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星に願いを~ものぐさ勇者の異世界冒険譚~  作者: 葉月幸村
第3章 いざ! ダンジョン!
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3-5 予期せぬ訪問者

 式典の翌日。俺は王城に与えられた私室にて久々に自堕落な生活を送っていた。

 昨日の式典で貴族から不躾な自己紹介合戦に巻き込まれ、ほとほと辟易したので、せめて少しくらい許してくれと訴えてのことだった。


 ベッドに寝転がって何をするでもなくゴロゴロとすごす。

 あぁ、なんと至福の時間だろうか。時間の浪費こそ至上の贅沢だ。自分の命を無意味に消費することの有意義さを噛みしめながら、俺は柔らかなベッドの感触を味わっていた。


 愛姫はアルと一緒に白石とエルザの訓練を見に行っていた。

 アルがいてくれて本当にありがたいと思う。愛姫はアクティブな性格だから、暇を持て余すと決まって俺に構ってもらおうとしてくる。妹の頼みなので断ることはないのだが、無尽蔵のスタミナを持っているので終わりが見えない。

 前は俺の魔法の訓練がてらに遊んでいたのでよかったが、たまにはお兄ちゃんだって休ませてほしいのだ。


 しかし、そんな俺のラグジュアリータイムを邪魔するノックが響く。

 メイドさんか? 俺はやれやれと起き上がり、どうぞ~と間の抜けた声で返事をすると、


「し、失礼します」

「ん?」


 予想外の顔に俺は少し驚いてしまう。

 佐伯 梓(サエキ アズサ)。確かクラスの委員長をしていた女子生徒だ。

 ショートボブの黒髪で、身長は女子では高めの160㎝台半ばといったところだろうか。

 可愛いというよりは綺麗系のアクティブ女子だ。

 旅に出る前は、朝倉のパーティで魔法攻撃を担っていたはず。

 これまで特に接点があったわけでもないので、俺は相手の意図を図りかねてしまう。


「何か用か?」


 俺がそういうと、佐伯はしばしの逡巡のあと、思い切って口を開く。


「その、陽和がどこにいるか知らない?」

「白石か? 室内の訓練施設だと思うけど」


 どうやら白石に用があったらしい。


「そ、そうなんだ」

「行けばいると思うぞ?」

「でも、他の人もいるんだよね? その、エルザさん......だっけ?」

「だろうな。白石に稽古をつけてるのはエルザだし」

「その、悪いんだけど、陽和と話がしたいんだけど、ついてきてくれない? なんていうか、あれ以来陽和とも話してないし。それに......」

「あぁ」


 俺は佐伯の意図を理解した。

 旅に出るまで、当然白石は佐伯とも上手くやっていたのだが、素をさらけ出したことで話しかけにくいといったところなのだろう。

 まぁ、白石も気にしていたし、いいきっかけになるだろう。俺はそう思って返事を返す。


「がんばってくれ。それじゃ」

「ありがt......えぇっ!? 一緒に来てくれないの?」

「なんで俺がついて行かなきゃいけないんだよ。俺は束の間の休息を取ってるんだけど?」

「それは悪いと思うけど、不二君は陽和の彼氏でしょ? 少しくらい取り持ってくれてもいいじゃない!」

「待て。そもそも俺と白石は付き合ってない。以上だ。あとはお前らで頑張ってくれ」

「ちょっ! キスしてたじゃない! その場しのぎのウソつかないでよ!」

「あれはアイツの暴走だ。俺たちは断じてそんな関係じゃない」


「マジ?」

「マジだ」

「......」

「......」


 しばしの沈黙。どうやら佐伯は俺と白石が付き合ってると思って、俺に白石との場を取り持ってもらおうと考えたらしい。しかし、俺たちはそんな関係ではないので俺に応える義理はない。以上、QED。


 確かに白石がこれまでの級友との関係で悩んでいるのは知ってるが、仲直りの仲裁なんてガキ臭いことまで面倒みるつもりはない。その程度自分でやるべきだ! 俺か? 俺は仲直りするほどの仲のやつがいないからそもそもそんな事態になりはしないのだ。


