2章幕間-1 姑息なる一手
ホトリ村を出発してから1時間ほどが経過した頃。
俺たちは初夏の陽気を浴びながら、王都へ向けて歩いて移動していた。
なぜ転移魔法を使わないのか? そんなのは決まっている。こんな気持ちのいい天気を楽しまずに王都までひとっとびなんて無粋な真似を俺がしたくなかったからだ。
せっかくこんなに気持ちのいい天気なのに、何が悲しくて大急ぎで王都まで戻らなければならない?
そもそも、王都へ戻ったところで待っているのはのんびりダラダラとした日々ではなく、俺たちの功績を讃えるための式典だとかいうただひたすらに面倒なイベントが待っているだけなのだ。
日程的にもまだまだ余裕はあるんだし、ただこのうららかな陽気を楽しむくらいのわがままは許されてしかるべきだ。というか、許す許さないではなく、これくらいのわがままは通させてもらう。
こんな些細な贅沢に文句をつける輩がいれば、俺のものぐさ生活の敵として徹底的に戦わせてもらおう。
俺は自分のやりたいことに立ちはだかる相手には容赦はしないからな。
幸い俺と一緒に旅をしている連中は、そこら辺の俺の性格はよく分かっているのか、特になんの反論もなくついて来てくれている。むしろ、みんなもハイキング気分で楽しげに会話を交わしていた。
「いい天気ね~。これまでは魔獣と戦うか、転移魔法でショートカットの連続だったから、こうしてのんびりと歩いて進むのが新鮮に感じるわ」
白石がそんなことをいいながら、両手を広げて風を体で感じる。
すると、傍らのチビっ子二人もそれを見て真似をし始めた。
「ほんとや~。気持ちいぃ~」
「風が涼しくてほんわかするなぁ~」
うんうん。みんな分かって来たじゃないか。こうして特に大きなイベントや出来事などなく、ただ天気を楽しむことがどれだけ幸せなことか......。
俺はここしばらくの慌ただしかった日々を振り返って遠い目になる。
こうして和んでいるものの、どうせ数日後には面倒なイベントがあると嫌にも頭に浮かんできて、せっかくのいい気分が少し沈んでしまうような気がした。
「ね! エルザ姉ぇも気持ちいいよね?」
アルがそう言ってエルザに話題を振る。
エルザは一瞬ビクっと肩をふるわせた後、
「え、えぇ、そうね。本当にいい天気だわ」
取り繕うように話を合わせてから、チラっと俺の方を一瞥した。
俺は違和感を感じつつも、答えにくいことだったらいけないと思って掘り下げることなく歩を進める。
しばらく歩き、ちょうどいい木立を見つけたので、腰を降ろして昼食をとることにした。
ホトリ村を発つときにメリルが手渡してくれたお弁当を広げ、みんなで手に手に食べ進める。
メリルの家で食べたような思いやりが感じられる、暖かな食事だった。
一同大満足といった様子で食べ進めているが、俺はエルザが若干落ち着きがないように感じてしまう。
なにやらモジモジとしながら、しきりに俺と視線を交わそうとしているような感じだ。
俺はここで思い当たる節を思い出し、同時に面倒事センサーがけたたましく脳内で警報を立てる。
これはあれだ。俺が話題を振るとたちまち面倒な展開になる。絶対に聞かないぞ。
俺は堅く決意し、努めてエルザの方を向くまいと意識する。
エルザも俺のそんな様子を敏感に感じ取ったのか、さらなる一手を放ってくる。
「はぁ~あ」
唐突に放たれるため息。
俺はそのため息に込められた意図を即座に理解し、背筋に冷や汗が垂れるのを感じた。
これはあれだ。通称”どうしたの待ち”。
ため息や落ち込んだ素振りを見せ、近くの人に「どうしたの?」という心配の一言をもらうことで、あくまで聞かれたから答えたんですよというポーズを周囲に見せつつ、自分の意思を表明する姑息な戦術だ。
見え見えな手。しかし、この状況においてこの一手は間違いなく絶妙手だ。なぜならば、俺たち一行にはそんな汚れた大人の思惑など疑いもしない、純粋無垢な幼子が存在するのだから。
「どうしたの?」
アルがエルザの様子を見て心配気な様子で声をかける。
終わった......。
俯いていたエルザの口角が、一瞬ニヤリと上がったのを俺は見逃さなかった。こいつ、子供を利用してなんて卑怯な......。
エルザはそんな口角を一瞬で隠し、いや~困ったわ~とでもいうかのような白々しい顔をつくろって顔を上げる。
「ごめんなさいね、アル。気にしないで、なんでもないのよ」
こいつ! 自分から聞くように仕向けておきながら、なんでもないと取り繕うことによってさらなる「どうしたの?」を引き出そうとしてやがる!
