3-10 戦いの常道
初めての対人戦でうまく相手を倒すことが出来た昂揚感からか、それとも狼の闘争本能によるものか。
アルは尻尾を楽しげに振り、少し頬を上気させて楽しげだ。
開始早々に一人が退場に追い込まれた朝倉率いるパーティは、信じられないといった面持ちでアルを見つめていた。同時に、それは朝倉たちに留まらず、この場にいる全員が抱いている感情かもしれない。俺達を除いて。
朝倉達が呆然としている隙に、俺はテレパスで次なる指示を出していく。
それを聞いてエルザは俺の近くまで後退し、代わりに白石が入れ替わってアルと前衛を受け持つ。
突然の配置変更に朝倉はようやく我に返ったかのように警戒を強めたようだ。
白石が二本の脇差を手に構えをとると、朝倉が驚いたように口を開く。
「いつの間に刀なんか振るようになったんだ?」
「いろいろあってね。足手まといはごめんだから」
「剣聖に勝てるとでも?」
「まさか。あたしじゃ勝てないわ。けど、あたしたちで勝てばいいのよ」
白石の言葉を聞いて、朝倉は剣を構える。
剣気が高まり、お互いが同時に駆け出して距離をつめた。
「ふっ」
「やぁああああ!」
ガキィン
刃が交錯し、火花が散る。
朝倉はこの一合で膂力が上であると察知したのか、自分の勝利を確信したようだ。
実際、いくらエルザと訓練してきたとはいえ、相手は前衛戦闘最強の恩寵である剣聖持ち。
まともにやりあえばまだそう長くはもたないと俺達は分析していた。
「朝倉には白石をぶつけよう」
「えっ!?」
遡ること20分。俺が作戦の方針を告げると、白石が予想外だったのか素っ頓狂な声を上げた。
エルザも同様だったのか、
「理由を聞いてもいいかしら? 確かにヒナはどんどん強くなってるけど、さすがに剣聖持ちと渡りあうのはまだ難しいと思うのだけれど」
「たしかに、他のパーティの剣聖ならそうだろうな。だが、こと今回の相手になら白石をぶつけるのが最善だと思う」
「あぁ......あんた、つくづく嫌なやつね」
「効率的に勝利という結果を得るための立派な作戦だ。弱みをつくのは基本だろ?」
「? どういうこと?」
白石は俺の意図を察したのか、ジト目で俺の方を睨んでいるが、分からないアルが首を傾げて問いを投げかけた。
白石はやれやれとため息をついて、アルに説明する。
「えっと、相手のパーティの剣聖の男の子ね、多分だけど、あたしに気があるのよ」
「それって、ヒナ姉ぇのことが好きってこと?」
「そゆこと」
アルはまだ察しきれていないようだが、エルザはそれで察したのか、白石の肩をポンポンと優しく叩いていた。
「? ヒナ姉ぇのことが好きだとどうなるの?」
まだそういった機微に疎いアルは更なる質問をぶつけてくる。
白石とエルザはジト目を向けてくるばかりなので、この質問は俺が巻き取ることになった。
「えっとな、これは訓練とはいえ怪我するかもしれないのはアルも当然分かるよな?」
「うん。そりゃあね」
「じゃあ、好きな相手とそんな場で戦わないといけないとなったとき、相手の男は果たして本気を出してこれるだろうか?」
「あっ、怪我させたくないから手加減しちゃうかもってこと?」
「そう。そして、相手はキレイ事をこよなく愛する甘ったれだ。その可能性はかなり高い」
「うわぁ」
こうして俺の作戦の意図を理解したアルは、俺の側を離れて白石の横に腰掛けて俺にジト目を向ける。
「イオリ兄ぃ、性格悪い」
「アル、あぁいうのを外道っていうのよ」
「ド外道ね」
さすがに視線が痛い。俺はわざとらしくコホンと咳払いをしてから自己弁護に入る。
「もちろん、そういった甘い考えをしてきたらの話だ。
