3-12 意味
張りつめた空気が立ち込める訓練施設内。
俺とガイアスの無言の睨み合いは依然続いていた。
俺の手を握るアルの手は微かに震えている。
ガイアスの実力の一端を感じ取ったからか、それともこの濃密な殺気にあてられたのかは分からないが、幼子にこの威圧感はさすがに堪えるだろう。
だが、ここでガイアスの提案に乗ってアルを差し出すことなどできない。
決裂すればどんなことになろうと俺はこの場から脱出するつもりでいた。
白石やエルザも俺に転移魔法を発動させる時間を作るという確固たる決意でガイアスの殺気に立ち向かっていた。
いつ終わるかとも知れぬ緊張状態が続いていたが、ふいにガイアスが小さく息を吐いて殺気を解く。
何事かと訝しんでいると、
「ふはっ、はっはははははは」
ガイアスが大声を上げて笑い出した。
突然のことに呆気にとられていると、
「いや、すまん。試させてもらったよ。お前さんの意思が固いことも、それに付随する覚悟が本物だってことも分かった。検査なんてもう言わないから安心してくれ」
「はぁ」
俺はまだ先ほどの緊張感から抜けきれず、ガイアスのテンションについて行けない。
「俺達はこの国を守るための一番槍であり、最後の砦でもある。
そんな俺達が、目の前にまだ幼いとはいえ金狼を目の当りにして、敵意はないと言われてもはいそうですか、とは言えんのでな。
こちらの提案に応じてくれるならよし、応じないなら、こちらに信用させるに足る何かを提示してもらわねばならない。そこで、あのように殺気をぶつけてみたんだが......お前さん、ガロンの言うとおり本当に面白いな」
「......」
「少しは怯むかと思ったが、後ろのかわい子ちゃん二人も合わせて耐えきりやがるとは。
そうまでして突っぱねるってことは、俺達がヘタなことをしない限り、お前さんたちがこの国に害をなすようなことはすまいし、みすみす貴重な戦力を失うこともないだろう。
エリシア様、私はあの金狼の幼子に、”現状”という但し書きはつけざるを得ないものの、危険性はないものと判断致しますが、いかがですかな?」
ガイアスはエリィの方へと向き直ってそう進言する。
エリィはちょっと怒ったような雰囲気で口を開いた。
「ガイアスさん! いきなりあんな殺気を放つなんてやめてください。びっくりするではありませんか」
「申し訳ございませんな。しかし、必要な事でしたので、ご容赦いただきたく」
「はぁ。一言かけてくれるくらいの配慮はしてほしいものですが、まぁいいでしょう。
進言に関してですが、私も異論はありません。
たしかに試合を拝見して、アルトリアさん......でしたよね? 彼女が類稀な素質を有しているのも、過去にこの国と因縁のある存在というのも分かりました。
彼女自身に害意がなく、不二さんが責任を持って面倒を見てくださるということであれば、私は特に言うことはなにもありません」
エリィはそういって俺達にいつもの柔和な笑みを送ってくれた。
王女からこの言葉を引き出したということは、これをひっくり返すのが相当に難しいということになる。
ガイアスのお墨付きを得たというのも大きい。
俺はエリィに軽く会釈をして、
「ありがとう」
そうお礼を言った。
「ありがとうございます」
アルもそう言ってペコリとお辞儀する。
国王との謁見の時とは違い、今回は自分に敵意がないことと、これまでどおりに過ごしていいと認められたということであり、きちんとお礼を言うことにしたらしい。
エリィはそんなアルを見て優しい笑みを見せ、
「お気になさらないでください。
さ、ガロンさん、講評の続きに戻りませんと」
「え? あっ、そうでした。申し訳ありません、王女殿下」
こうしてアルに関しての始末はつき、ガロンが咳払いをしながら再び忘れ去られていた講評に戻った。
すでに俺のパーティへは終わっているので、朝倉たちに対してだ。
「君たちのパーティも、かなり練度を上げていると僕たちは評価しているんだけど、今回はその実力をほとんど発揮することができなかったね」
「......」
朝倉をはじめとして、ほかのメンバーも沈痛な面持ちでガロンの話に耳を傾けていた。
「獣人の能力に獣覚というものがあるということを知らなかったことはしょうがない。我々も教えていなかったしね。ただ、相手が小さな子供だと完全に油断していたのはいただけないな。
その結果、開始からすぐに盾役を失うという最悪のスタートを切ることになってしまった。
あと、タイシは少し甘さが目立つね。優しいのは美徳だけど、戦いではそれは命取りになる。肝に銘じた方がいい」
「ぐっ」
名指しで指摘され、朝倉は歯噛みして悔しげな表情を浮かべた。
「剣技を発動しなくても勝てると思ったのか、怪我させるのを嫌ったのかは分からない。
だが、いずれにしてもその結果が今回の敗北の最大の要因になったのは間違いない。イオリはそれを分かって君にヒナをぶつけたみたいだしね」
「なっ」
朝倉が俺に視線を向けているのだろう。俺は明後日の方向を向いて絶対に視線を合わせないようにする。
だって面倒くさいんだもの。
「そんなの卑怯じゃないか」
「いいや、立派な戦術だ。相手の弱いところを的確に突いている。そうして君がヒナたちに手こずっている間に、イオリはあの魔法の発動準備を終えていたんだから」
「女子を盾にするなんてまともなやつのすることじゃない!」
「適材適所だろう。分からないかい? これがもし実戦だったら、君だけじゃなくて魔法職の二人も巻き添えで死んでるんだよ? 手心を加えるなんて論外だ」
「......」
まぁそういうことだ。朝倉は甘い。そんなきれいごとを言いたいなら、言えるだけの実力をつけなければならない。それができていないのに理想を語るなんて俺からしたらお笑いでしかないのだ。
にしても、ガロンが俺のことをやけに庇ってくれるのでありがたい。
ぜひとも俺の立てた作戦の正当性をうちの連中にも説いてやってほしいくらいだ。
そんなことを考えている間に、ガロンが佐伯達残りのメンバーにも軽くアドバイスを与えて講評は終わりとなった。
2Fスペースに戻ろうとすると、
「不二」
「ん?」
朝倉が俺に声を掛けてきた。俺は内心でいやだなぁ、めんどくさいなぁと思いながらも一応返事をする。
「わざと俺に白石をあてたのか?」
「さぁな」
「そんなやり方で勝っても意味なんかないだろ」
「馬鹿かお前」
「なんだと!?」
朝倉が激昂するが、俺は面倒そうな態度を隠さず続ける。
「俺がお前の認めるやり方にあわせる必要なんかどこにもないだろ。
それに、俺が仮にわざとお前に白石を当てたとして、それが勝つために必要なことなら俺は迷わない。負けたら死ぬんだぞ? それこそ自分達を死なせるような行動に意味なんかないって思うけどな」
「......」
「大体、自分の考えを通したいならそれだけ強くなればいいだけだろ?
俺の猪口才な作戦をお前のいう意味のあるやり方で破って、堂々と俺に偉そうに言えばいい。
ガロンさんにも言われたろ? 今日のお前は、自称”意味のあるやり方”で仲間を全員死なせただけだ」
そこまで言って、俺は話は終わったと朝倉に背を向けて階段を上がる。
白石たちもそれに続き、後には悔しさで握りこぶしをワナワナと震わせる朝倉が残されるのだった。