2-40 魔写しの首輪
本日もお越しいただきまして誠にありがとうございます。
本日の3話更新の1話目でございます。
それでは引き続き、拙作をお楽しみいただけましたら幸いです。
「アル、目を覚ませ!! お前のせいなんかじゃない! お前は何も悪くないんだ!
あんな奴らの言葉に耳を貸す必要なんかないんだよ!」
「そうよ! アル、いつもの優しいあなたに戻りましょう? あたしたちと一緒に過ごした日々を忘れたの?」
「アル、私たちはあなたのことを本当に大切に思っているわ。それが分からないほど、あなたは愚かではないはず。戻っていらっしゃい」
俺たちは口々に語りかけ、アルの意識を呼びもどそうとする。
俺たちの意図を察したのか、集会所にいた面々も、口々にアルへと語りかけた。
「そうだよアルちゃん! 狼に負けないで! アルちゃんは強い子だよ!」
「アル!! 戻ってこい!! ロランさんの子供であるお前のことを、この村のみんなが愛しているんだ!」
いつしか全員がアルへと語りかけていた。
理性を失い、金狼の本能の奥深くに押し込められたアルの意識に届けと必死に声を上げる。
ひょっとしたら届くのではないか。そんな期待感が立ち込める。
「アル......」
メリルがアルの首筋に抱きつき、優しく撫でながら語りかける。
「生まれてこなければよかったなんて......そんな悲しいことはいってはダメよ。
あなたは、この村のみんなから祝福されて生まれてきた。
もちろん、私とお父さんからも心から望まれて生まれてきたのよ?
さぁ、優しいあなたに戻って......」
メリルはアルの瞳を覗き込む。
吹きすさぶ魔力にあてられ、メリルの体には無数の擦り傷が作られている。
近づくだけでも他者を傷つけるほどの魔力だが、メリルはそんなものを一顧だにせずにアルだけを見つめていた。
「オ......カア......サン」
「アル!!」
アルの口からもれた言葉に、その場にいる全員がアルの意識が目覚めたのかと喜色を浮かべる。
しかし、次の瞬間、アルは苦しげにうめきながら、ヨロヨロとメリルから離れてしまう。
メリルは再びアルに近づこうとするが、アルの周囲の魔力がさらに勢いを増して吹き荒れ、近づくことすらできなくなってしまう。
「ガァアァァァァァァァァァ!!」
苦しげな唸り声を上げながらふらつくアル。
それは、目覚めた金狼と、アルの意識が激しく争っているように感じられた。
しかし、金狼の本能がアルの意識を再び奥深くに沈めようとする。
「アル」
「アル」
「アルトリア!」
みんな必死に呼びかけるが、アルには届かない。
メリルはガクンと膝をつき、涙を流しながらアルを見つめる。
俺はとっさに目をつむり、内なる存在に語りかける。
(おい!返事してくれ!)
(ナニヤラ セッパクシテ オルヨウダナ イカガシタ)
(何でもいい! アルを何とかする力はないか!!)
(ナントカスルトハ マタアイマイナ。モウスコシ グタイテキニ......)
(だから、眠らせるとか、あの金狼を封じるとか、そんな力だ!!)
(アヤツハ ソノテイドノ ナマナカナチカラデ ドウニカデキル ソンザイデハナイ。
ネムラセタトコロデ、メザメレバマタ アバレダスダケダ。カイケツニハナラヌ。)
(じゃあどうすればいいってんだよ!!)
(オチツケワレヨ。ソンナコトデハ ウカブモノモ ウカバヌゾ)
(悠長に言いやがって!!)
俺はいったん会話を打ち切って必死にアイデアを考える。
封印とはいっても具体的な方法のイメージが湧かない。眠らせても起きれば同じこと。倒してどうにかなる保障もない......くそ、どうすりゃいい!!
「あぁ......。あなた......。お願い、アルを......助けて......」
メリルは天国の亡き夫に思わず願いを込めていた。
しかし、メリルや俺たちの想いとは裏腹に、アルの口からは普段のアルからは到底考えられない言葉が出てくる。
「ユルサナイ......コロシテヤル」
普段のアルからはおよそ想像もつかない言葉。
「......アル」
もう......ダメなのか?
