3-1 王城にて
本日から第3章スタートいたします。
冒頭はこれまでのおさらいから。
それではこれからも引き続いてどうぞよろしくお願いいたします。
3-1 王城にて
「はぁ......」
朝から盛大なため息が漏れる。
天気は曇り。まるで今の俺の気分をそのままに表現したかのような曇天が広がっていた。
場所はミルロード王国の王都ルグランスにある王城の一室。
俺たちが旅に出る前に与えられていた部屋だ。
広々とした空間は技術の粋をかけて造られた一級品の調度品に囲まれ、不満を抱くような部分は一切ないのだが......。
「にいちゃん、どうしたん?」
俺の様子を見て愛姫が心配そうに隣にやってくる。
室内にある机に並んで座り、俺は憂鬱の原因を愛姫に漏らすのだった。
「いや、明日の式典が面倒くさいなぁと思ってさ」
「あぁ、にいちゃんそういうの嫌いやもんねぇ」
愛姫は勝手知ったる兄の性格を鑑みてそう苦笑を漏らした。
「まぁ決まったもんはしゃあないやん? ごちそう食べて元気だそうや!」
「気楽でいいな妹よ。なんだって式典なんて......。別に褒められたくてやったわけじゃないってのに」
「もう諦めりっちゃ。いくらため息ついても式典はなくなってくれんのやしさ」
「そうなんだよなぁ~」
愛姫は俺の肩をポンポンと優しく叩きながら俺の愚痴を聞いてくれる。
まだまだ幼いはずの妹だが、たまにこうして俺の愚痴を聞いてくれるなど、年相応に感じられない時がある。まぁ、それ以外にも勘の鋭さやら腹黒さもレベルが高くて兄として将来が心配になったりもするのだが。
「確かに決まったもんは仕方がないな。このまま部屋で寝転がってても明日のことを思い出して気が滅入りそうだ。気晴らしに魔力操作の練習でもしに行くかな。愛姫はどうする?」
「アルちゃんとこにいく~!」
「はいよ。今は白石の部屋にいるだろうから。夕食までにはいったん戻れよ?」
「は~い」
そう言うが早いか、愛姫が勢いよく立ち上がってテテテ~っと駆けて行ってしまった。
元気のいいことで、などと考えながら俺も立ち上がる。
愛用の杖を持って、俺もやる気なさげに歩きだし、室内の訓練施設へと向かうのだった。
訓練施設の扉を開けて中に入ると、
「あら、あんたが来るなんてどういう風の吹き回し? てっきり部屋で引きこもってると思ってたのに」
そんな風に白石が声をかけてきた。
白石は、2本の木剣を手に持ち、日課の訓練に勤しんでいるようだ。
傍らには子竜のティナも召喚している。
「俺だってそうしてたいさ。だけど、明日の面倒なイベントを思うとどうにも憂鬱でさ。気晴らしに魔力の操作の練習でもしようかと」
「あぁ。まぁ確かにあんたは大変でしょうね。なんたって、巨悪を暴いた正義のヒーローだし?」
「勘弁してくれ」
白石が意地の悪い笑みを浮かべてきて俺は辟易しながら答える。
俺のそんな顔を見て満足したのか、白石は訓練を再開したようだ。
2本の木剣を器用に扱い、イメージの中の敵と切り結んでいく。受け流し、躱し、捌く。
攻撃を捨てた守り特化の二刀流。それが白石の剣技だ。自分自身を徹底して守り、そうした中で生まれる隙をティナが確実に仕留める。
自身の能力の弱点に悩み続けてきた白石がたどり着いた戦闘スタイルは、一連の旅の中で徐々にその鋭さを増してきていた。
一心不乱に剣を振る白石の邪魔にならない距離に腰を降ろした俺は、杖を振るって魔力を操る。
球から円盤、長方形、楕円へと次々に性質変化を加え、さらに操る数をどんどん増やしていく。
はじめのうちは手こずっていた性質変化も、今ではかなり熟達してきているなと自分でも感じられていた。
特に、杖のアシスト機能を得てからはさらにコツが掴みやすくなり、先に放出した魔力の維持などはほとんど無意識下でこなせるようになっていた。
魔力の扱いの中で特に大きかったのが、この魔力の維持だ。
攻撃魔法で同時に発動する数を増やしたり、多重の転移魔法を使用するときに、この魔力の維持がかなり重要かつ難しいところなのだ。
以前は維持に気をとられると完成までに時間がかかりすぎ、逆にスピードを意識しすぎると維持がおろそかになって先に作った魔力が霧散したりとかなり苦しんだ。
