2-36 開戦
俺と白石、さらに鐘の音を聞きつけたエルザが飛び出してきて、俺たちは駆け足で村の入口へと向かう。
すでに主だった自警団の面々は集まっており、俺はベンに近づいて話しかけた。
「ベンさん、鐘が鳴ったってことは......」
「あぁ、いよいよ来やがったらしい。サムが気配を感じとった」
ベンの視界の先には、大きな耳をピンと立てた兎の獣人がいた。
ベンはサムへと話しかける。
「サム、敵はどっちから来てる?」
「北から! まっすぐ俺たちのいる村の入口に向かってきてる。また空からだ。
魔獣どもの騒ぐ音が聞こえてくる。それに、地上からも馬の足音が響いてる。
どうやらイオリさんの言うとおり、今日の襲撃はこれまでよりもはるかに大規模らしい」
「なるほど。どうやってこちらの様子を嗅ぎ取ったのかはわからないが、敵もそれだけの勢力を割いてきたってことは、今日をしのげばおそらく次はないはずだ。
お前ら、聞いてたな! 今日が正念場だ! 気合入れろぉ!」
「「おぉう!!」」
自警団の面々が武器を掲げて雄叫びを上げる。
士気は申し分ないな。
俺がそう感じていると、ベンが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「村のみんなを大至急集会所に集めろ! 守備のメンツで何が何でも守り抜け!」
「任せてくれ! もう鐘をききつけてみんなそれぞれ集合してる」
「よし、イオリさん、敵の数を確認できるか?」
「できるけど、俺の能力は半径500m以内じゃないと効果を発揮できないから、サムか、目がいいやつに確認した方が早いと思う」
「分かった。サム、数は分かるか?」
「......分からない。音が多すぎる」
「そんなにか?」
「あぁ、多分100体はいる......」
「100!? バカな! そんな数、どうやって準備するってんだ!」
「そんなの分からない......けど、そうとしか言えない。とてもじゃないけど数えきれないよ」
ベンの顔に色濃い焦燥が浮かぶ。さすがにその数の襲来は想定していなかったらしい。
「くそ! 空から来るだけでも厄介だってのに、その上数もとんでもないぞ」
「ベンさん、落ち着いてくれ。あなたが動揺すればそれは他のみんなにも伝わるんだ」
俺が小声でつぶやくと、ベンははっとした表情で口をつぐむ。
そう、戦いはもう避けられないのだ。ならばここはどう立ち向かうかに全精力を注がなければいけない。弱気なことを考えても事態は何ら好転したりはしないのだから。
「地上を来ているのは恐らく盗賊団の連中でしょう。奴らはおそらく魔獣がこちらの戦力を削いでから戦いに参加しようと考えているはず。ですから、奴らが高みの見物を決め込んでいるうちに、魔獣を一層すればこちらに勝機はあります。」
「だが、さすがに数が......」
「大丈夫です」
俺は努めて冷静に振舞いながら、ベンを励ます。
「あなた方は強力な”獣覚”という力を持っています。そして、俺たち魔法使いも3人いる。
これだけの戦力があれば、弱い魔獣がどれだけ束になろうと恐れることはないですよ」
半分本当で半分ウソといったところだ。
聞いた範囲では、俺たちが旅の途中でまだ相手にしたことのない魔獣も含まれている。
そいつらにどれだけ自分たちの実力が通じるかはまだ未知数なのだから。
とはいえ、ここでそんな事実は必要ない。
必要なのは強気な思考と勝つという気持ちだけで十分だ。
「見えたぞ!!」
自警団の一人が指さす方向に目を向けると、そこには次第に大きくなる羽ばたく存在が見て取れた。
その数はサムの言うとおり100を超えているように見える。
しかし、俺たちは同時に、恐ろしい思い違いをしていたことにようやく気付く。
空飛ぶ魔物が100体いるということは、当然、その背にまたがり地上に降りるのを今か今かと待ち構える魔物たちも同数いるということに。
「無理だ......」
自警団の一人が青い顔でぼそりと呟く。
さきほどまで高かった士気も目に見えて萎んでしまっていた。
こちらの迎撃部隊は、俺、白石、エルザの3人に、自警団の中から獣覚を使いこなせる者のみを選抜したたった8名。
普通に考えれば明らかに戦力不足だ。
だが、俺たちがここであきらめたところで、襲撃がなくなったりはしないのだ。
俺は何か言って再度士気を高めなければと考えを巡らせようとするが、まさにその時、
「諦めるのか!」
ベンが叫びだす。
「確かに数の上では俺たちが圧倒的に不利だ。だが、それがどうした。逃げたところで背後を襲われ、余計に被害が増えるだけだ。ならば、俺たちのすることは何も変わらないじゃないか!」
ベンは俺たちをぐるりと見回し、
「自分の危険を顧みず、アルをここまで送ってきてくれた人たちを前にして、おめおめと逃げ出して、それで俺たちはこれから先、胸を張って生きていけるだろうか?
