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2-35 宝

 言葉がでない。

 メリルの話を聞いた俺に浮かんだのは、その一言だった。


 彼女の旦那さんの話を聞いて、無性に胸が熱くなり、思うように言葉を紡ぐことができない。

 それは話を聞いていた他の者も同じようで、白石は気づかぬうちにつぅっと一筋の涙を流していた。

 エルザも穏やかな微笑を浮かべて、黙ってメリルの方を向いている。


 メリルはロランの顔を思い浮かべながら言葉をついだ。


「こうして私たちはこの村でともに暮らし、アルという子宝にも恵まれました。

 しかし、アルが5歳のときに彼は病に倒れ、亡くなってしまったのです。

 彼以上に医術の心得のあるものはこの村はおろか、この国にもいませんでした。それほどに、彼は医術に通じていたのです。

 彼にできるのは、病の進行を彼自身の魔法で遅らせることだけでした」


 俺たちは誰一人言葉を発することなく、メリルを見つめるばかり。


「ロランは自らの学んだ医術を、隠すことなく開示してこの国の医療の発展のために尽くしてくれました。しかも、それを自らの手柄にしては余計な混乱を招くと、この村の医者を志す若者に口伝で伝えながら、最終的に1冊の書物をまとめ上げたのです」


 そういって、メリルは本棚から一冊の分厚い本を手に取って俺たちに見せる。

 そこには、薬の製法や治療の方法などが細かくまとめられていた。


「この本のおかげで、この国の医療は10年進歩したと言われています。

 今、この国で医療に携わるもので、この本を目にしたことがないものはいないでしょうし、普通の民家にも、家庭の医学書として簡略化されたものが行き渡っているほどです。

 しかし、それだけ有名な本にもかかわらず、著者の正体はいまだに謎とされています。

 私たちが誰一人、真実を口にしていませんから」


 俺たちの顔から、どうして真実を明かさない?という疑問の意図を汲んで、メリルはさらに続ける。


「真実を誰かが明かせば、いずれこの村にも人々の興味がうつり、最終的にアルに行きつく。

 彼はそれを危惧し、村人もその遺志を守ってくれているのです。

 彼の名誉と、彼の残した宝であるアルトリアを、せめて成人するまでは穏やかに暮らさせてあげたいと、皆がそう願ってくれているんですよ」


 金狼という存在は、獣人にとっては希望の象徴。

 人間への対抗のシンボルとして国を挙げて祀り上げられるかもしれない。

 ロランという人間と確かな絆を結んだこの村の人が、彼の子供であるアルトリアを、人間への憎しみの象徴にさせたくないと考えるのは、自然なことだろうと俺は思った。


「そしていよいよ死期が近いと悟ったのか、彼は私にあのペンダントを渡して、『これがいつかアルを守ってくれる』。そう言い残した翌日に、眠るように息をひきとりました。

 彼の真意は分かりませんが、アルが危ないときに皆さんに助けていただけたというのが、まさにそのことだったのかなと思います」


「本当に立派なご主人だったんですね」


 白石が涙ぐみながらメリルに語りかける。

 メリルはそんな白石を見ながら優しい笑みを浮かべ、


「そうですね。本当に素晴らしい人でした。

 今もなお、彼への想いは微塵も薄らぐことはありません。

 それは他の村人も、アルも同じです。アルが自分のことをボクというのは、主人のことを真似ているのでしょうね。そうすることで、主人との思い出を大切にしてくれているんだと思います」


 眠っているアルを慈しむように見つめ、メリルはそう呟く。

 