子供は一度気になったものをそうそう諦めることなど出来はしない。掛かった獲物にさらに針をくいこませるかのような搦め手にアルはなす術なくさらに食いついてしまう。
「ホントにどうしたの? エルザ姉ぇ元気ないよ? なにか心配事があるなら言ってみて?」
「そうよ! エルザお姉ちゃん、愛姫も力になるけん言ってみて!」
愛姫、お前もか!!
俺は軽い眩暈を覚えながら心から心配した様子でエルザを見つめる二人のチビっ子を眺める。
嗚呼、せめて、お前たちはこんな汚い大人にはならないでくれ......。
俺はそんなことを考えながらただ事態が進むのを眺めることしかできなかった。
エルザは、一見すると自嘲しているかのような苦笑を浮かべた後、渋々といった様子で口を開く。
「いえ、私のわがままのようなものだからいいのよ。もう少し我慢するわ」
「エルザ姉ぇだって、ボクを助けるために一杯頑張ってくれたんだから、少しくらいわがまま言ってよ!」
「そうよ! 我慢のしすぎはいけんよ?」
「そう......かしら」
チラッ
だんだんと外堀を埋められているかのような感覚。
俺は白石に助けを求めるために視線で訴えるが、白石もエルザの意図を察したのか、俺の方を頑なに向くまいとしながら肩をプルプルと震わせていた。
......裏切ったな!!
いよいよ四面楚歌だ。
ちびっ子は手玉に取られ、白石は事態を面白がって静観の構え。
エルザは場が完全に構築されたのを感じたのか、ようやくここで言いたかった言葉を口にする。
「実は、みんなと一緒に旅をすることになった時にイオリに約束してもらった模擬戦のことなんだけど、いつになったらやってくれるのかってヤキモキしてしまって......」
「あっ、そういえばそんな約束しとったね、にいちゃん」
「あ、あぁ......そうだな」
俺はしどろもどろになりながら返答を絞り出す。
エルザはここぞとばかりに言葉を次いだ。
「でも、一度私が先走ってみんなに迷惑をかけてしまったし、せっかく一緒に旅をするようになったのに、また転移魔法で逃げられたらと思うと......私、不安で......」
こいつ! 次から次へとよくそんなセリフを抜け抜けと!!
しかし俺の内心とは裏腹に、愛姫とアルはエルザの肩を持ってしまう。
「にいちゃん! 約束したんやけ、ちゃんと守り!」
「そうだよイオリ兄ぃ! エルザ姉ぇがかわいそうだよ」
俺の方に振り向いて非難の目を向ける二人。
その後ろにたたずむエルザに視線を向けると、ペロっと舌を出して満足気な笑みを浮かべていた。
俺はピキリと額に青筋が浮かびそうになるのを必死にこらえながら逃げ道を探る。
「そうだな。約束したし、王都の式典が終わってから......」
「なんで? そんなのいつできるか分からんやん! 今なら邪魔もないやろ?」
「......ほ、ほら! 魔獣が急に現れるかm」
「鷹の目でみたらいいんじゃないの?」
「ぐっ......」
論理的に完全に負けている......。既に逃げ場は残されていなかったのだ。
俺は自身の城が完全に落城したのを感じながら、言いたくない言葉を絞り出すほかなかった。
「......分かった。エルザ、今からやろう」
「えっ、ホントにいいの? 悪いわね」
「......キニシナイデクレ。ヤクソクダカラ」
俺はせめてもの仕返しにエルザに殺気のこもった視線をぶつける。
エルザはどこ吹く風といった様子で立ち上がり、木立から少し離れたところで立ち止まる。
俺も重い腰を上げてエルザと相対し、しばしの静寂。
「手加減はいらないわ! お互い全力でやりましょう?」
興奮した様子で剣を抜くエルザ。俺は楽しそうな様子を見て無性にイライラがこみあげ、
「そうだな。ちょっと思うところがあるし、本気でやらせてもらうさ」
せめて勝たなきゃ俺の気が収まらない。姑息なエルフを成敗するべく、俺は魔力を練るのだった。