09 帽子を作ってプレゼント
あれから数日が過ぎた。油断はできないけれど、俺たちの生活は何とかやれている様に思える。1日で水薬を2つ用意できる位の余裕も出てきた。なるべく多くのストックを確保してゆきたい。
そうそう、伐採系のスキルも幾つか入手した。木を100本伐採して実績『初心者木こり』を獲得すると、伐採系のスキルが解除された。
伐採スピードが上がる物(必要実績P:100P)だったり、運搬量が僅かに上昇する物(200P)だったりだ。アイテムインベントリには重量制限があって、今のリュックだと基本値は薪200束分が限界みたいだ。日用品も納める必要があるから、運搬量の上昇は必須のスキルだろう。
そして、治療系のスキルだが、これは基礎の基礎スキルですら1つ1万ポイントの実績値が必要だった。もう、バカじゃないの? これを入手するのは、伐採系のスキルが充実した後になりそうだ。
そんなこんなで昼食の後に、クロ―シアへ水薬を手塗りしていた。もう、日課となっている。
「イソカさ……イソカ。いつもすみません……の」
「もう、クロ―シア。それは言わない約束でしょ」
そして、クロ―シアよ。いそかさって何だ? 磯の傘って、ビーチパラソルの事か? 確かに日よけに有ったら便利だよな。今一番欲しい物だ。そして、磯は浜じゃ無い。エロい事を考えない様に、別の事に意識を向けて、俺は必死なのです。
やはりと言うか、クロ―シアは俺の足手まといになっていると感じているらしく、とても気に病んでいた。だから、ここらで傘とか鍔広の帽子を拵えて、活動の幅を広げてやりたい。
「そう言えばさ、クラフトメニューってどうやったら出るの?」
「それでしたら、作業台を交易で入手すれば、可能になります……の」
「そうか。でも今までで交易ボックスに並んでた事はないよ」
「はい……うん。一度購入したらクラフトメニューで何個も作れたりするから、出現頻度は低いみたいです……わ」
つっかえつっかえで、クロ―シアは説明してくれた。一生懸命な彼女には悪いけど、なんだか微笑ましい。頑張るロリっ娘エルフ(設定年齢21歳見た目は10歳)、プライスレス!
まあ、そうなるとだ。自分の手で道具類を作る事は可能なのだろうか?
「う、うん。スキルやシステム的なクラフト以外にも、プレイヤーの手で道具を作る事は可能です……だわ。けれど、その場合は、耐久値が製作者本人の器用さに左右されます……されるのよ」
一応は可能って事だな。だったら、午後はある程度伐採したら、藤蔓とか蔦を探してみよう。理想は麦から麦わら帽子を作る事なんだけどね。
その後にきりの良い所まで伐採を進めてから、探索に出た。クロ―シアを一人にするのは忍びないから、寝袋をほっかむりにしてもらって一緒に行動する。
1時間位探索しても見当たらないから、ここには無いのかなってあきらめてしまいそうになる。すると、若干湿度の高い場所に行きついて、そこには細い蔦が沢山木に絡まっていた。
およそ数日かかっても取り切れない量なので、気兼ねなくどんどんと採取する。夕暮れまであと1時間といった頃だったけど、それまでに当分の必要量は取る事ができた。
「大量です……ね! イソカ」
「うん、そうだね。この後は拠点に戻ったら、もうちょっと残業して帽子作りに取り組もうか」
たき火の灯りを頼りに俺たちは作業をする。クロ―シアにはロープを綯うってもらう。数本の蔦を2組にして、それを捻じりながら絡みあわせていって、太くて丈夫な物にするのだ。
現在は紐代わりに毎回寝袋を裂いているから、ロープが出来れば消費を抑えられる。生活に繋がる作業だから、クロ―シアも真剣でそれでいて嬉しそうに手を動かしていた。
俺は帽子作りを試みる。小学生の頃に体験キャンプへ行き、藤蔓で籠を作った事があった。それの応用で鍔をつければ帽子に成るかな? って感じでチャレンジ。
骨格になる縦の部分はなるべく固い物を選んで、横に編んでゆくのは蔦を更にほぐして皮で行う。
ある程度編み進めると、クロ―シアの頭にのっけて大きさを確認したりも忘れない。
「不思議です……の。そのままでは草でも、工夫をすれば道具になっていくんですね……いくのね」
「そうだよな。こういうのを考えた昔の人ってすごいよな。クロ―シアはロープ作りはどんな感じだ?」
「そうですね……そうね。遣り甲斐があります……あるわ。きちんと作れれば、イソカの負担が減らせます……もの」
「あんまり気負わなくて良いよ。クロ―シアは俺の分からない事をしっかり教えてくれるし、それでかなり助かってるから。それに前にも言ったけど、こういうのはお互いさまだって」
