2-38 無限の弾丸
1日3話更新の2話目です。
それでは引き続き拙作をお楽しみくださいませ。
『プリズンゲート』
俺の発動した転移魔法による牢獄に地上の魔物を包囲することに成功した。
中からは、動揺する魔獣の気配が感じられる。
上空のスカイイーターどもは、まだ動く気配はない。
俺はさらに自分の前方に残していた1つのゲートを展開し、エルザと白石に語りかける。
「エルザ、白石。これから地上の敵を一気に殲滅するぞ」
「それは分かったけど、どうやって?」
「このゲートに片っ端から火球やら魔法をぶち込め!」
俺の言葉を聞き、自分たちの眼前に広がる光景を見て、俺の意図を理解したエルザと白石は呆れ笑いのような表情を浮かべる。
「ほんと、むちゃくちゃするわねアンタ」
「全くだわ。こんな魔法初めて見るわよ......最高だわ」
「ほら、上の奴らが来ないうちに、さっさとやるぞ!」
「分かったわ」
「えぇ」
俺、ティナ、エルザは、目の前に展開されたゲートへと魔法を発動させる。
『炎を纏え 敵を貫け 炎槍』
「クルアァ」
『サラマンダー 火球を生み出して』
「カアァァァァァ」
発動した魔法がゲートに飲み込まれた次の瞬間、
「ギャアアアアアァァァァ」
包囲された魔獣の方から悲鳴が上がる。
「まだだ! 一気に片付ける! 避ける隙間がないくらいに弾幕をはるぞ」
俺たちは続けざまに魔法を発動してはゲートに叩き込む。
俺たちの放った魔法は、魔獣たちを包囲するゲートへと転移して放たれる。
魔獣たちは、自分たちを取り囲む壁から魔法が次々に放たれることにパニックを起こしているようだ。
だが、躱したところで無駄なこと。
外れた魔法は、対角線上に設置されたゲートに取り込まれ、再び別のゲートから放たれる。
さらに、俺たちが随時追加の弾丸を送り込むことで、次第に弾幕は厚くなり、躱す余裕はなくなっていく。
やがて、何かに当たるまでなくなることなく増え続ける魔法が直撃し、魔獣はその姿を塵として消えていく。これが脱出不能の牢獄に秘められたもう一つの効果。
敵を包囲したうえで、終わることのない弾丸を、最後の一匹が消えるまで無限に放ち続ける地獄の空間が生まれるのだ。
『無限の弾丸』
囲まれた時点で逃れる術を持たぬ者の命運は死に固定される。
阿鼻叫喚のるつぼと化した牢獄を、スカイイーターたちはもちろんのこと、エルザや白石、自警団の面々も呆然とした様子で眺めていた。
やがて、牢獄のなかから聞こえてくる音は次第に小さくなってゆく。
弾丸同士がぶつかりあって相殺されたのか、ついに牢獄のなかからは音がしなくなった。
俺が魔法を解除すると、そこに残されたのは、焼け焦げた大地と、地面にちらばる100を越える魔石だけだった。
「すごい......」
ぽつりと白石が呟きをこぼす。
ベンたちも地上の敵が殲滅されたのを理解して、ウオオォっと叫び声をあげながらこちらへと近づいてきた。
「イオリさん! なんだありゃ! 凄すぎるぞ」
興奮極まれりといった様子でベンが俺へと駆け寄ってくる。
しかし、俺は冷静にベンをなだめる。
「まだ終わってないです。スカイイーターを片付けないと......!?」
「? どうした?」
ベンが俺の様子を見て怪訝な様子を浮かべる。
俺は鷹の目を発動し、事態がすでに動き出していたことを悟って歯噛みしながら話し出す。
「まずい! スカイイーターの一部が集会所に向けて飛んで行ってる!」
「なんだって?」
「くそ、魔法の発動と維持で索敵がおろそかになってた! それに、盗賊団も動き出したらしい!!」
彼方から土煙が上がっているのが確認できる。
「空からの襲撃には守備に回ってもらった人たちじゃ足りない。早く戻らないt」
ドゴオォォォン
俺が話し終わる前に、村の内部から轟音がとどろく。
