3-11 意思表明
ガロンの声で試合が終了した。
アルも獣覚を解いて俺達のもとへ戻ってくる。
うまくやれたことが嬉しいのか、耳をピョコらせてこっちを見てきたので、俺達は頭を撫でて労った。
「アル、ばっちりだったぞ」
「そうね! すっごく頼もしいわ」
「将来が楽しみだわ」
「えへへへ~」
俺達から口々に褒められてご満悦な様子だ。
そんな俺達の和やかな雰囲気とは打って変わり、朝倉達のパーティはお通夜状態だった。
最初に退場した男子はもちろんのこと、ほぼ全員が何もできないままに蹂躙されたといえる結果。
すぐには受け入れられないようだった。
そんな俺達に、ガロンが講評を述べる。
「うん、イオリ達の動きはさすがといったところだね。それぞれの動きに無駄がないし、意思の疎通も完璧だ。
確かテレパスも発現したんだったかな?」
「そうですね」
「そうか。それぞれの能力も申し分ないうえに、イオリが複数の恩寵を使いこなすことでパーティとしての字t力は一歩抜きんでているね。これから先が楽しみだよ」
「ただ......。その子は、金狼かい?」
「はい」
ガロンだけでなく、エリィや七聖天の面々は堅い面持ちでアルを見ていた。
アルもその視線を感じたのか、俺の手をきゅっと握って背後に移る。
「獣人の子供を助けると聞いてはいたけど、まさか金狼だったとは」
「金狼だと問題があるんですか?」
「なんというか、この国と獣人の国との戦争が昔あったときに、金狼が大暴れしてこちらに多大な犠牲が出てね。それ以来、獣人の中でも金狼というのは災厄の象徴という風にとらえられているんだよ」
「へぇ」
まぁ大方予想できる話だ。幼いアルですら、金狼が暴走したときは手が付けられなかった。
”安らぎの鈴”が発現して沈静化させなければ、俺達が死んでいても全く不思議はなかったのだから。
アルも覚悟はしていたが、人間が金狼に対してどのような意識を持っているのかを突き付けられ、沈痛な面持ちだ。
俺は気になったのでガロンに質問をぶつける。
「あの、その戦争ってしかけたのはどっちなんですか?」
「領土拡大のために様々な地域に遠征に出ていた時代だからね。こちらからしかけたはずだよ」
「はぁ?」
露骨に眉間に皺が寄ってしまった。
とはいえ、さすがにこれは仕方ないよな。俺は不快感を隠すこともせずに言葉を続ける。
「なら自業自得でしょう。戦争ふっかけといて返り討ちにあったから嫌いますって、ガキの逆恨みじゃあるまいし」
「そうは言っても、危険な存在であることに違いはないだろう?」
「そんなこと言ったら、ここにいる全員危険でしょう。目的が一致しているから俺達はこうしてここにいますけど、それぞれが伝説級の恩寵を持ってる存在だ。王国としては頼りにしていると同時に危険因子ととらえていると思いますけど?」
「それは......」
ガロンは答えに窮してしまう。この状況での沈黙は肯定と同義だ。
強大な力というのは毒にも薬にもなる。当然のことと思っていたので特に驚きはしなかったが、他の連中は自分たちが危険な存在と考えられているという事実に少なからず動揺したようだった。
「確かにイオリの言うとおりだ。だけどそれは国、ひいてはこの国の民を守っていく上で当然想定されて然るべきことだよ。もちろん、君たちと対立関係になりたいなんて国王陛下も我々も微塵も望んではいない。
ただ、万が一を常に想定し、それに対する備えを考えておくのも大事なことなんだ」
「分かってます。別にそれをとやかくいうつもりはないですよ。仰るとおり、国を引っ張る人なら当然そういったことを考える責務があるんでしょう。
だから、ここであらかじめお伝えしておきます。」
俺はそこで一旦言葉を切り、アルの手を引いて前に立たせる。
白石やエルザもアルの頭や肩に手を置いてしっかりと寄り添った。
「まず、アルはこの国に対して敵意を持ってはいません。散々つらい目に遭わされてますけど、この子はそれらすべてを飲み込んだうえで、獣人と人間の架け橋になるという願いを持ってます......アル」
「うん」
アルは俺の呼びかけに一言答えてから瞑目する。
アルの周囲の魔力がゆらめき、言霊とともに放たれた。
『安らぎの鈴』
リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン......
訓練施設の中に清らかな鈴の音が鳴り響く。
突然のことにキョロキョロと視線をさまよわせる生徒たちもいたが、ガロンをはじめとした七聖天の面々は驚愕に目を見開いた。
「獣人が......魔法を使っただと!?」
「バカな! ありえないわよ!」
ガイアスとシャロががたっと立ち上がって声を上げる。
目の前の光景が信じられないといった様子だ。
俺はアルに魔法を解除させ、会話を再開した。
「ご覧のとおり、アルは恩寵を発現しています。なぜか、それはアルに人間の血が流れているからです」
「......ハーフなのか?」
「そうです」
この国で差別対象となっている獣人との間に子を成す人間がいるなどと考えたことすらないのだろう。
その反応からも、アルの追い求める理想がどれほど険しいものなのかを十二分に察することができた。
そして、俺は決然と俺達の意思を表明する。
「アルは、この国やあなた方からしたら危険極まりなく見えるかもしれません。
だけど、こいつはそんなことしない。俺達と一緒に戦ってくれる仲間です。
だから、俺達は絶対にアルを守りますよ。先に言っておきます。
もし、アルに危害を加えようとするなら、俺達はこの国を去る。別に、この国にいないと元いた世界に帰れないなんてことはないんだから」
「あたしも同じ気持ちです」
「右に同じ」
「愛姫も!!」
いつの間にか愛姫も下に降りてアルの傍らに立っていた。
俺達の断固たる態度にガロンはガイアスに視線を送る。ガイアスが頷いて会話を引き継いだ。
「イオリ、その子が敵意を持っていないのであろうことは見ていればおおよそ察せられる。
しかし、万が一の備えとして、その子の能力などについて検査をさせてもらうわけにはいかないか?」
「無理ですね、許否します。さすがに信用できませんから。ガイアスさんをって訳じゃないですけど。
この国の獣人に対する認識をこの目で見た俺としては、アルを研究者や機関に向かわせたとして悲惨な結果になる可能性を否定できない。である以上、その提案を受け入れることはできないですよ」
そう、ガイアスがとかそういう次元の話じゃない。この国の人間の無意識レベルに刷り込まれた獣人への差別意識が問題なのだ。そこに金狼なんて珍しい検体を提供するなんてお人よしな真似を俺はするつもりはなかった。
「国王陛下のお言葉もある。非人道的な行いはしないと誓おう。それでもか?」
「それでもです。不遜というか、不敬なのかもしれませんが、ここは譲れません。
俺達やアルのことが信用できないというのならそう仰ってもらって結構ですよ。
先ほど言った通り、この国を離れて目的を遂げるだけですから」
「それは脅しか?」
「その言葉も脅しでしょう」
ガイアスと俺の間で殺気が交錯する。
現役バリバリの剣聖の威圧感に気圧されそうになるが、俺も足に力を込めて立ち向かった。
ビリビリと空気が震えるかのような、圧倒的で濃密な殺気だった。
ガイアスは剣を抜いてはいないものの、俺はいつでも魔法を展開できるように備える。
戦闘になる可能性も低いながらあるとおもっていたので、想定外だと動揺するような間抜けは起こさなかった。
時間の感覚など吹き飛ぶような張りつめた緊張感のなかで、俺とこの国最強の矛であるガイアスの睨みあいが続くのだった。