3-6 友達
扉を開けて中に入ると、ちょうど訓練が終わったのか、エルザと白石は話し合いをしているらしかった。
おそらく、俺たちが到着するまでに行っていた訓練の反省会といったところだろう。
すぐに俺に気づき、エルザが俺に手を振りながら話しかけてきた。
「あらイオリじゃない。今日はサボるって気合を入れていたけど、一体どういう風の吹き回し?」
「俺もそのつもりだったんだけどさ、しつこく頼まれて断るに断れずってやつだよ」
「そう。お客さんかしら?」
「あぁ、俺や白石と一緒にこっちにやってきた」
「佐伯 梓といいます。初めまして、エルザさん」
佐伯はエルザに軽く会釈をして自己紹介をする。
エルザも簡単に返事を返して、視線が白石の方へと向いた。
「梓......」
「陽和、ひさしぶり」
なんとも微妙な空気がその場に立ち込める。
さて、俺の役目はここまで。お役御免と佐伯の側を離れ、俺は室内で談笑していた愛姫とアルの所に近づいていく。
エルザも二人の間の空気に何かを察したのか、俺の後についてきた。
「にいちゃん、あの人誰?」
「俺と白石のクラスメイトだよ」
「イオリ兄ぃたちのお友達なんだ」
「白石のだな。俺はそんなに話した覚えもない」
「でもなんかあんまり楽しそうな雰囲気に見えないけど」
アルが白石たちの様子を見て心配げな顔をする。
俺はアルの頭を軽く撫で、
「まぁ、大事な話をするみたいだし、俺たちは邪魔にならないようにしてよう」
「うん、分かった」
「じゃあ、私と模擬戦でも」
「邪魔にならないようにって言ったばかりなんだけど? 聞いてた?」
「冗談よ。それにしてもあのアズサって子も相当の魔法使いね。さすがは異世界の住人ってところかしら」
エルザは佐伯の魔法使いとしての素質を見抜いたのか、興味津々といった様子で眺めている。
佐伯は魔法攻撃職だから、おそらく恩寵は”アークロード”だろう。
俺たちが旅をしている間も七聖典のシャロやルリアといった先達の指導を受けていたはずだから、実力は間違いないだろう。
それからしばらく、俺たちは雑談を交わしたりして白石たちの話が終わるのを待つのだった。
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「梓......」
「陽和、ひさしぶり」
どうしよう。どう話したらいいのか言葉が全く浮かんでこない。
突然あいつが来たと思ったら、まさか梓と一緒だなんて......。
梓とは割とよく話す方だった。
しっかりとした働き者。社交性も普通にあるし、何より裏表がないので人の悪口を言ったりする子じゃなかったし、一緒にいても苦しくなったりすることはなかった。
だけど、あたしはそんな梓にも素を見せたことはなかった。相談することもなかった。
だって、そうしてもし嫌われたら? 離れられたら? と思うと、どうしようもなく怖くなってしまっていたから。
結果、私があいつについて行くと宣言したあの日に、梓も初めて本当のあたしを知ることになった。
私の目の前にいる梓が、何を思ってここに足を運んだのかが分からない。
聞かなきゃいけないんだろうけど、どうしても言葉が口から出てこなかった。
おかしいな。
もう自分を隠さないって決めたはずなのに。
素をさらけ出した時の快感を覚えているはずなのに。
騙されたって思ってるのかな? まぁ、騙してたようなもんよね。
一緒にいて苦ではなかったっていうのも、悪く言えば無難にやり過ごしやすかったってことだし。
梓は責任感の強い子だし、そんなあたしが許せなくて文句を言いに来たのかな......。
脳裏にあの地獄の日々の記憶が蘇る。
悪意に満ちた目、醜く歪んだ口元、耳障りなひそひそ声。
あたしにはどうしようもないところから生まれた悪意。
......あれ? ちょっと待って?
梓があたしに怒ってるとして、その原因って過去はどうあれあたしにあるのよね?