見れば、集会所の真上から、スカイイーターが弾丸のごとく急降下していた。
「戻るぞ! 急げ!!」
ベンが叫んで集会所へと脱兎のごとく駆け出していく。
盗賊団の動きも気になるところだが、とにかく集会所の救援に向かうのが先と判断したようだ。
こちらに残っていたスカイイーターも、ベンたちが移動を開始したのを見るや、一斉に同じ方向へと移動を始める。
希望が見えたと思っていたが、一気にこちらに分が悪く傾き始めたことに、俺は焦りを禁じ得なかった。
距離はそんなに離れていなかったので、すぐに集会所に着いて様子を確認すると、自警団が屋根に上って必死に応戦しているが、スカイイーターの弾幕を防ぐには数が圧倒的に足りていなかった。対処しきれないスカイイーターが屋根へと突っ込んで大穴を開けていく。
内部では悲鳴が木霊し、スカイイーターの攻撃をなんとか逃れようと全員が壁際へと移動していた。
ベンたちは集会所の中へと踏み来み、飛び込んでくるスカイイーターから村人を守ることに専念している。
しかし、空からの弾幕から村人を守るには圧倒的に数が足りない。
俺は転移魔法を発動し、上空からの攻撃を通さないようにさせようとするが、発動の直前、一匹のスカイイーターが何かを抱えて飛び上がるのを視界にとらえる。
「!! メリルさん!」
「なんですって!?」
見ると、気を失っているのかぐったりとした様子のメリルが、スカイイーターに両肩をつかまれて運ばれていくのが目に映る。
白石もメリルの姿を見て愕然としていた。
俺は遅かったと歯噛みしながらも、これ以上の被害を出さないためにゲートを集会所の屋根一杯に展開してこれ以上の攻撃を止める。
なんとかメリルを救出せねばと必死に頭をひねるが、攻撃魔法を打ってメリルに当たりでもしたら目も当てられない。転移魔法でメリルを掴むスカイイーターの方に移動することも考えたが、俺自身が自由自在に空を飛べるわけではないので、メリルが振り落されたりして、地面に叩きつけられたらと考えると、おいそれと実行に移すわけにもいかなかった。
......こんなことなら空中の転移魔法に頼らない移動手段をもっと真剣に考えとくんだった。
俺が逡巡している内に、事態はさらに悪い方向へと進展していく。
村の入口からドドドドっと馬が殺到し、盗賊団の連中がついにその姿を見せたのだ。その数、およそ50。
スカイイーターがその傍らに着地し、メリルの身柄を盗賊団に引き渡す。
「動くな」
盗賊団を率いていると思われる男が大声で叫ぶ。
スカイイーターたちも攻撃を中断し、あたりには久方ぶりの静寂が訪れていた。
「よくもまぁここまで派手に俺たちの手ごまを削ってくれたもんだぜ」
余裕の表情を浮かべ、頭目らしき男は言葉を続ける。
「まぁ、それもここまでだ。こいつが殺されたくなけりゃ、大人しく金狼のガキをこっちに渡せ。
そうすりゃこれ以上手荒な真似はしねぇよ」
やはり、こいつらの狙いはアル。
俺は怒りを抑えながら、少しでも時間を稼ごうと盗賊に語りかける。
「お前がビルスか?」
「あぁん? 頭がわざわざこんなところに出向くわけねぇだろうが。俺はビルス一家の切り込み隊長のゴラムさ」
「そうか、ゴラム。で、お前らの狙いはアルみたいだけど、どうやってアルが戻ってきたって察知したんだ? あまりに動きが迅速すぎる」
「それをお前が知ってどうするってんだ? てか、交渉するつもりなんざねぇんだ。とっとと金狼のガキをわたさねぇか! さもないと......」
「うっ......」
グイっとメリルの首根っこをつかんでこれ見よがしに凄むゴラムに、全員が歯噛みして立ち尽くす。
「お母さん!!」
集会所から、アルが飛び出してくる。
今にも盗賊だんに突っ込もうとするアルを、俺と白石が咄嗟に押しとどめる。
「バカ、素直に応じてどうすんだ」