オレンジ色のたき火の光はチラチラと影を揺らしている。帽子はちょっとずつ調整しながらクロ―シアの頭にフィットする様に編んでゆく。耳の上位までの深さで形ができたから、今度は鍔の部分だ。広くしてヘタレ無い様に、縦の部分を追加で増やす。
クロ―シアもだいぶ作業が進んで、20メートルくらい作っている感じだ。円周2メートルくらいの環が10周分とぐろを巻いている。
「お互いさま……。私がイソカを助けられる様な事態が訪れるのでしょうか? ……のかしら?」
「うんうん、来るよ。そのうちね。だって俺、1人で熊とか狼とかと戦って勝てる気がしないし」
「それは、私にも無理かもしれません……しれないわ」
「それぞれ1人じゃね。でも2人で助けあったら上手くいくかもしれないだろ?」
そう言うとクロ―シアは『なるほど、そうです……の』とちょっとだけ納得がいった様だった。
実際今まで彼女が俺にしてくれた事は、システム的に決められた仕事をこなしてきただけって面が強い。まあ、そういう在り方だったんだから仕方が無い。
けれど、これからはこの世界の住人として生活ができる。やれる事は沢山増えるんだから、クロ―シアに合った仕事だって出てくるはずだ。今は日差しが敵になってしまっているけど、帽子や傘で上手く防げるかもしれない。季節が過ぎれば、その日差しも弱くなって肌を保護する必要も無くなるかもしれない。
先がどうなるか分からないけど、とりあえずやれるだけの事をやっていればきっと何とかなるんだ。そう思う。
ああ、そうか。クロ―シアは、そのやれる事ってのが分からないんだったな。ゲームシステム的な事には知識があっても、それ以外は全然無いみたいだから。だから余計に気に病んじゃっていたのかもしれない。
「クロ―シアはひょとしてさ、俺が問題ない位にゲーム知識を習得したら、自分が用済みになっちゃうとか考えたりしてたのか?」
「っ! それは、その……はい」
「そんな事、絶対無いぞ。俺にはクロ―シアが必要だ。だから負担だとか邪魔だとか絶対に思わないよ。むしろ一緒に居て欲しいんだから」
「でも、私は生活の知識が全然ありません。できる事が限られています。食料と水薬を消費するだけの存在でしかありません」
クロ―シアの口調が以前の様な物に戻っている。それに気をむけられないほどに思い詰めてたのか。できる事なんてこれから増やせば良いのにな。
「それも違うよ。自分の手元を見てみなよ。立派なロープを作ったじゃないか。今までと違ってやれる事が増えた証拠だろ。これから先も色々できる様になるさ」
そう言って、できたばかりの帽子をかぽんと被せてやった。大きい麦わら帽子って感じで良く出来ていると思う。広い鍔がエルフ耳にあたって、ピョコピョコと動いていた。
「取りあえず帽子が出来たからさ、明日からはちょっとずつ日に当たる時間を増やして様子を見ようぜ。それでやれる事を増やしてゆこう。もしかしたら、水薬を塗り込んでいれば、日中はずっと太陽の下で行動できるかもしれないしな」
クロ―シアは被せられた帽子を手で触りながら確かめると、鍔をクイっと下げて顔をかくしてしまう。
「……ぅぅ。頑張ります。色々できる様に、頑張ります……」
彼女の肩は小さく震えていた。声も凄く感情を堪えようとしている感じだ。きっと泣くのをこらえているのかもしれない。顔を隠したのはそういう事のはずだ。
「うん、俺も頑張るよ。一緒に頑張ろう。2人で色々試して、できる事を増やして、最高のパートナーになろう」
だから俺は隣に座り直してクロ―シアの背中をポンポンと宥める様に優しく叩いた。震える肩を抱きしめたりするのが良いのかな? なんて思ったけど、生憎と帽子の鍔は広く作りすぎたみたいだ。身を寄せる様にすると、帽子が俺にチクチクと刺さっちゃいそうだった。この帽子、日差しからだけじゃ無くて俺からもクロ―シアを守ってくれるみたいですよ? 優秀だね。
まあ、そんな事は置いといても、今の2人の距離感は、手が届く距離で丁度良いと思う。この先はどうなるか分からないけれど、今はこれが良い。俺はそう思った。
帽子が出来た。ロープも出来た。今日できる事はもう終わりだな。クロ―シアが落ち着いた後に寝る事にする。いつもの様に、別の寝袋でも隣合ってだ。
そろそろ、うとうとしてきたなぁって頃に、クロ―シアが小さな声で呟いてきた。
「ねえ、イソカ。……2人で色々できる様になるって……子作りもですか?」
そ、それはシステム的な事だろうから、どうかな? 俺は知らないな。試して良いのかな? いや、むしろ試されているのか? 調子良い事言ってからかってるの? とか、紳士なの? とか。
悶々とするけれど、下手な反応を示して藪蛇になるのも避けたかったから、寝たふりをしていたら、そのまま本当の睡眠に落ちていった。