アイテムインベントリを開いて、ちょっとだけ項目を長押しして下さい。自動的にクイック登録がされます」
クロ―シアのガイドに従って、試みると水薬が通常画面の下側のアイコンに並んだ。個数の選択もできる様なので、一応1つだけはインベントリに残しておく。クロ―シアの治療もあるから、念の為だ。
「クイックアイテムに登録できたみたいだ」
「分かりました。これらは使う事をイメージすれば自動的に効果を発動します、けれど、死亡してしまった場合には、クイックアイテムはその場に撒き散らされてデスペナルティになります。注意して下さい。
それと、戦闘中にアイテムインベントリを開くと、視界が遮られるだけでは無くて体も動きません。運が悪ければ集中攻撃を受けるので、これも注意して下さいね」
なるほど、そういう制約があるのね。そして死んでもリュックの中の物なら無事だと。念の為に1つストックを残しておくのは正解だな。
「ストックを含めて大丈夫そうだ。他には何かあるか?」
「そうですね、画面の上端は左からスタミナ・体力・精神力のゲージになります。右側の縦列は状態異常を示すアイコンが出ますので注意して下さい。左側の縦列は仲間の3パラメータ(スタミナ・体力・精神力)を示します。これは慣れてから注視してもらえると有り難いです」
そうか。目に見える部分はあらたか分かった。後は、その敵対生物に勝てるかどうかだよな。今のところは、隠れてやり過ごしたり逃げても良い気がするし。
「クロ―シア。接敵するのにはどれくらい猶予がありそうだ?」
「敵性反応の動きは遅いので、今の所は早くても5分位だと思います。
それで提案なのですがイソカ。戦闘解説チュートリアルが始まったおかげで、運営との双方向通信が可能になりました。私の異常状態の事を確認しに行きたいのですが、許可をくださいますか?」
接敵までの5分では、状況確認をするには微妙な時間だけれど、クロ―シアの事について新たな情報を得られるのは又と無いチャンスだ。運営との通信をしていると、彼女は虚ろになって動けなくなる。けれどこの機会を逃すと次は無いかもしれない。だったら、やってやれ! だよな。けど、1つ気になる点もある。
「今のまま敵から離れて、安全な所で通信はできないか? もしくは敵を倒しちゃったらどうなる?」
「離れると、チュートリアルが中止扱いになって恐らく通信が遮断されます。倒す分には倒した後の説明もあるので大丈夫だと思います」
「わかった。クロ―シア。こっちは任せろ。1つでも多くの情報を手に入れてきてくれ」
「有難うございます。流石は私の相棒のイソカですね! 頼りになります。それでは後をお願いします」
そう言うとクロ―シアの表情が虚ろになって、視界の隅ではまた『ローディング中』が出てきた。
さて、敵対生物か。どんな物が出てくるのだろうか。緊張しすぎてオシッコしたくなってくるよ。終わったら思う存分にしようっと。
3分待つ。5分が過ぎる。クロ―シアはまだ戻らない。右手にしっかりと鉄の斧を握りしめて敵を待つ。7分が過ぎた。
その時だ。木の後ろから、のっそりのっそりとしたゼリー状の何かが姿を現した。
これは……スライムか? ファンタジーだな!
まだ2メートル以上の距離は有る。俺はじっくりと様子を見て何時でも斧が振るえる様に集中を高めた。
じりっ……じりっとスライムはにじり寄って来る。
1.5メートル……1メートル……。俺の間合いにも入って来た。だったら攻撃あるのみだよな! 俺は力に任せて斧を打ち下ろした!
パシャッ! べシンッ!
2つの音が同時に鳴った。前者は俺がスライムを切りつけた音。余り有効打だとは思えない。後者はスライムが俺を攻撃した音。水のたっぷり詰まったソフトボールがぶつかった感じだ。深刻なダメージは無い。無いけれど重みがある。
20発は耐えられると思う。30発は怪しいかもしれない。けれど水薬があるから100発くらいは大丈夫だろう。
俺達は泥仕合の様子を挺してぶつかり合った。
ベチャッ! ボスッ! ビチャッ! ドシッ!
こちらが斧で叩くと同時に、スライムは俺に触手の様な物を伸ばして打撃を与える。臭いが無くて助かった。こいつがもしヘドロ臭かったらたまった物では無い。
何時まで続くか? どこまで続くか? ひたすら互いに攻撃を繰り返す。体力は無くなりそうな程にゲージが減少した。致命傷になる前に水薬を使ってその場を乗り切る。
斧を一振りする毎にスタミナが減る。そしてそれ以上に打撃を受けると更にスタミナが削られて、動きが鈍くなる。何度か斧をお見舞いしたら、一旦離れて呼吸を整え、スタミナをコントロールする。一気に倒せないのがもどかしい。
……30分は過ぎたかもしれない。水薬は使いきってしまった。
まだ続くのか? どうなのか? でも終われないんだ。俺が死ぬとクロ―シアを守る人が居なくなる。
居なくなるなら、お前だスライム! 渾身の力を持って、中心の核の様な部分を切りつける。『ピキリッ!』というガラスが割れる様な音がした。
息が荒く呼吸も辛い。腕を上げる気力も沸かない。だからって倒れて休む事もできない。俺は動かなくなったスライムを注視する。……倒しきったのかな? 取りあえずとして、足で蹴っ飛ばして距離を離した。
もう終わりか? それともまだ他に居るか? 折れそうな心に鞭を打って、気合いで立ち続ける。更に5分くらいが過ぎた。
「イソカ! 遅くなってごめんなさい。体は無事ですか? 敵はどうしましたか?」
クロ―シアがやっと戻ってきてくれた。
「体は何とかかな。正直立つのがやっとって感じだ。敵はスライムだった。たぶん倒したと思う。さっきから動かないから」
「分かりました。1人で戦ってくれて有難うございます。今はこの場を離れましょう。死体の剥ぎ取りは後でもできるので、リュックに収納してください」
そうだったな。死体はリュックに収納できる。おとなしければ、生きていてもそれは可能だ。ふら付く足でスライムの死体に近寄って、それを収納した。その途端に俺は倒れてしまう。
「っ! イソカ! しっかりして下さい。体力が危険域です! 水薬の残りは?」
クロ―シアはちょっとヒステリー気味に声を張った。
「……そうだな。体力は10分の1位だね。あ、状態異常にかかってるや。打撲ってアイコンが出てる。水薬は1本残ってるけど、使えないよ。それは明日の予備なんだから」
「明日の事は、明日考えて下さい! それよりも今が大切です!」
言われてみればそうなのかな? ここ数日が順調だったから感覚が鈍ったのかな? でもねクロ―シア。もしもの備えは大切だよ? 苦しむリスクを下げられるんだからさ。
「イソカ! 急いで水薬を使って下さい。敵性反応がもう2体近づいてきています!」
あぁ、スライム1体でも満身創痍なのに……。都合よく隠された力とかが解放されないかな?