「離して! イオリ兄ぃ、ヒナ姉ぇ!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、愛する母のもとへ駆け寄ろうとするアル。
なんとか......なんとかしないと......。
「おう、てめぇだよクソガキ。大人しくこっちにくればこいつも残りのやつらも無事に解放してやるからよ」
「騙されるな。お前が大人しく従ったところで、あいつらがそんな真似するはずない」
「てめぇは引っ込んでろ。さぁ、早くしろ! でないと母親の命はねぇぞ!!」
ゴラムが乱暴にメリルの体をゆする。すると、目を覚ましたメリルが周囲を見て事態を把握し、アルの姿を見て叫び声をあげる。
「アル、来てはダメよ!」
「!! お母さん」
「私のことはいいから、だから、絶対こっちに来てはダメ」
「黙ってろ」
バキィ
容赦のない一撃がメリルの頬を捉え、再びメリルは気を失ってしまう。
「お母さん!!」
「お前......」
俺は湧き上がる怒りに震えながらゴラムを睨み付ける。
ゴラムはそんな俺たちの憎悪の視線を涼やかに受け流しながら、
「恨むんなら、金狼なんてのに生まれてきたテメェの運のなさを恨むんだなぁ。
普通の獣人に生まれてりゃあ、こんな風に母親や知り合いを巻き込むこともなかったんだ」
「ボクの......せい......」
「アル、耳を貸すな。お前は何も悪くない」
呆然と呟くアルに、俺は否定の言葉をかけるが、ゴラムは楽しそうに笑いながらなおも言いつのる。
「そうだ。お前のせいだ。お前が金狼として生まれてきたばっかりに、お前の母親はこうして人質にとられ、村の人間は魔獣の襲撃にさらされてる。村の連中からしたらいい迷惑だろうよ。
お前さえいなければ、こんな風に俺たちに襲われることだってなかったんだからよぉ」
アルは震えながら振り返り、集会所の方へと視線を向ける。
そこには、傷だらけの自警団や、おびえた表情を浮かべる村人たちの姿があった。
誰もゴラムの言葉に肯定などしていない。むしろ、自警団の面々は、アルを守ることに誇りを感じていたはずだ。だが、今のアルの精神状態では、そんな村人の表情を、悪い方へと解釈してしまうのは無理からぬこと。
「ボクのせいで......みんな傷つく......」
「アル違う。みんなお前のことを迷惑なんて思ってない。しっかりしろ」
俺は必死にアルに訴えかけるが、アルは震えるばかりで反応を返さない。
「まぁ、後々のことを考えれば、こいつら全員殺すことになるんだろうけどなぁ」
ゴラムがそういうと、盗賊団はさも遊び感覚とでもいうように楽しげに笑い声をあげる。
「さっき......ボクがいけば他のみんなは助けるって......」
「嘘だバーカ。てめぇは商品として売りさばく、残りの連中は憂さ晴らしに皆殺し。獣人なんて俺たちのストレス発散に使われるくらいがお似合いだぜ」
俺たちは怒りに打ち震えるが、メリルを人質にとられている以上迂闊に動けない。
スカイイーターもいまだに空から俺たちを見張っている。
「ギャハハハハ」
盗賊たちの下卑た笑い声が闇夜に響きわたる。
「みんな......みんな殺される......ボクのせいで......」
ドクン
「ボクが......生まれてきたから?」
ドクン
「ボクが......金狼だから?」
ドクン
俺がどんなに否定の言葉をかけても、アルは聞こえていないかのように一人ごちるばかり。
その瞳は、絶望に染まっていた。
俺たちが出会っていた頃よりも、さらに深い絶望に。
そして、
「あぁ......ボクは......生まれてきちゃいけなかったんだ」
アルがそう呟いた瞬間......。
ドンっという爆発音のような轟音がとどろき、アルの周囲を荒れ狂う魔力が飛びすさむ。
そして............絶望が目を覚ました。