2-45 一番の正解
本日最後の更新です。
翌朝。
俺たちは朝食を終えると、集会所の前に集まった。
朝の時点でテレパスでエリィに接触し、ビルス以外の盗賊の処遇について尋ねたところ、異国の地で捕まったのならば、異国の法で裁かれるのが道理だという返答を得ていた。
俺はそれを村人に伝える。
盗賊たちをこの国の役人に突き出してもいいが、別に知らせる義務もない。そう、こいつらを皆殺しにすれば、すべては闇の中に葬られるのだ。
全員がそれを理解している。
当然、今すぐ八つ裂きにしてやりたいと思う者もいるだろう。だが、誰も言葉を発さない。
それは、みながこの一連の事件で最も傷を負った者にその判断を委ねようとしているからだ。
「アル」
俺は皆を代表してアルに尋ねる。
「こいつらをどうしたい?」
「えっ?」
「こいつらは盗賊だ。これまでも悪行の限りを尽くしてきてる。当然、捕まった先に待っているのは死刑か、それに準じる罰だろう。だけど、こいつらに一番辛い思いをさせられたのはお前だ。
村の人たちはみんな、お前の望む通りにするべきだってことで一致したらしい。
殺してやりたいほど憎いなら、全員でこいつらを殺す。役人に突き出すというなら、そうする。
お前が決めろ」
「ボクが?」
「そうだ」
子供に酷ではないか。白石とエルザはそう反対した。
村人の中にも、アルにそんな辛い選択を迫るべきではないという反対意見も多く出た。
しかし、俺はその意見に首を縦に振らなかった。
アルは獣人と人間のハーフだ。これから先、いつまでも金狼だということを隠し通すことはできないし、いずれ選択を迫られる。見た目は獣人に近いし、酷い目にも遭っているのだから、人間を恨むというのなら、それも正しいのだろう。
この世界の人間たちは、その憎しみに値するだけの行いを今もなお重ねている。
アルは、俺たちには想像のつかないほど重い十字架を背負っている。
ならば、いずれ来る選択を、せめて隣で受け止めてやろうと思ったのだ。
俺だけならば反対に押し切られていたかもしれない。
だが、メリルも俺に賛同した。
皆驚いていたが、メリルはいつも通りの優しい微笑みを浮かべ、
「アルなら大丈夫です。きっと、一番の正解を選んでくれると思いますから」
一番の正解。それがなんなのかと聞くと、メリルも肩をすくめて分かりませんと答えた。
「だけど、私とあの人の子供です。私はあの子を信じます」
母親の言葉で、皆の覚悟は決まった。
アルは、俺たちの選択に驚いているのか、ひどく困惑した様子だ。
「ボク......ボクが決めていいの?」
「そうだ。アルはこいつらをどうしたい?」
俺たちの視線を一身に集めるアルは、ふぅっと大きく深呼吸を一つすると、決意を秘めた目で俺たちに語りかける。
「ボク......ボクは、この人たちをみんなに殺さないでほしい」
何人かが息をのむ。
「アル、それはこいつらを役人に突き出すってことでいいのか?」
「うん。悪いことをしたんだから、ちゃんと罰は受けないといけないと思うから」
「お前を苦しめたやつらだぞ? お前はそれで納得できるのか?」
俺は念押しに尋ねる。俺たちのことを気にして、本音を隠しているのだったらそんな選択に意味などないのだから。
しかし、アルは決然とした表情で首を横に振る。
「違うよ、イオリ兄ぃ。僕だって怒ってるよ。いっぱい酷いことされたし、お母さんもぶったし、村のみんなも傷つけたし。でも、でもね......」
アルはそこまで言って口をつぐむ。自分のなかで言葉を反芻し、伝えたいことをきちんとまとめ終わったのか、アルは再び口を開いた。
「ボクは、人間と獣人の架け橋になりたいんだ」
「アル......」
メリルが思わず名前をこぼす。
「狼に乗っ取られたとき、お父さんがボクに言ったんだ。ボクは獣人であって人間なんだって!
ただそれだけで、辛いことも苦しいこともあるだろうって。でも、でもボクは......それに負けたくない!