結局、解決するには毎日の反復練習という泥臭いやり方しかなく、面倒くさがりな俺からしたらサボりたいところではあるのだが、今俺たちの置かれている状況を鑑みればそういう訳にもいかず、やむなく頑張ったという訳である。
とはいえ、いずれ機を見て絶対に休みをもらうがな。
そんなことを考えながら練習すること30分。
一旦休憩を取ることにしたのか、白石が俺のとなりに腰をおろした。
「どうした?」
「別に、相変わらずうまいもんねと思って」
「そりゃどうも」
「そういえば、あんたの願いってあとどれくらい残ってるの?」
「あぁ、そういえばそうだな」
白石の言葉に俺はこれまでの日々を思い返す。
俺の恩寵である”100の星屑”は、簡単に言えば願いが100個叶うというトンデモな能力だ。もちろん内容があやふやだったりするとダメだし、まとめて一つの願いにすることもできないという制約はあったりする。
他にも制約はあるのだろうが、具体的にどんなことはできて、どんなことができないのかというのは確認していない。いちいち条件付けしながら確認していくなんて面倒だし、願いを使っていく中で把握していけばいいことだと思っている。
俺がこれまでに使った願いは、
・転移魔法の習得
・ギフトプレートの表記改ざん(本当の能力偽装のため)
・アークロードの恩寵取得(攻撃魔法系最強)
・スペルマスターの恩寵取得(支援魔法系最強)
・鷹の目の恩寵取得
・テレパスの恩寵取得
・探知魔法の習得
・録音再生の付与魔法取得
・水属性取得
・風属性取得
・土属性取得
・雷属性取得
・光属性取得
・闇属性取得
・飛行魔法習得
「おそらく15個だな」
「15......割と使ってるって言えるのかしら?」
「どうだろうな。全属性の取得だけで6つ使ってるけど、無駄遣いはしてないと思う」
「まぁそれもそうね。にしても、こうして聞いてるとホントにとんでもないわねアンタ。これであとさらに85個も能力を増やせるなんて......魔王にでもなったら?」
白石がそんな軽口を俺へよこしてきた。
俺は軽く笑いをこぼしてから、
「魔王になってどうすんだよ。俺は愛姫と一緒に帰るんだ。元の世界の問題をこっちで解決してな。
そのために今もこうして柄じゃない地道な努力ってのをやってるんだし」
「そうね......」
そう、俺たちの元いた世界で起きていた連続失踪怪死事件、通称”ミイラ事件”。
その原因とされている魔王勢力の打倒のために俺たちのクラスは異世界に召喚された。
別に元いた世界に特に愛着なんてない。だけど、愛姫にも危険が及ぶというのなら、俺はその危険を全身全霊で排除するだけだ。
白石も今のやり取りで自分たちの最終目標を思い出したのか、力を込めて立ち上がる。
「さて、それならいつまでも休憩してられないわね。そうだ、ちょっとあたしの練習に付き合ってよ」
「えぇ~」
「えぇ~じゃない! ほら、さっさと立つ! それで、あたしに軽めの風の魔法で攻撃してちょうだい。転移魔法で移動してもいいわよ?」
「へぇ、ずいぶん強気だな」
「あたしだって防御だけならそれなりにやれるってところ、あんたに見せてやるわよ」
「そうかそりゃあ楽しみだ」
俺は立ち上がりって白石と距離を取る。
油断なくこちらを向いて二刀を構える白石の姿は、美剣士というにふさわしいなと感じられた。
俺は少し悪戯心が働き、入念に魔力を練りこむ。
「? あたしはいつでもいいわよ~」
「もうちょっと待ってくれ......よし、行くぞ」
その声が開始の合図となり、俺は一気に構築した魔力を解き放つ。
『プリズンゲート』
「へっ?」
呆気にとられる白石の周囲をゲートが埋め尽くして完全に包囲する。
白石は俺へと乾いた笑いをこぼしながら、
「え~っと......いきなりこれ?」
「安心しろ、威力は極減まで抑えてるから。練習だろ? 存分にやってくれ」
そこで会話は切られ、風の弾丸が白石向けてドドドドドっと四方八方から殺到する。
「アンタァ! 覚えてなさいよぉ!!」
白石の怒気をはらんだ叫び声が訓練施設内に木霊するのだった。