そんな諦めのような感覚が脳裏をよぎった時......思いもよらない事態が起こった。
アルの首筋に提げられていたペンダントが、急に紅く光り輝きだしたのだ。
光は次第に強さを増していく。
それとともに、何やら微かに音が耳に届いたような気がした。
はじめは風の音か何かかと思ったが、次第にその音は、ペンダントに埋め込まれた石の輝きとともに音量を増していく。
----ン......---ーン......リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン
「鈴の......音?」
聞き覚えのない鈴の音に、俺は事態を理解できずに困惑してしまう。
「あ......あぁ......」
隣を見ると、メリルが口元を両手で押さえてハラハラと涙を零していた。
信じられない、といった様子で首を振る。
「メリルさん?」
「あなた......なの?」
「えっ!?」
俺はメリルからこぼれた言葉に唖然とする。だって、アルの父親のロランは、すでにこの世にいないのだから。
しかし、その鈴の音を聞いた村人たちも、呆然としながらも
「ロランさん......」
「ロランさんの鈴だ」
「あの優しい鈴の音だ」
と口々に呟きを漏らす。
どういうことかと理解できないでいると、不意に内側から語りかけられる。
(ワレヨ、キコエルカ)
(あ、あぁ)
(マサカ アノヨウナ ドウグヲ アノコワッパガ モッテイヨウトハ)
(知ってるのか?)
(ムロン。アレハ マウツシノクビワ ダ)
(魔写しの首輪?)
(サヨウ。アレヲツカエバ ジシンノモツ ギフトヲ タニンニ アタエルコトガ デキル)
(そんな便利な道具だったのか)
(ムロン、ソレナリノ ダイショウガ ヒツヨウニ ナルガナ)
(代償?)
(シヨウシャノ イノチ ソノモノダ)
(なっ......)
(モトモト キショウナドウグダガ、ソノダイショウ ユエニ ツカワレルコトノ ホトンドナイ ドウグダ。
ダガ、コノ ノウリョクヲ コメテオクトハ......ククク、ニンゲントハ ヤハリオモシロイ)
(どういうことだ)
(イヤナニ、コノジタイヲ オサメルニ コレホドウッテツケノ ギフトモ ソウナイト オモッテナ。ワレヨ、アトハ アノコワッパノ コトヲ シンジテ マツガヨカロウ)
(ちょっ、おい)
内なる声はそのまま引っ込んでしまう。
リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン......
鈴の音は、涼やかな音を奏で続けている。
アルに視線を戻すと、先ほどまでのよろめきはなくなり、少し周囲の魔力の勢いが和らいだように感じられた。
メリルは口元を覆っていた手を、胸の前で握りしめ、吐き出すように叫び声を上げる。
「あなた.....お願い!! アルを......私たちの宝を助けて!!」
メリルが叫んだ瞬間、バリィンと破裂音が響き、アルの首にかかっていた首輪が千切れ飛んだ。
それど同時に輝いていた宝玉も砕け、そこから溢れ出した魔力がアルへと流れ込む。
アルの周囲を吹きすさぶ魔力とも溶け合い、次第にその流れが緩やかになってゆく。
俺たちは固唾をのんで事の成り行きを見守っていた。
鈴の音は、鳴り止まない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
暗い。
ここはどこだろう。
真っ暗だ。
何も見えない。
ボクはどうしてこんなところにいるんだろう。
さっきまで悪い人たちが酷いことをして......。
そうだ、お母さんを助けないと......。
でも、ボクじゃどうすることもできないし、
それに、ボクは生まれてきちゃいけなかったんだ。
ボクがいるせいでみんなが辛い思いをしちゃう。
それなら、もうこのまま一人ぼっちでいるほうがいいや......。
でも......寂しいなぁ。
「アル......アル......」
「んぅ?」
「アル......聞こえるかい?」
「うん。聞こえるよ。だぁれ?」
「おいおい、僕の声を忘れちゃったのかい? それは少し悲しいなぁ」
