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プロローグ ~これから未来に起こるかもしれない物語~

「何だってこんな事態が起こったのかねぇ……」


 男がぼやく。男は街の冒険者。単独調査や斥候を生業としており、ギルドからの信頼も厚い。


 事の起こりは昨日の事。街から15km程度離れた森の中から、突如天を突く様な巨大樹が現れたのだ。天辺は雲にかかってみる事が叶わない。その枝ぶりは周囲1kmよりも尚、広かった。


 この異常事態に如何に対応するべきか? ギルドと領主は対策を練るにもまず現状の情報が必要だと、腕利きを派遣する事にした。そして白羽の矢が立ったのが、この冒険者だ。


「まず、おかしいな。ちょっと前まではここいら一帯は森だった。でも今は、巨大樹の下には1本も生えてない……」


 もしかして、森の木々が融合して巨大樹になったのでは? と冒険者は妄想してしまう。しかし、長い冒険者生活でそんな話しは聞いた事が無い。違う原因があるのだろうと考えるのがまともだ。


「まあ、俺は見るだけ。考えるのは偉い人の仕事だわな」


 ただ在るがままを正確にとらえようと、冒険者はズンズンと進んでゆく。

 やがて、巨大樹の根元まで到達した。


 その樹は、樹と呼んで良いのか怪しい程の規格外だった。空が見えない程に枝葉が茂っているのに巨大樹自体が淡い光を発していて、辺りは優しい明かりに満ちている。


 地下から吸い上げたのか、はたまた雲の上から滴ったのか、清らかな水が所々から滝の様に流れ落ちている。


「……こりゃまた、たまげたね」


 暫く開いた口がふさがらず、冒険者は呆けてしまった。


「凄いもんだなぁ」

「世界樹だからね」


 冒険者は背後から不意に言葉をかけられた。

 焦る。斥候としての技術の高さはギルド内でも随一と思っている自分が、気配を察知する事無く背後を取られたのだから。


「……そいつは、道理で……。(まずい。返答を誤るなよ、俺!)」

「まあ、見慣れないと驚くわな」


 声の主は男と並んで立ち止まる。

 チラリと横目で様子を観る冒険者。


 声の主は男だった。その姿かたちを観るに、まず目に付く所があった。


 半袖なのだ。


 今は池の水が凍り雪が降る冬なのに、半袖。凍死者が出かねない時期に、半袖。珍妙でしかない。

 確かに、元気な幼い男の子なら、膝下を落した半ズボンで遊びまわる子もいる。だが、あくまで子供のうちだけだ。


 声の男はというと、子供とは見えないが大人と言うには今少し早い位の年齢に見える。

 そんな年頃の男となれば、やたらと大人ぶって恰好を付けたがるのが普通だ。冒険者にも今思えば赤面してしまう様な苦い思い出の1つや2つある。

 けれどその苦い思い出には冬場の半袖は出てこない。むしろ、我慢大会だと全裸になる方がありえる。


 こいつは普通じゃない。冒険者は警戒心を2段程上げた。どちらかというと、あまり関わりたく無い方向で。

 かといって、無視もできない。なので情報収集を試みる。


「……俺は街の冒険者で、この巨大樹の調査に来たんだ。あんたは?」

「ん? ああ、俺は――」


――クケェェェエエエエ~ッ! ッヒョロロオォオオオォオオオオォ!!!!


 男が言いかけた時、鼓膜を破る様な怪鳥の鳴き声が森に響く。

 どこだ? 何処から? 冒険者は辺りを見回す。

 すると感じる、重苦しいプレッシャー。上から来る!


「クケエェェエエ~ックロ~~ッ!」


 巨大樹の太い枝をへし折りながら、それに見合う巨大鳥が現れた。


「なっ! 煉獄鳥!? なんでこんな所に!?」


 冒険者は咄嗟に身を隠せる場所を探す。煉獄鳥といえば、手練れの冒険者が幾つものパーティを組んであたる強大なモンスターだ。冒険者の記憶にもその恐ろしさが刻まれている。あの時に無事に帰れたのは半数も満たなかった。


 その爪は頑丈な兜を西瓜の様に潰し、口から吐き出す炎のブレスは全て燃やし灰も残さない。また身体全体が信じられない高温に包まれており、切り付けた剣は飴の様に溶けてしまうのだ。