ここでこの人たちを恨みに思って殺しちゃったら、ボクも、みんなも、人間も何も変わらない! それじゃあ意味がないと思うんだ」
そこまで言うと、アルは目を閉じて集中を高める。
「獣覚」
ゴオっと風が巻き起こり、アルの肉体が変化していく。
俺たちは昨晩の暴走が脳裏をよぎって身構えるが、現れたのは、一点の濁りもなく滑らかな光を放つ、美しくも気高い金色の狼だった。
アルの周囲を吹く魔力も、禍々しさや他者を傷つけるようなことはなく、むしろ暖かささえ感じさせるような優しいものだ。
そして、アルはさらに言霊を紡ぐ。
『安らぎの鈴』
--ン......リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン
周囲を清らかな鈴の音が満たし、聞く者の心を和ませる。
その鈴の音は、まるでアルの決意を言祝いでいるかのように感じさせ、金狼の姿と相まって、神々しさすら感じさせるほどの圧倒的な美しさを周囲に与えていた。
「ボクは獣人の力と、人間の恩寵を使える。ボクだからこそ出来ることがあるんじゃないかと思うんだ。ボクは、いつか......獣人と人間が仲良く暮らせる世界を作りたい」
気づけば、いたるところで誰かが涙を流していた。
子供の戯言と笑う者など誰もいない。
ロランと会うまで他の獣人と同じくひたすらに人間を恨んできた彼らだからこそ、そんな感情をロランにぶち破られた彼らだからこそ、そして、そんな夢物語のようなことを語るのがロランの娘だからこそ、アルの言葉は村人たちの心を打つのだろう。
自分だって人間につらい目に遭わされただろうに、それでも人間を見限らず、手に手をとり合える世界にしたい。そんな途方もない、艱難辛苦の果てに実現できるかすら怪しい絵空事を、この子なら成し遂げてしまうのではないか。
金色の毛並を輝かせるアルの姿は、アルが語った未来を俺たちに幻視させるほどに思いに満ちたものだった。
「これがボクの答えだよ......いいかな、みんな?」
アルが不安げに尋ねるが、誰も異を唱える者などいない。
皆が、金色に輝く獣の女王に、誰よりも優しく、自分の運命に立ち向かおうとする小さな勇者に賛同したのだ。
「アル......」
「お母さん」
メリルがアルの側に近づく。アルは獣覚を解いて普段の姿に戻ると、母の胸に抱きついた。
メリルは最愛の娘を撫でながら小さくつぶやく。
「あなたは、私とお父さんの......自慢の娘よ」
「......うん」
母親とは偉大だなぁ。俺は二人の姿を眺めながらそんなことを考える。
なんでかは分からない。論理的に説明も証明もできない。
だが、ここにいる誰一人、否定することは出来ないだろう。
今アルが下した決断が、間違いなく”一番の正解”ってやつに違いないんだってことを。
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後日談。
エリィの迅速な行動により、ゴアの領主、並びに最大手商会、黄昏の秋風のダンジョンをめぐる不正が明らかになった。
また、事態はさらに飛び火する。なんと、ゴアの領主はオラクルの領主とも通じていたのだ。
オラクルの領主も賄賂を受け取って、ダンジョンの秘匿に一役買っていたらしい。
ゴアとオラクルの領主は現在裁判のために王都に連行されている。話によると、領主による着服は重罪で、死刑は免れないだろうとのことだ。
また、黄昏の秋風も本格的な調査が始まると、黒い取引が出るわ出るわ。
これまでは証拠がないことを盾に逃げていたらしいが、さすがに王女様という証人がいては言い訳の余地も暇も与えられなかった。
黄昏の秋風の会頭や不正に関わったものたちは捕縛され、商会は解散させられるらしい。
俺たちが驚いたのは、黄昏の秋風が持っていた販路の大半を、ロイたちの夕暮れの鐘が引き継ぐことになったということだ。
エリィに聞くと、俺たちと専属契約していたことを思い出し、調べたところとても好感を抱いたらしく、エリィ直々に依頼されたらしい。
もっとも、最大手商会の一角が崩れたことで、残りの2つの商会に販路をさらに拡大・独占させないようにという思惑もあってのことらしいのだが......。
ともあれ、長らく捕まえることのできなかった大物賞金首のビルスの捕縛、秘匿されてきたダンジョンの発見、最大手商会と大都市領主の不正を暴いたなどの功績から、俺たち一行を王城に招いて式典を開かせてほしいとエリィから頼まれてしまった。