「えっ......もしかして、お父さん?」
「そうだよ。アル、大きくなったね」
どうしてだろう。死んじゃったはずのお父さんの声が聞こえる。
ボクはあたりをキョロキョロと見渡すけど、声はするのにお父さんの姿はどこにも見えない。
「お父さん!! どこにいるの? ボク、見えないよ!」
「残念だけど、僕の姿は見えないよ。アルに語りかけている僕は、意識の欠片にすぎないからね」
「意識の......欠片?」
ボクはお父さんの言っている意味が分からなくて混乱してしまう。
「そうだよ。あの首輪が発動したってことは、アルが意識的であれ、無意識であれ、憎しみや怒りに心を支配されたってことだ。アル、今自分がどういう状態なのかわかるかい?」
「よくわかんない。なんか、僕の中にいた狼と入れ替わられたと思ったら、こんな真っ暗なところに来てた」
そう、この場所にくる直前に、ボクは自分の中にいる狼と入れ替わるのを感じてた。
盗賊の人たちの言葉を聞いて、悲しくてどうしようもなくなった瞬間、あっという間に狼に体を乗っ取られちゃったんだ。
「そうか。アル、今外の世界ではみんなが必死にお前に語りかけているよ。
お前はこのままでは金狼に心を支配され、死ぬまで暴れまわって周囲に滅びをもたらす存在になってしまう」
「えっ、そんなのダメだよ」
たしかに、狼はすっごく怒ってた。
今も怒ってるなら、お父さんの言うとおり、近くの人たちまで傷つけちゃうかもしれない。
お母さん、村のみんな、イオリ兄ぃたちも......?
そんなの、そんなの絶対イヤだ!
「アル、お前は人間が憎いかい?」
「............分からない」
「分からない?」
「うん。だって、人間はボクたちに酷いことするし......。でも、イオリ兄ぃや、ヒナ姉ぇや、アキちゃんみたいにボクによくしてくれる人もいる。それに、お父さんだって人間でしょう?」
「そうだね」
「僕は悪い人間が嫌い。だけど、人間みんなが悪いってわけじゃないと思う。だから、お父さんの質問にどう答えたらいいのかわからないよ」
「そうか......よかった」
「えっ?」
「今はまだわからなくてもいいんだ。ただ、お前が人間を見限っていないと分かっただけで十分だよ。
アル、お前は本当に優しい子だね」
「そうかなぁ?えへへ」
「アル......お前なら、僕の力を使えるはずだし、金狼ともうまく付き合っていけるはずだよ」
「お父さんの......力?」
たしか、お父さんの力ってあの優しい鈴の音を出す力だっけ?
あの音を聞いてたら、いつの間にかぐっすり眠っちゃうから、聞いてるの好きだったなぁ。
「そう。鎮めの力だ。優しいお前にぴったりの力だよ。
アル、お前は人間と獣人の間に生まれた子供だ。そして、人間としても、獣人としても類まれなる才能を持っている。周囲の人間はお前を人間でも獣人でもないと見るかもしれない。だけど、そうじゃない。お前は人間であって獣人でもあるんだ。
これから生きていく中で、お前には普通の人や獣人が生きていくうえでは味わうことのない困難が立ちはだかるかもしれない。だけど、どうか、自分が生まれてきたことだけは否定しないでくれ。
お前は、僕やお母さん、村のみんなから、心から祝福されて生まれてきたんだよ」
お父さんの言葉を聞いて、ボクはさっき盗賊の人たちが言ってたことを思い出す。
「ボクは......生まれてきて、よかったの?」
「当たり前じゃないか。誰がお前をだっこするかの順番決めで毎日取っ組み合いのけんかになってたくらいだぞ?」
「あはははは、そうなんだ」
「そうだ。そして、今もみんなお前の帰りを待っている」
「今も?」
「そうだ。さぁ、道は作ってあげたから、その光を通っておゆき」
「お父さんは?」
「僕はいつも一緒にいるよ。さぁ、早く行きなさい。みんなが待ってる」
「うん! お父さん!!」
「どうしたんだい?」
「大好きだよ!!」
「......ありがとう。僕も愛しているよ。あと、メリルに、お母さんにも愛しているって伝えてくれるかい?」
「分かった!!」
ボクはお父さんの言ってた光に飛びこんだ。
みんな、今行くよ!