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2-41 おかえり

本日2話目の更新です。

所用により、3話目の投稿を20時過ぎから19時過ぎへと変更いたします。

それでは引き続き拙作をよろしくお願いいたします。

 アルの周囲を吹きすさぶ魔力が穏やかになってから数分。

 アルは動きを止めて立ち尽くしている。まるで時が止まっているかのように。


「アル! アル! しっかりしろ!!」


 俺たちは必死にアルに語りかけるが、反応はない。

 鈴の音は今も響き渡っているが、再び暴れだすのではないかという不安に駆られてしまう。

 

 しかし、次の瞬間、アルの体に再び変化が生じ始めた。

 周囲を飛び交う魔力がさらに穏やかなものとなり、俺たちの間を優しくそよぎながら通り抜ける。

 その風を感じたと思ったら、俺が先ほどアルに吹き飛ばされたときについた傷がたちどころに塞がっていく。


「癒しの風......」


 俺たちは癒えていく傷を見て驚いていると、アルの体が輝きを帯びていく。

 体も一回り小さくなり、本能をむき出しにしていた獰猛な瞳に色が灯り、どこか普段のアルを思わせるような円らさを帯びる。

 先ほどまで感じられた禍々しさが薄らいでいき、なかば針のように逆立っていた毛並みは滑らかになって月明かりを反射してキラキラと美しく輝いていた。


「綺麗......」


 思わずといった様子で、白石がポツリとそんな感想をこぼす。

 自分がそう言葉を発したことにも気づいていないのか、心を奪われたかのように、その気品に満ちた姿を見つめていた。


リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン......


 鈴の音が響き渡る中、姿を変えた金色(こんじき)の獣の女王は、夜空に向かって天高くその声を響き渡らせる。


「アオォォォォォォォォォォン」


 先ほどまでと同じ遠吠え。しかし、先ほどのような周囲の者をまとめて吹き飛ばすようなことにはならない。

 その声はどこまでも気高く、慈愛に満ちているようで、鈴の音と重なり合って形容しがたいほどの美しい旋律となって俺たちの鼓膜を震わせた。


「アル......?」


 俺は小さく呼びかける。


 すると、アルはこちらを向いていつものような笑みを浮かべて俺に返事を返す。


「イオリ兄ぃ、ただいま」

「アル!」

「アルトリア!!」


 元のアルに戻ったことを悟った俺たちは一斉にアルの元へと駆け寄る。

 その美しい毛並を撫で、くすぐったそうに笑い声をあげる姿を見て、アルが間違いなく戻ってきたのだという実感をかみしめた。


「アル......」


 メリルがアルの首筋に抱きつく。


「お母さん、ごめんなさい。心配かけて」

「いいの......いいのよ......よく、無事で」

「お父さんが助けてくれたんだ」

「えっ?」


 メリルはもちろんのこと、アルを取り囲む者達が全員驚きの声を上げる。


「狼に体を乗っ取られて、ボクは真っ暗闇の中にいたんだけど、お父さんが語りかけてくれたんだ」

「......」

「ボクは、みんなから望まれて、祝福されて生まれてきたんだよって教えてくれた。

 そして、ボクに力をくれたんだ」

「力?」

「そう、お父さんが持ってた力だよ。今、この鈴の音はボクが出してるんだ。きれいな音だよね、お母さん」

「えぇ......えぇ」

「この力が、怒り狂ってた狼を鎮めてくれてる。お父さんがボクと一緒にいてくれてるような気がして、すごく、すごく嬉しい」

「じゃあ、アル、あなたは恩寵も発現できたというの?」


 メリルは信じられないといった様子でつぶやく。

 アルは金狼として生まれた。だから、人間の固有の能力である恩寵が発現するなど、夢にも思っていなかったのだ。

 俺は先ほどの内なる声との会話を思い出し、口を開く。


「アルのペンダント。あれはロランさんから受け継いだものなんですよね?」

「えぇ」

「あれは”魔写しの首輪”という道具だったんです。埋め込まれていた宝玉に自身の恩寵を込め、他者に譲り渡すことができるんです......自分の命と引き換えに」

「そんな......」


 メリルや周囲の村人たちは一様に言葉を失う。


「ロランさんは病に侵されていた。自分が助からない、死期が迫っていることを悟ったんでしょう。

 そして、金狼という圧倒的存在の危険性も。

 いずれ失われてしまう命なら、せめてアルを守れるように。

 そんな思いで、この首輪に自身の恩寵を込め、メリルさんに託したんじゃないでしょうか......」

「あぁ......あなた......」


 メリルの脳裏には、ロランの亡くなる前日に彼が残した言葉が鮮明に蘇る。


『これがいつかアルを守ってくれる』


 ロランの意図していたのはこのことだったのだ。

 アルが金狼に支配され、暴走した時、荒ぶる狼の怒りを鎮めてアルを守ろうと。


「あなた......ありがとう」


 メリルは胸の前で両手を握りしめ、亡き夫へ感謝の言葉を述べる。


「お母さん」


 その傍らにアルが寄り添い言葉をかける。


「お父さんと別れてこっちに戻ってくる前に、お父さんから伝言をもらったよ」

「ロランから......?」

「うん。お母さんを、愛しているよって」


 メリルはそれを聞いて、アルの首を抱きしめながら、声を上げて泣いていた。

 ロランからアルへと受け継がれた鈴の音とメリルの涙声が重なり、まるでメリルをアルとロランがなだめているかのように感じられ、話を聞いていた周囲の者達もいつの間にやら目から大粒の涙をこぼしていた。


 あたりを優しい空気が包み込み、アルの生還を喜んでいる。

 しかし、俺は気を引き締め、彼方を睨み付ける。

 その視線の先には、馬を捨て、ほうほうの体で逃げていく盗賊団がくっきりと映し出されていた。


「ベンさん」

「あぁ」

「アルや、他の村人のみんなをたのむ」

「......分かった」


 ベンは涙で濡れた瞳をこすり、真剣な表情で俺へと返答する。


「白石、エルザ、行こう。落とし前をつけに」

「「えぇ」」


 俺たちはその瞳に燃え狂う怒りを宿して歩を進める。

 こんな心優しい子供に地獄を見せ、汚い言葉で傷つけた連中に、もれなく報いを与えるために。


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