 俺がそんなことを考えていると、佐伯はどストレートなやり方に方針を切り替えたらしい。

 俺にぺこりと頭を下げて、


「お願い。最初に声をかけてくれたらあとはしっかりやるから」

「そこまで話たいって気持ちがあるなら別に俺はいらないだろ......」

「だって......陽和を一番知ってるのは不二君でしょ?」

「はぁ?」

「あんな陽和初めて見たもん。私は陽和と仲良しだと思ってた。だけど、私が仲良しと思ってた陽和は本当の陽和じゃなかったんでしょ? だから、話たいけど、やっぱり少し怖くて......」

「......」

「でも、私は本当の陽和と話がしたいの。だから、陽和が一番信頼してる不二君に力を貸してほしい。お願いよ」


 ここまで真剣に頼まれるとどうにもこっちが悪いことをしているみたいな感じになるから本当にやめてほしい。

 仲直りくらい自分でやってほしい。これは嘘偽りのない本音だ。

 ただ、白石も同じことを悩んでいるのも間違いないし、ちょっとついていって声をかけるくらいなら......。


「はぁ~」


 俺は深いため息をつく。

 やれやれ、どうにも甘くなってしまっているらしい。

 白石の言った通りにことが運んでいるように感じるのは少し癪ではあるが、たまには余計なお節介の一つくらい気まぐれに焼いてやっても俺のモットーに傷はつかないか。


「分かったよ。一緒に行って声をかけてやるから。そのあとは佐伯でやってくれよ?」


 佐伯は俺の返答に安堵したように笑顔を見せ、


「ありがとう。頑張る」


 そう答えた。


 こうして俺たちは白石達がいるであろう訓練施設に向けて歩き出す。

 特に話すことはないので無言でしばらく歩いていたのだが、佐伯がふいに俺に問いかけてきた。


「ねぇ」

「なに?」

「陽和の性格を知った時、不二君は驚かなかったの?」

「まぁ、驚きはしたな。まさかあんな激しい性格してたとは思ってもみなかった」

「だよね、どうして不二君だったんだろう。前から仲がよかったとか?」

「いや、全然」

「だったらどうして?」


 俺はどう答えたものかとしばし逡巡する。

 手帳のことを言う訳にもいかないし、はぐらかしたところでいずれ本人に聞くだろう。

 とりあえず当たり障りのない返答を返しておくことにした。


「俺が無神経なことを言って怒らせたんだよ。その弾みで白石の素を知ったって訳」

「あれだけ温厚そうに見える陽和を怒らせるなんて何言ったのよ」

「そりゃ佐伯たちにはそう見えてたかもしれないけど、あいつめちゃくちゃ気が短いぞ? しょっちゅう言い合いだし」

「そう......なんだ」


 そう答える佐伯の表情に少し影が落ちたような気がした。

 騙されたと思っているのか、それとも自分に素を出してくれなかったと悲しんでいるのか、俺にその内実を把握することはできないが、とりあえず一言だけ言っておこうと思う。


「あいつはあいつで苦しんでたってのは分かってやってくれ」

「えっ?」

「本当の自分を隠してる間も、隠さなくなってからも、あいつはずっと負い目を感じてる。俺からしたら全く負う必要のない負い目をな。来る者拒んで去る者追わなけりゃそんな面倒くさい気苦労しなくてすむのに」

「それだと誰も寄り付かないんじゃ......」

「俺は別にそれでいい。だけど、あいつはそうはしなかった。他人ともうまくやろうと自分なりに必死だったんだと思う。要は不器用なんだよ。」

「そう......。不器用か」


 佐伯は俺の言葉を真剣に咀嚼しているようだった。

 そもそも、人間関係への構築への努力を最初から放棄している俺に、人のことをとやかくいう権利も資格もないとは思うのだが、悪く言っているわけではなくて庇うくらいなら多少の発言は許されてしかるべきだろう。


 佐伯はしばらく黙っていたが、やがて俺のほうへと向き直る。


「優しいんだね」

「心配するな。現在進行形で早く部屋に戻りたいって思ってるから」

「ふふっ、前言撤回。不二君ってダメ人間だね」

「ここでUターンしてもいいんだが?」


 とか言っているうちに訓練施設についてしまった。

 佐伯はふっと一息ついて覚悟を決めた様子だ。


 さて、どうなるか。

 俺はおもむろに扉を開け放つのだった。

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