原因が......ある。
そう思った瞬間、なんだか自分のなかでつかえが取れたような気がした。
そして同時に、自分のなかに勇気が湧いてくるような感覚を覚える。
そうだ。
私が悪くて嫌われるなら納得できる。
理不尽なことなんて何もない。
ただそれだけのことが、こんなにも心強いなんて。
しっかりと向き合おう。
正々堂々、真正面から正直に。
自分のやりたいようにやって、それでダメならしょうがないじゃない!
あたしは顔を上げて、梓の方を向く。
梓も、あたしを見ていた。
でも、どう話していいのか分からないみたい。
あたしは一つ大きく深呼吸して、覚悟を決めて口を開いた。
「梓、ごめんなさい」
「陽和......」
「あたし、あの日まで、本当のあたしを隠してた。梓とのやり取りも、顔色を窺って無難に上手くやっていくってことだけを考えて過ごしてたの」
「......」
「あたし、嫌われるのが怖かったの。それで、嫌われないようにって考えるうちに、誰とも上辺のやり取りしかしなくなってた」
「......」
梓は口を開かない。
あたしの弁明の続きを待っているんだろう。
「あたしはクラスのみんなに嘘をつき続けてきた。
そのくせ自分を偽ることに耐えられなくて、裏で悪口言ったりして......最低よね」
「......」
「過去はどうあれ、あたしが梓を騙してたってことに変わりはないわ。
だから、ごめんなさい」
あたしはそう言って梓に頭を垂れる。
これでいいんだ。悪いことをしたら謝る。そして、それで済まないこともある。
だけど、それはあたしがそれだけのことをしたのなら仕方がない。
甘んじて受け入れよう。
しばしの沈黙のあと、あたしの頭に言葉が投げかけられた。
「親友だと......思ってたの」
あたしは顔を上げて梓を見る。
梓の顔は、苦悶なのか、怒りなのか、はたまたそれらがないまぜになったかのように歪んでいた。
「雑談したり、一緒にお昼食べたり、委員長をしている中での悩みを相談したり。
あたし、陽和のこと、親友だって思ってたの」
「......」
「でもあの日の陽和を見て、私の知ってる陽和とのあまりの違いに訳が分からなくなった。
騙されてたのかなって思ったし、勝手に親友だなんて思ってたあたしがバカみたいだなって思った」
「......ごめんなさい」
あぁ、やっぱりそうよね。
そりゃそうよ。これが自分の行いの結果なんだ。不満はない。
でも、その先の梓の言葉にあたしは固まってしまう。
「それと......悔しかった」
「えっ?」
「あたしの知らない陽和を見て、それを不二君が引き出したって知った時、なんだか負けたような気がしたの」
「......」
「ここに来るまで、不二君と少し話をしたの」
「あいつと?」
「うん。そしたらね、不二君言ってた。陽和は不器用なんだって。
あんな感じなのに、よく見てるわよね」
「そ、そうかしら」
まさかここであいつのことが出てくるなんて思わなくて、視線が泳いでしまう。
梓はそんなあたしを見てくすっと小さく笑みをこぼした。
「陽和なりに必死だったんでしょう? なら、今度はその反省を活かして見せてよ」
「梓......」
梓の目はいつの間にか涙で潤んでいた。
「謝って、それで終わっちゃうの?
あたしがここに来たのは、謝ってほしかったからじゃない! 陽和の話を聞いて、もう一度やり直したかったからよ!」
「でも......いいの?」
「あたしの本音はもう言ったよ? あとは陽和だけ」
気づけば、あたしは梓に駆け寄って抱きついていた。
「あたしも、仲直りしたい。もう隠さない。だから......あたしと友達になってくれる?」
「うん。改めてよろしく」
それ以上、溢れる涙をこらえることはできなかった。
互いの肩に顔をうずめ、梓は静かに、あたしは声をこらえきれずに泣きじゃくった。
あたしがごめんねと謝ると、そのたびに梓はいいの、あたしも気づけなくてごめん、そう言ってくれた。
こうして、私にあの地獄の日々以来初めての仲直りと、初めての友達ができた。