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2-39 金狼の目覚め

本日最期の更新です。

明日も3話更新しますので、お楽しみいただけましたら幸いです。

ここまでお越しいただき、ありがとうございました。

「......アル?」


 俺が呼びかけても、アルは全く反応を返さない。


 吹き荒れる魔力の中で、アルは次第にその姿を変えていく。

 長い毛が全身を覆い隠し、爪は鋭く伸び、口元も狼のそれへと形を変えて鋭い犬歯がのぞく。

 尻尾も生え、普段のクリクリとしたかわいらしい瞳は、どこまでも鋭い獰猛な本能を感じさせるものへと変貌していた。


 四肢で地を踏み、アルは天に向けて吠える


「アオォォォォォォォォォォォォォォォォォン」


 その遠吠えがとどろいた瞬間、近くにいた俺や白石が彼方へと吹きとばされる。

 白石はティナがなんとかかばったようだが、俺は盛大に集会所の壁へと叩きつけられる。


「かはっ」


 あまりの事態に受け身もとれずに壁に突っ込み、俺は衝撃に顔をゆがめる。

 防具がなけりゃ骨がイッてたな......。

 そんなことを考えながら、アルの姿に目をやる。


 誰も動こうとはしない。いや、動くことができない。

 アルの周囲を吹き荒れる魔力の勢いはすさまじく、とてもではないが力でどうこうできるものではないと感じさせられる。


 アルの姿は、一匹の狼に変貌を遂げていた。

 圧倒的な威圧感もさることながら、その体毛の美しさに思わず言葉を失う。

 それは、まさに金色。遠目からでも美しく輝くその毛を見て、思わず事態を忘れて見入ってしまうほどの美しさだ。


 だが、間違いなく美しいのだが、どこか濁りのようなものを俺は感じずにはいられなかった。

 それが俺の勘違いによるものかは分からない。

 だが、これが金狼本来の姿だとは俺には感じられなかったのである。


 しかし、現状の姿でも十分に圧倒的な存在感と魔力を放っているアルは、空を見上げ、こちらの様子をうかがうスカイイーターに視線を向ける。


 スカイイーターは、アルに視線を向けられただけで相手にならないと悟ったのか、全く降りてくる意思を見せない。むしろ、さらに高く舞い上がり、アルから少しでも離れたいと考えているのが見て取れた。


 アルはググっと四肢に力を込めると、

 

