2章幕間-6 初デート
エルザ達と別れること数分。
俺たちは無言のまま、ブティックが立ち並ぶ通りを歩いていた。
お互いにどう会話したものかわからず、気まずいというか気恥ずかしいというか、そんな雰囲気が立ち込めている。
そもそも、愛姫に蹴られたいきおいでつかんでしまった手をどうするかが問題だ。
このままにした方がいいのか、それとも離した方がいいのか。
でも、相手はあの白石だ。嫌なら即行で自ら手を振り払ったりするはず。そうしないということはそういうことなのだろう。
俺はそう考えて握った手を離すことなくそのまま通りを歩き続けた。
自分がこうすると相手がどう思うか。
そういった感情の機微を考えるのが苦手な俺でも、これまでのことを考えればおおよそ見当はつく。
おそらく、白石は恋愛対象として俺のことを見ているんだろう。
そうでなければ説明がつかない。
だけど、俺は......?
そんな浮いた話に縁も興味もこれまで抱いたことはなかった。
他人との接触を煩わしいと避け続けてきた俺にとって、好意を向けてくる相手というのはどうにも対応に困ってしまう。
惚れた腫れたなんて一時の気の迷いだ。
そんなものに惑わされて、穏やかな日常が送れなくなるなら、そんな感情はいらない。
俺は常日頃そういう風に考えていた。
そんなことをもやもやと考えていると、沈黙に耐えられなくなったのか、白石が口を開いた。
「ね、ねぇ。そろそろどのお店に入るか決めましょうよ」
「あぁ、そうだな。ただ、俺は前も言ったけど女の子の服装とかに全く詳しくないし、異世界の服なんて尚更だ。まずは白石の気になったお店に入って見て、それから選ばないか?」
「分かったわ。そうね......あのお店とかよさそうね! 行ってみましょ!」
そう言って、俺たちは店内に入った。
さすがに店内で手をつないで歩いていると邪魔になるかと思い手を離す。
白石は一瞬気にする素振りを見せたが、納得しているのか特に何を言うでもなかった。
店内には上下様々な服が陳列されていて、白石はワクワクした様子で服を物色していく。
「いらっしゃいませ。本日はどのような服をお探しですか?」
異世界のショップ店員さんが控えめな様子で話しかけてくる。
俺はグイグイ来る店員は苦手なので、そこらへんが分かっているらしい様子に軽く安堵を覚えていると、
「えっと、ちょっと気になって入ってみたんですけど、最近この辺りで流行ってるのってどんなのですか?」
「はい、それでしたらこのあたりですね。今年は白を基調とした服が流行っていますので」
確かに、店内の商品を見てみると、白っぽい服が多いなという印象を受ける。
ただ、俺は元いた世界のファッション業界の噂を聞いてから、あまり服の流行というものに関していいイメージがない。
曰く、ファッション業界では数年先まで流行する服や色が決まっているらしい。
そしてそれを、さも”私、最先端を走ってます”とでも言うかのように得意げに自称”カリスマ店員”やら、”カリスマ読者モデル”が語るのだ。
どこかの毒舌コメディアンが言っていた。
「最近ゴミみたいにカリスマがいますからね」と。これほど正鵠を得たコメントはないだろう。
俺がそんなことを考えている間に、白石は何着かを見繕って俺に見せてくる。
自分にあてがって見せてから、
「ねぇ、こっちでは最近こういうのが流行ってるらしいんだけど、どうかな?」
「そうだなぁ......どれもいいんじゃないか?」
俺が返答に窮して何とか絞り出した答えに対して、白石はジト目を向ける。
「適当に言ってる?」
「違うんだって。ホントに知識がないから、どう言えばいいのか分からないんだよ。でも、どれも似会ってると思ったのはホントだ」
「ふ~ん......ま、いいわ。じゃあちょっと試着してサイズが合ったらこれ買うわね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
そういって、試着室に消えた白石は、10分くらいでサイズ合わせが終了したのか、代金を支払ってそれらを受け取り、俺に手渡す。
「こういうのは男の子のお仕事でしょ?」