否! そんな3人が連れて帰ってくれたアルを......ロランさんの残した子供を俺たちが守らないでどうするんだ! 前を向け! 武器を取れ!
俺たちはみんな、本当はあの雨の日に死ぬはずだった。ロランさんに救われた命を、魂を、穢すような真似は許さん!」
敵影はどんどん大きくなる。高度を下げ始めた。背に乗る魔獣が殺到するのも時間の問題だ。
だが、先ほど一度は萎んだ空気が、急速に熱く膨らみだしたのを俺は感じていた。
「俺たちが獣覚という力をここまで使いこなせるようになったのは何のためだ。
彼の救ったこの村を、守るためだろう!? 今がまさにその時だ!」
「「おぉ!!!」」
「俺たちの村に手を出すとどういうことになるか、その身にしっかりと刻み込んでやれ!!」
「「おぉ!!!」」
魔獣たちが地上に降り立ち、口々にやかましくわめきながらこちらへと駆けだしてきた。
背に乗っていた魔獣が下りると、空飛ぶ魔獣”スカイイーター”は再び空へと舞いあがる。
『テレパス』
俺は合計9本の魔力の糸を伸長させ、一本を一筆書きで、それ以外を個別に各員に接続する。
(みんな、聞こえるか。テレパスを発動したから、連携や不測の事態に使ってくれ)
(((了解!!)))
事前の手筈どおりにテレパスで全員の意思疎通をやりやすくし、俺はさらに次の展開に備えて魔力を練り上げる。
100体を超える魔獣の軍勢は、こちらの人数を見てバカにするような喚き声や唸り声をあげながら近づいてくる。
村まであと100mを切った。
俺は鷹の目を発動して空の魔獣の様子も視界に捉えながらタイミングを見計らう。
数がどれだけ増えようと、俺の戦い方は変わらない。
予測不能の初見殺し。さあ、泡を食らってもらおうか。
(いくぞ!)
『ゲート』
俺はゲートを多重展開し、それぞれが自分の真横に現れたゲートに即座に飛び込んだ。
次の瞬間、彼らは魔獣たちの真横、後方に姿を現す。
(出し惜しみはなしだ!! 最初の一撃で削れるだけ削れ!!)
「ティナ!!」
「クルアァ!!」
「サラマンダー、力を貸してちょうだい」
「カアァァァァァ」
白石とエルザはさすがの速さで俺が呼びかけるころにはすでに相棒を召喚して攻撃を発動しようとしていた。
遅れることほんの一瞬、ベンを筆頭に自警団の面々も、おのが力を解き放つ。
「「「「「獣覚」」」」」
ドンっと音がしたかのような感覚を覚えてから、たちまちのうちにベン達の魔力が爆発的に膨れ上がる。そして、それぞれの持つ獣の特性が体を覆い始め、犬、虎、兎、鹿、熊の本能が解き放たれた。
四肢の筋肉が膨れ上がり、牙や爪が鋭く伸び、見た目が人間から獣のそれへと近づいていく。
鋭い目で獲物を睨み付け、すさまじい勢いで敵を滅ぼさんと飛びかかる。
「グギャアァアアアァ!!」
魔獣の軍勢の後方から悲鳴が響き渡る。
俺は転移魔法による初手の奇襲が成功したのを感じとり、一人残された村の入口前でニヤリと笑みを浮かべるのだった。
さぁ、開戦だ。