俺としてはそんな式典なんてめんどくさくてお断りしたかったのだが、エリィに
「不二さんが来てくれないと、私の顔が潰れてしまいます......。
最大の功績者を呼び寄せることもできない非力な王女と......グスっ」
などと泣き落としを食らい、できる限り貴族との接触はさせず、できる限り手短にすませ、できる限り豪華な食事を用意するという条件で妥協した。
こうして俺たちは、いったん王都へ戻ることになり、今日ホトリ村を発つことになっている。
村の入口には村人が全員見送りにたち、俺たちは皆と軽く言葉を交わし、握手や抱擁で別れを惜しむ。
ひとしきり挨拶を済ませ、アルの前に立つと、アルは涙を必死にこらえながら口を真一文字に引き結んでいた。
「アル......」
さすがに俺たちも湿っぽくなってしまうが、アルは目をぐしぐしとこすって無理やりに笑顔を浮かべる。
「イオリ兄ぃ、ヒナ姉ぇ、エルザ姉ぇ、アキちゃん、今まで本当にありがとう。ボク、すっごく楽しかった!」
無理して笑顔を浮かべるアルに、思わず苦笑を浮かべてしまう。
泣き笑いでぐしゃぐしゃになった顔を見せまいと、服で顔をしきりにこすってはやせ我慢している。
しかし、そんな湿っぽい雰囲気を、持ち前の天真爛漫さでぶち壊す存在が俺の隣にはいた。
「えっ、アルちゃん一緒に行かんの?」
「「「えっ」」」
俺たちはピシリと固まる。しかし、我が妹は何をそんな顔をしているの? と言わんばかりの表情で首を傾げる。
すると、メリルが可笑しそうにクスクスと笑いながらそんな妹に乗っかった。
「そうね。アルは行かなくていいの?」
「「「「えっ」」」」
今度はアルまで固まった。しかし、その顔はどこか「いいの?」とでも言いたげな、どこか期待を含んだものだ。
「あなたは人間と獣人の架け橋になりたいのでしょう? なら、イオリさん達と一緒に、この世界を旅して、いろんな景色を見て、いろんな人たちと出会って、見識を深めた方がいいのではないの?」
アルの耳は、ヘタってはピョコってを繰り返す。アルの心理を見透かしたかのように、うちの妹がさらに雰囲気をぶち壊す爆弾を投下する。
「大丈夫だよ! 寂しくなったら兄ちゃんの魔法でここに帰ってくればいいんやし! なんも寂しくなんかないやん!」
ズコーーッ
俺たちや周囲の村人はそろって体勢を崩す。
台無しだよ......妹よ。
「いいの?」
アルが俺たちに不安げに聞いてくる。
俺たちは顔を見合わせて視線で言葉を交わす。全会一致で可決のようだ。
俺たちはスッとアルの目の前に手を伸ばす。
「行くぞ、アル! 王都でごちそうが待ってる!」
「......うん」
また泣きそうになったアルは、照れ隠しなのか、俺たちの方へ体を真横にして飛び込んできた。
俺たちは慌てて伸ばしていた手でアルをキャッチする。
「何やってんだよまったく......ハハ」
「ほんとよ......アハハハハ」
「可愛いんだから......うふふ」
「さ~しゅっぱ~つ!!」
俺たちはアルの手を引いて歩き出す。
外は快晴。季節は初夏。こんな日はゆっくり歩いていくのもいいだろう。
「いってきま~す!!」
「いってらっしゃ~い」
「アル~、達者でな~!」
「こまめに帰ってくるんだぞ~!!」
アルが振り返って手を振ると、村人たちも千切れんばかりに手を振ってアルを送り出す。
こうして、改めてちびっ子狼を仲間に加え、俺たちは一路王都を目指す。
今度はどんな面倒事が待っているのやら。
俺はやれやれと首を振りながら、楽しげにこちらを見つめる旅の仲間へと語りかける。
こうして物語は一つの締めくくりを迎える。
こういうとき、どのようなまとめ方が適当なのだろうか。
どれだけ考えても、結局月並みな言葉しか浮かばない。
なんとか次の物語への弾みとなるようにできないものか。
まぁ、できないことをどれだけ考えようと休むに同じか。
ならば、此度も奇を衒うことなく、至って普通に締めくくろうか。
「帰ろう、王都へ!!」
次の冒険は、すぐそこだ。
第二章 完
ここまでご覧いただきまして、誠にありがとうございました。作者の葉月です。
2章はこれにて完結となります。いかがでしたでしょうか?
お楽しみいただけましたならば幸いでございます。
これからもお読みいただく皆様に楽しんでいただけるような作品にできるよう頑張ります。