「......はいよ。今日はとことん付き合うさ」
「いいわね! じゃあどんどん行きましょう♪」
それから数件のお店を梯子した。
盗賊が着るような露出度の高い服を扱う店、清楚なワンピースを多くそろえた店......etc。
何件か回ってからは、俺も前よりはマシな感想を言えるようになっていたし、白石の服の趣味も分かりだした。
前々から感じてはいたが、白石は基本的に白めの服が好き、パンツよりはスカートの方が好き、ごてごてと飾りがついていたりするよりは、シンプルな造りの方が好きなどなど。
なので、俺もそれを念頭において、白石が見せてくる服に対して感想を述べていく。
進歩したとしても、ド素人に毛が生えた程度の感想だが、白石はその曖昧だったり、上手く俺が伝えられない部分を上手く拾ってちゃんと参考にしてくれているようだ。
いつの間にか、俺の両手にはずっしりといろんなお店の袋があり、その隣で白石は楽しそうに歩いていた。
「なぁ、そろそろ式典用の衣装も見に行かないか?」
「そうね。さっきお店の人にそういった服を取り扱ってるお店の場所を聞いておいたから、そこへ行きましょう」
おぉ、なんと段取りのいい。
俺は感心しながら白石のあとについて行き、一件の店の前で止まる。
「これは......」
「......高いわね」
明らかに他の店とは一線を画するのが素人目にもわかる格調高い服を扱っている店だった。
そとから見える服についた値札を見ると......白金貨1枚!? この服だけで200万......だと!?
俺は軽く眩暈を覚えるが、国王も出席する式典に安物で行くわけにもいかないと思い、二人で覚悟を決めて店内へ。
「いらっしゃいませ」
カリスマ店員がいた。この人なら分かる。カリスマだ。
まだ20代であろう女性だが、身に纏う雰囲気はまさに百戦錬磨といった感じで、圧倒的なオーラを放っていた。この人に比べたら、俺のファッションに関するレベルなどそこらの蟻以下だろうな......。
こちらが若い男女ということで、ぞんざいに扱われるのではと思っていたが、そんなことは一切なく、丁寧に対応してくれた。
「なんと、その若さで王城の式典の主賓でございますか。そのような大事な舞台に当店の物を召していただけるならば、これほどの喜びがあるでしょうか」
そんな風に優雅な笑顔を讃えながら、何着かのドレスを白石に提示する。
さすがの白石もドレスに関する知識はないようで、どうしたものかといった感じだ。
カリスマ店員はそれを敏感に感じとり、
「では、わたくしの方でお客様に当店の中でお似合いになりそうなものをお持ちしますので、お連れ様のご意見を聞いてお考えになられてはいかがでしょう?」
「「お願いします」」
というわけで白石はカリスマとお着替え中。
俺は試着室の前で直立不動で待機だ。
着付けに時間がかかるのか、これまでよりも時間がかかっているようだ。
やがて、
「お待たせいたしました。いかがでしょうか?」
そういってカリスマが先に出てきて、カーテンをシャーっと開ける。
すると、
「......」
思わず息を飲んだ。
普段の白石も間違いなく美少女だが、それを何倍にも、いや、何十倍にも引き上げているかのように感じられた。
淡く黄色がかった細めのドレス。
派手さはなく、むしろシンプルすぎやしないかと一瞬感じたが、むしろそれはドレスが目立ちすぎて着ている白石を隠してしまわないためと考えれば合点がいく。
白石も、そんな素材の良さが求められるドレスを、恥じらう様子を見せながらも立派に着こなして見せていた。
「ど......どう?」
白石がおずおずと俺に聞いてくる。
さっきまで感想を求められるたびに上手くこたえられるかと不安にさいなまれていたが、今回は自然と口から感想がこぼれてきてくれた。
「これがいい。似合ってる」
「そう......。分かった」
これまでで一番短い感想。だが、白石もそれで十分だったようだ。
笑顔でカリスマに購入の意思を伝え、細かい部分の丈を直してもらう。
本当ならもっと時間がかかるんだろうが、店の奥にこういった服飾作業に向いた恩寵を持つ職人を雇っているらしく、驚くほどの短時間で仕上げられていた。