 斥候である冒険者1人では、そばに寄るだけで死んでしまう。ここは逃げの1手だ。この情報を街へ持ち帰らなければ、街に考えたく無い程の被害が出る。


「おい、あんた! ばらばらに逃げるぞ! 生き残れたら、この怪物の事を街に連絡してくれ!」


 二兎を追えば一兎も得られずという。生き残る可能性が高くなる様に、冒険者は男にそう言った。

 さあ、後はわき目もふらずに逃げるだけだと、冒険者は足に力を込める。その時に見てしまった。煉獄鳥が大きくくちばしを広げ、今まさに煉獄の炎を吐き出そうとしているのを。


 冒険者は逃げるのを諦め、とにかく炎をやり過ごす事にした。

 手持ちのアイテムで炎に耐性のあるのは『朝露の銀紗』だけ。灼熱のダンジョンで活躍する物だが、煉獄の炎には耐えきれないだろう。

 けれど無いよりマシだと、それをかぶり地面に伏せる。願わくば煉獄鳥の狙いが外れてくれと震えながら。


 冒険者が地に伏せたそのタイミングで、煉獄の炎は吐き出された。声の主はそれを正面から喰らう。冒険者は少しでも生存率をあげようと、それの影に入る。

 一瞬で辺りの酸素が無くなり、地面が焦げる。呼吸をすれば肺が焼けると、冒険者は息を止めた。

 長く長い炎の放射により、焦げた地面がマグマの様に泡たち始める。そのとき――


「イソカ! 援護します!」


 可愛らしい少女の声が響く。

 どうやら、炎に巻かれた男へと声をかけたらしい。

 だが、残念だ。それは遅かった。煉獄の炎を受けたら、灰も残らない。冒険者の朝霧の銀紗だってそろそろ限界なのだ。半袖の男が耐えられる訳がない。


 少女の援護の声がすると、空気を切り裂く音がする。ひゅるんと何かが飛んで来て、煉獄鳥の翼へと絡まった。それにより、揚力を失った鳥は地に落ちる。


 だが、それは焼石に水だ。直ぐに焼き切られて、また鳥は飛び立つに違いない。


 ああ。姿は見えないが、自分の次は少女も煉獄鳥の餌食になるのかと冒険者は短い祈りを心に捧げた。


「って、眩しいわ!」


 冒険者が死ぬ覚悟を決めた時、場違いな言葉が響く。この声はブレスに焼かれて死んだ男の物では?

 慌てて見やると、男が立っていた。


 その手には何の変哲も無いシンプルな手斧を持っている。それを振りかぶった。

 戒めを焼き切り今にも飛び立とうとする煉獄鳥へと、斧を振り下ろしす。


 一撃。

 タシュンッ! と鋭い音がして、煉獄鳥の首は打ち断たれた。


「んなっ!?」


 冒険者が見た光景は、彼の理解を超えていた。

 煉獄の炎をまともに受けて、無事であるはずが無い。あれを受けるのには、高い耐性を持つ盾が何枚も必要なのだ。

 また、手斧で首を落せる訳が無い。業物の剣でも直ぐに溶けるのだ。それを成すには国宝級の武器が要る。

 何が起こっているのだ? いや、自分はそれを調査に来た筈だ。冒険者は混乱している。


「イソカ、怪我はありませんでしたか?」

「ああ、大丈夫だ。眩しかった程度だね」


 いつの間にか少女が現れていた。黒い髪の小柄で可愛らしい少女だ。耳が長いのでエルフなのだろうか? 肌が褐色なので、亜種なのかもしれない。

 冒険者は理解が及ばない事ばかりなので、見て分かるものだけを見る様になっていた。心が消耗している。ただ、そうする事で幾分か冷静を取り戻した。


「あんた、煉獄鳥のブレスをまともに食らってたよな? どうやって防いだんだ?」

「ああ、あれね。気合いだよ」


 気合いで煉獄の炎を凌げたら苦労はしない。これは素直に答える気が無いという事だろう。確かに、自分の手の内を気軽に話す物は少ない。そんな事をストレートに質問して答えてくれる訳が無いのだ。初歩的な失敗をしてしまったと、冒険者は反省する。