もしアイツがちゃんと全力で来るようなら、すぐにエルザと交代するさ」
「あんたが出るんじゃないのね」
「そこは俺が体を張って守ってやるくらい言いなさいよ」
「そうだよ! ヒナ姉ぇは渡さないぞ! とかカッコよく言えばいいのに」
「ぶっ」
おっとアルの発言で白石がダメージを受けたようだ。
顔を真っ赤にしてアルのほっぺをムニムニしている。
「もちろん、俺も全力でフォローするさ。ただ、全員の様子を把握しながらとなると前衛になるのはキツイからな。それに、白石も手加減ありとはいえ剣聖とやりあえるのはいい機会だろ?」
「なんか上手いこと言いくるめられてる気しかしないけど、それはそうなのよね」
「その時の相手に対して最適な布陣でぶつかるのは世の常だ。俺も心苦しいけど、これも試練だと思ってみんなで切り抜けよう!」
柄にもなくマトモな事を言ったと思うのだが、
「なんか嘘くさい」
「アル、あれをキレイ事っていうのよ」
「あんたが言うとサランラップくらい薄っぺらく聞こえるわね」
「情け容赦ない感想どうも!」
という訳で朝倉に白石をぶつけたわけだが、俺の予想は見事に的中。
朝倉は白石に対して強くでることはせず、技の発動をすることなく通常の打ち合いに終始していた。
佐伯が攻撃魔法を俺やエルザに向けて放っていたが、エルザが的確に相殺する。
支援魔法が朝倉に向けて放たれるものの、こちらは俺がゲートで邪魔して通さないので、朝倉は白石・ティナ・アルに囲まれて苦戦を余儀なくされていた。
「別に訓練なんだし、手加減なんてしないでいいんだけど?」
「怪我させるわけにはいかないだろ」
「それ、あたしたちを侮辱してるのと同じなんだけど」
「そんなつもりは......」
打ち合う中で言葉を交わす朝倉と白石。
白石が守備に徹しているとはいえ、アルとティナの攻撃を受けて崩れないのはさすがというところだろう。
だが、朝倉の対応は間違いなく驕りであり、あってはならぬ手抜きだった。
白石は不満げにため息をつきながら言葉を継ぐ。
「そんな考えだと、いつか死ぬわよ」
「そうはしないさ。この囲みを切り抜ければあとは魔法使い二人だけ。俺達の勝ちだ」
「はぁ、こうもあいつの想定通りに動かれるとさすがにため息しかでないわね」
「? どういうことだよ」
「あたしが相手になれば手加減して時間が稼げるってことよ」
そこまでいうと、白石たちは現れたゲートに飛び込んで俺達の下へと戻る。
それと同時に、俺が準備していた魔法が言霊を受けて発動した。
『プリズンゲート』
朝倉たち3人を取り囲むようにゲートが展開された。
初めて見る俺の魔法に面食らったように立ちすくむ面々。
俺は審判役のガロンに視線を向けて声を掛ける。
「あの、もう終わったんですけど」
「? どういうことだい?」
「この檻からは出られないので」
ただ囲まれただけだと思ったのだろう。
俺の言葉が聞こえたのか、朝倉が声を張り上げる。
「何言ってんだ。まだ終わってない!」
「はぁ。白石、エルザ」
「うん」
「えぇ」
俺達は眼前のゲートに手を翳し、威力を殺した魔法を矢継ぎ早に叩き込んだ。
ドドドドドドッ
「きゃああぁあああぁ」
「なっ、うわあぁぁあああ」
全方位からの集中砲火を浴びて、包囲網の中から悲鳴が上がる。
最初の数発は剣や魔法で防いだのだろうが、それで途切れるような生半可なものでもない。
上から見ていれば、実際に俺達が本番さながらの火力で魔法を行使したときにどのような結果になるかは容易に想像できただろう。
ガロンが立ち上がり、
「それまで! 試合終了!」
こうして俺達の勝利でパーティ戦は決着したのだった。