白石がそれを見てカリスマに歩み寄る。
「それじゃお会計を」
「もうお済ですよ?」
「えっ?」
白石は驚いたように俺のほうへ振り向く。
実は、白石が元の服に着替えている間に会計を済ませておいたのだ。
値段は言わないのが美徳というものだろう。
俺はカリスマからドレスを受け取り、それを白石に手渡す。
「こないだのお詫びだ。これを俺からのってことにさせてもらっていいか?」
「......」
白石は頬を真っ赤に染めながらギュッとドレスの入った袋を大事そうに抱え、
「ありがとう」
これまでで一番嬉しそうな笑顔でそう言った。
俺の衣装もそこで買って店を出る。
俺はもともと無彩色の服ばっかり来ていたし、柄物はすきじゃないので、薄いグレーの礼服にすんなり決まった。
時刻は夕暮れ。先ほどテレパスでエルザたちにも終わったと告げたので、宿屋で合流しようということになり今はその途中である。
俺は両手にぎっしり。白石は俺からもらったドレスを抱えて夕暮れの道を歩く。
「今日はありがと」
不意に白石が語りかける。
「どういたしまして。あまり気の利いた感想言えなくて悪かったな」
「ううん、いいの。楽しかったから」
「そうか。ならよかったよ」
「......」
何やら迷っているようなそぶりをしばらく見せたあと、白石は思い切ったかのように俺へと向き直った。
「ね、ねぇ」
「ん?」
「あんたは......その、エルザのことどう思ってるの?」
「はぁ?」
「だから、エルザのことよ! あんな美人なんだし、そういう目でみてるんじゃないの?」
「んなわけないだろ。戦闘狂だぞ?」
「だけど、異世界だし、ひょっとしたら......ハーレムだって」
「お前何言ってんだ? ここがハーレムを認めてる地域だとして、なんで俺がそんなもの作らなきゃいけないんだ面倒くさい。絶対ごめんだね」
「そ、そう。そうなんだ」
心なしか、どこかホッとした様子だ。
ただ、俺としてはこれ以上この会話は続けたくない。
もし、これ以上踏み込まれたら、俺には白石を満足させる答えを返せそうにないからだ。
俺は恋愛なんてしたことがない。
人を好きになるというのがどういうことなのかが分からない。
だから、好意を寄せられても、それに対してどう返せばいいのかも分からないんだ。
しかし、白石が次に発した言葉は、俺の予想していたものとは少し違った。
「ねぇ。あたしが誰かに殺されたら、あんたはどうする?」
「はぁっ?」
「仮によ」
「やめろよ、縁起でもない」
「いいから答えて」
白石の目は真剣だ。俺はそれを感じて仮にそうなった場合を想像する。
「もしそんなことになったら、俺はお前を殺したやつを殺すだろうな」
「そう......なんだ」
「当たり前だろ」
「......フフフ」
「なんだよ」
急に笑い出した白石に俺は少しイラッとする。
しかし、白石は嬉しそうに笑いながら、
「よかった~、前より近づいてるって分かって」
「はっ?」
「あんた自覚ないの? 本来のあんたなら、自分以外の人間がどうなろうと、わざわざ復讐なんて面倒な真似するわけないでしょ?」
「それは......」
確かに。言われて俺は気づく。白石に何かあれば俺は怒るだろうと自然に考えていたという事実に。
「今はまだ仲間としてでしかないかもしれない。だけど見てなさい! 今にあんたはあたしに惚れるんだから!」
そういって、白石はズビシっと俺に指を突き付けてくる。
こういうやり方もあるのか。
俺はそんな風に考えながら、苦笑を浮かべて口を開く。
「エルザがそうなっても俺は相手を殺すかもしれないぞ?」
「あんた......ほんとデリカシーがないわね。ここでエルザを出すなんて!」
それから宿屋まで、二人でいつもの言い合いをしながら歩く。
夕焼けに照らされながら道を歩く2つの陰を重ねながら。
明日より第3章に突入いたします。
第3章の舞台はどんなところか、どんな敵が待ち受けるのか、そして、伊織たちはどうなるのか、ご覧いただいた方に楽しんでいただけるよう執筆を頑張りますので、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。