 さて、こうなるとイソカという男には警戒されてしまった事になる。次に口を開く時はより慎重にならなければ。

 冒険者がそう思案していると、新たに2つの気配が近づいてきた。


「イソカ! 鳥がそっちに行ったでしょう? 止めは私にさせなさいな!」

「待ってください! 魔法を放つ余地も欲しいであります!」


 前者は金髪でグラマラスな美女。後者は赤茶の髪で清楚な少女だった。


「いや、もう狩っちゃったし。早い者勝ちだろ」

「2人とも遅いですよ。でも、大丈夫です。もう3羽来ました」


 もう3羽。それを耳にし冒険者は肝を冷やす。まさかな……まさか、煉獄鳥が更に3羽襲ってくるとか、あり得ない。

 そして冒険者は絶望した。


「「「クケエェェエエ~ックロ~~ッ!」」」


 冒険者は下半身を濡らした。これでブレスを受けても0.1秒位は長生きできるかな? と現実逃避をした。


 その一方で、イソカと3人の女性達は冷静だった。


 黒髪の褐色エルフ風の少女が、紐の先に棘の生える凶悪な塊を付けた物を取り出す。


――ヒョオォンッッッ! ――ボゴォッ!


 勢いよく振るったそれが、砲弾の様な威力を伴い、煉獄鳥の頭を爆散させた。


 金髪の美女は、目にも止まらぬ速さで飛びかかり、両手を重ね合わせたかと思うとそれを前に突き出す。


――ッキィィィイーーーッ! ――ピキシャッ!


 手をかざされた煉獄鳥は、あろう事か一瞬で凍り付いてしまった。


 赤茶髪の清楚な少女が、一見何の変哲もない杖を構えて、それを勢いよく振る。


――ブオンッ ドッッッッッ! ――ッバッアァ~ン!


 凄まじい衝撃波が発射され、それを受けた煉獄鳥は羽毛を全て吹き飛ばされ、口と排泄口から体内の様々な物を飛び出たせていた。


 3羽の煉獄鳥は、全てがあっさりと討伐された。それも、見目麗しく可憐で荒事とは縁の無さそうな女性達の手によって。


「やりました! 私にもできました!」

「意外とあっけないわね。物足りないわ」

「私は魔法が綺麗に決まってスッキリしたであります!」


 冒険者は生きた心地がしなくなった。1羽でも街を滅ぼす煉獄鳥を、こともなげに屠る戦力が4人も居る。そこまでの武威を誇る者ならば少なからず噂になるはずだ。しかし、この様な4人組の事は今まで耳にした記憶が無い。

 それは神の使いか物の怪か。事と次第によっては国が動く必要もある。


 冒険者は気づかれ無い様に、慎重な足取りでこの場を離れる。巨大樹の根元で会った4人組の事は必ずギルドに伝えなければならない。

 規格外の巨大樹と同時に現れた規格外の4人。これは大事が始まる予感だと、冒険者の長年に培われた勘がささやいていた。


 なけなしの神経をすり減らし、やっとの思いで森を出る頃に、遠く背後から轟音が響く。


――ミシッメキッ……バリ、バキ、ベキ~~~~~~~~~~~~~!


 慌てて振り向く冒険者。するとその先では、巨大樹が倒されていた。

 もし、あのまま巨大樹の根元に居たら、自分はどうなっていたのか……。

 きっと無事では済まなかっただろう。今こうやって現場を離れた判断が正しかったのだと実感し、冒険者は全力の走りで街へと戻った。


 後日。大規模な調査隊が編成され、巨大樹が倒された場所に向かった。するとそこには巨大樹は影も形も無く、ただ報告にあった煉獄鳥のブレスによる物らしき地面の焦げ跡があるだけだった。


 1夜にして現れた巨大樹と、それが1夜にして消え去った怪事件は国中の人々を震撼させた。



 ▽▼▽



 とある深い森の中。そこに不自然な位に立派な屋敷が建っていた。

 そのリビングにテーブルがある。毛布の様な物が掛けられ、天板が載せられ、周囲にはクッションが置かれていた。


「あぁ、ぬくい。冬は炬燵が最高だよな」

「そうですね、イソカ。ぬくぬくて気持ち良いです。煉獄鳥の火炎袋を獲った甲斐がありましたね」

「ちょっとイソカ。火炎袋はまだ余ってるでしょ? ここは、パンを温めるオーブンが必要だと思うの」

「煉獄鳥の羽で作ったクッションも温かいでありますよ」


 リビングのテーブルは炬燵だった。そして、街を滅ぼす程のモンスターはその暖を取る為に狩ったという。斥候の冒険者が聞いたら卒倒死しそうな会話がなされていた。


 とあるゲーム世界の、とある地方。その、とある深い森の中。

 今日もゲームプレーヤーの少年イソカは斧を振るう。


 これは木こりのイソカと愉快な仲間たちの物語。





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