「ガァッ」


 という吠え声とともに地を蹴り上空へと飛び上がる。


 一条の光のごとく舞い上がったアルは、一匹のスカイイーターをすれ違いざまに文字通り八つ裂きにし、空を蹴る。

 空を駆ける狼は、瞬く間にスカイイーターの大群を引き裂き、食いちぎり、バラバラにしていく。

 一方的な蹂躙劇に見えるが、俺はアルの体の異変に気付く。


「まずい、体が耐えられずに悲鳴を上げてる」


 アルの肉体は、金狼の覚醒による身体強化に耐えきれずにそこらじゅうから血が噴き出していた。

 血をまき散らしながら空をかけるアル。しかし、そこからさらに異変が起きる。

 出血していた箇所に魔力が集中したかと思うと、たちどころに傷が癒え、出血が止まったのだ。


「超速再生......」


 自らの体を壊すほどの身体強化と、それをたちどころに修復する再生能力。

 金狼の力の一端を垣間見て俺は驚きのあまり眺めることしかできなかった。

 しかし、傷をどれだけ癒しても、次の瞬間にはまた血が噴き出している。どれだけ再生能力が優れていようとも、痛みを消すことはできていないはずだ。


 俺はそのあまりに凄惨な戦い方に絶句してしまう。

 そんな俺や地上の者たちを置き去りにして、アルは空を駆けスカイイーターを蹂躙していく。

 アルが通り過ぎた後には、霧散するスカイイーターの残滓が薄らと残るのみ。魔石すらも粉々に砕いてしまっていた。


「なんだありゃあ......」

「ば、化け物......」


 盗賊たちも呆然自失といった様子で空を見上げるばかり。

 気づけば、スカイイーターの大群は一匹残らずアルに駆りつくされてしまっていた。


 アルが地上に舞い戻るのを見るや、盗賊たちは我先にと逃亡を始める。

 メリルさんを抱えていては狙われると判断したのか、地面に放り出して馬に飛び乗り、ゴラムを筆頭に村の入口を目指して一目散に逃亡を始めた。


「メリルさん!」


 俺は地面に横たわるメリルに駆け寄って回復魔法を施す。


「うっ」


 メリルさんはうっすらと目を開けると、舞い降りるアルの姿を見て目を見開いた。


「アル!!」


 地面に舞い降りたアルの姿は、正視にたえないものだった。

 体中の皮膚が避け、血が吹き出しては持ち前の再生能力で癒している。

 とはいえ、当初の輝く体毛は血にまみれ、あまりに痛々しく見えた。


 さすがに体を酷使しすぎたのか、アルはいったん動きを止め、回復に注力しているように見える。

 盗賊団はその隙に少しでも距離を稼ごうと必死で逃げていた。

 

「ガアッ」


 アルは彼方をかける盗賊団を一瞥すると、前足を一振りする。

 すると、地面がえぐれ、小石が散弾のごとく放たれて盗賊団の背後を捉えた。


「うわあぁぁぁぁ」

「いってえぇぇぇ」

「足が、足がああぁぁぁ!」


 小石のつぶてを食らった盗賊がその場に倒れてのたうち回る。

 普段のアルからはおよそ想像のつかない情け容赦のない攻撃に俺や白石、エルザはただただ驚くことしかできなかった。


「ウオォォォォオォォォォォォン」


 またアルが遠吠えすると、ビリビリと空気が振動し、周囲を爆風が襲う。

 俺たちは必死に吹き飛ばされないようにこらえるが、その効果は彼方をかける盗賊たちにまで及んだ。

 アルの発する圧倒的な存在感で、馬がビタリとその動きを止めたのだ。

 動くこともできずに震えるばかりの馬を、盗賊たちは慌てふためいた様子で必死に動かそうとする。


「なにしてやがる! 走れ、走れよ!!」

「早くしないとあの化け物に追いつかれちまう」

「ちくしょう! なんなんだあいつは! 聞いてた話と全然違うぞ!!」


 逃げれば殺す。遠吠えに込められたメッセージを理解したのか、馬たちはどれだけ盗賊たちに打たれようとも一歩たりとも動こうとはしない。逃げなくても殺されるのだが、それでもあまりの恐怖から動くことができないのだ。


 先ほどまでとはまるで逆の立場に立たされた盗賊たちは、その顔に恐怖を浮かべてアルから逃れようと必死に手綱を引いたり馬を蹴ったりしている。


 アルに目をやると、体の傷はほとんどが癒えており、再び動き出すのは時間の問題に見えた。

 盗賊たちを睨み付け、どいつから先に殺すか品定めしているようにすら感じる。

 しかし、それと同時に、アルの目から流れているものに俺たちは目を奪われる。

 それは、血で赤く染まって入るが、たしかに涙のように俺たちには感じられた。


「にいちゃん!」


 視線をやると、愛姫が集会所から飛び出して俺へと必死に叫んでいる。


「愛姫!!」

「アルちゃんを助けて! アルちゃんすっごく苦しんでる! 悲しくて、悲しくて、でも自分を止められないの!」


 愛姫の言葉に俺はハッとする。あの涙は、金狼に支配された中で必死にアルが伝えたい思いの表れなのではないか。そう思ったときには、俺はアルのもとへ駆け寄り、必死に金狼の奥深くに沈んだアルの意識へと訴えかけていた。


「アル......しっかりしろ! 気をしっかりもつんだ! このまま金狼として力をふるえば、お前の命が危ないかもしれない!」

「ガァッ」

「うわっ」


 アルが煩わしそうに俺が触れていた首元を振り払い、俺は木の葉のように吹きとばされる。

 

「危ない」


 気づけば、白石が俺を受け止めようとしていたようだが、勢いを殺せずに一緒になって地面を転がっていた。


「バカ、無茶すんな!」

「そんなことよりアルを......アルをなんとかしなと」

「......そうだな」


 俺たちは膝にグッと力を入れて立ち上がる。

 本当なら、俺を殺すこともできたはず。だけど、振り払うことしかしなかった。いや......できなかった。俺はまだアルを取り戻す余地があることを感じ、再びアルの元へと近づいていく。

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