「そういうことだったんですね」


 俺もアルの言動への疑問に合点がいった。

 あれはお父さんの一人称を真似ていたのか。

 そう思うと、アルのロランさんへの想いが感じられ、より一層アルを守らなければという思いが強くなるのを感じた。


「必ずアルを守ります」

「私も」

「えぇ」


 白石とエルザもやる気満々といった様子で合いの手をいれてくれる。

 メリルはそれを見て嬉しそうに笑みを浮かべ、


「本当にありがとうございます。ただ、どうか無理をなさらないでくださいね。

 命よりも大事なものなんて、この世にはないのですから」


 それから俺たちはしばらくメリルと談笑を終えた後眠りについた。

 その夜は、盗賊団や魔物の襲撃はなく過ぎていく。

 見張りに立つ者たちは不思議がっていたが、俺にはそれが嵐の前の静けさにしか思えないのだった。


 翌日、俺たちは昨晩見張りに立っていたもののかわりに村の入口近くで見張りを行っていた。

 とはいっても、俺には”鷹の目”があるので、ゆったりと腰を降ろしながらという楽な姿勢でではあるが。


 昼になっても特に敵の襲来する様子はなかったので、交代の村人が来ると、俺たちは一旦オラクルに戻って、村人用の武器を見繕った。


 別に俺と白石で全額出してもよかったのだが、ベンを筆頭に自警団の面々はそれを固辞し、俺にこれまでに貯めていた資金を手渡して希望する武具を頼んできた。

 まぁ、俺が買えば3割引きになるわけだし、無理にこちらがお金を出す必要もないので了承して武具を買い揃えていく。

 結構な重量になったが、そこはゲートで一瞬で移動して武器の調達も完了した。


「済まない。イオリさん、ここまでお世話になってしまって」

「気にしないでください。同じ目的のためなんですから」

「......ありがとう」


 そんなやり取りを交わしながらも穏やかに時間は過ぎ去り、ホトリ村で2度目の夜がやってきた。

 夕食を摂り終え、それぞれが自宅の中で時間を過ごす。

 俺は風を浴びようと外に出る。アルの家の扉を開けて外にでると、白石が2本の脇差で素振りをしていた。


 握り始めの当初のぎこちない動きではない。きちんと敵の動きまでイメージに組み込んでいるのか、時折攻撃を捌いたりかわす動作を見せている。

 一連の動きが終わり、ふぅっと一息ついたところで声をかける。


「精が出るな」

「びっくりした。いきなり話しかけないでよ」

「悪い、イメトレの邪魔しちゃ悪いかと思って黙って見てた。かなり動きは様になってきたよな」


 俺がそういうと、白石は嬉しそうな表情を浮かべる。


「そう? でもまだまだね。エルザを相手にイメージすると、やっぱり最後には負けちゃうの。

 精霊の力ってすごいわね。エルザが本気を出したら30秒も持ちこたえる自信はないわ」

「そういう判断を冷静にできてるだけ成長してるんじゃないか?

 それに、勝つじゃなくて持ちこたえるって言ってるあたり、自分の役割をしっかりと理解できてる証拠だろ?」

「そうね。でも、はやくエルザ相手でも渡り合えるようにならないと。あたしは攻めを捨てて守りに集中しているんだし」

「頼りにしてるよ」


 俺の言葉を聞いて白石はポカンとした表情を見せる。


「どうした? なにか俺変なこと言ったか?」

「いや、なんていうか、急に頼りにしてるなんて言われたから」

「お前がここ最近で強くなってるのは一緒に旅をしてるやつらならみんな知ってるさ。

 ティナとのコンビは間違いなく強いと思うしさ」


 俺はそういって空を見上げる。

 雲一つない雲には、数えきれないほどの星々が瞬き、俺たちのいる世界を薄明るく照らしていた。

 白石も俺を見て、同じように夜空を見上げる。


「きれいね」

「あぁ」

「小倉にいたころにはこんなに綺麗な星空見れたことなかったわよね」

「そうだな。夜になっても割と明るいし、PM2.5とか黄砂で空気も汚れてる方だしな」


 俺たちは久々の地元トークに花を咲かせながら星空に見入っていた。

 しかし、そんなひと時を切り裂く音が響き渡る。


 カンカンカンカン


 それは敵の襲来を告げる鐘の音。


「来たか」


 決戦は、もうすぐそこまで迫っていた。


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