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2-33 安らぎの鈴

「あったのか......」


 ロランが聞くと、お医者さんは重苦しい雰囲気で首を縦に振りました。


「もう村人の全員にこの病気の根源が行き渡っていると考えてくれ」

「なっ」

「それくらい感染力が強いんだ。いずれこの診療所では収まりきらなくなる......あそこだ。

 あそこの建物に場所を移してくれ。あそこを臨時の収容施設にしよう」

「待て。そうしたとして、薬がない」

「薬は素材があれば僕が作れる」

「なに?」

「僕は医者だ。製薬の心得も持っているから」

「待て、貴様を信用しろというのか!?」


 村長はプライドが許さないというような顔でロランを睨み付けます。


「そうだ。もう一刻の猶予もないんだ。僕が素材を教えるから、まだ動ける人たちを総動員して素材を集めてきてくれ。僕はその間、魔法で病気の進行を食い止めるから」

「魔法を使う? 信用ならぬ人間の魔法など受けては、それこそ病が悪化しかねんではないか」


 そう、獣人の間では、人間の使う魔法を受けると、むしろ病が悪化するという噂がまことしやかに広まっていました。

 結局、これも人間への恨みと恐怖が生み出した歪みの一つなのでしょうね。

 事態がこれほど急を要しているというのに、当の村長たちはプライドやロランへの不信から行動を起こそうとしてくれません。


 しびれをきらしたのか、ロランが村長さんの首筋を両手で掴んで詰め寄りました。

 その顔は、怒りと悲しみがごちゃごちゃに混ざり合ったような、そんな顔でした。

 

「いい加減にしろ......」


 ロランの口からぼそりと零れ落ちました。


「いつまで獣人だ人間だってくだらないことで迷ってるんだ!

 このまま対処が遅れればこの村は全滅だ。でもまだ助かるんだ。

 その術を僕は知ってる! 頼むから......救える命なんだよ......助けさせてくれ......」

「なぜだ。なぜ我々にそこまでして手を貸そうとする?

 貴様は人間だろう? 我々がどうなろうと歯牙にもかけぬ連中ではないか......」


 村長の口からそんな言葉がこぼれます。村長も、ロランの本気を感じ取ってはいるのでしょう。

 しかし、そんなロランの様子が、これまでの自分の知る人間とあまりにかけ離れているから、漏れ出た言葉のようでした。


「僕はあなた達に救われた。人間がこれまであなた方にしてきた所業を知ってなお、私をこの村にとどめ置き、療養することを許してくれた。

 そんな大恩を受けながら、助ける術を持ちながら、見過ごすような下種な真似は僕にはできない。

 それに......それに......」


 ロランは悲痛な表情で次の言葉を紡ぎました。


「メリル......メリルも同じ病を発症しているんだ......」


 あぁ、やっぱり私も感染してしまっていたのか。先ほど感じた首筋の発疹の手触りを思い出しました。

 村長もお医者さんも、知らなかったのか動揺を浮かべていました。


「僕の最大の命の恩人である彼女も同じ病に侵されている。

 これでもまだ僕の言葉を疑いますか?

 僕の命は彼女のものだ。彼女に誓って、僕の発言にウソはない!

 治療が終わった後、僕はすぐに村を出ていきます。だから、今回だけでいい。

 忌まわしい人間の、僕の......彼女が救った命の言葉を信じてください!!!]


 ザアァーーーーーーっ


 雨はとめどなく降り注ぎます。

 濁りきった雨雲は、人間と獣人を取り巻く負の感情を表しているかのようにその時の私には感じられました。しかし、ロランが思いの丈を叫んだ丁度その時、ぽっかりと雲が切れ、そこから一筋の陽光が差し込み地を照らしたのです。


 陽の光はちょうどロランを照らすように地に降り注ぎ、それはまるで、ロランという人間が獣人との負の連鎖に小さな風穴をこじあけたかのように私には感じられました。


「どうすればいい?」


 村長がロランに問いかけます。

 ロランは一瞬笑みを浮かべたあとすぐに真剣な表情になり、てきぱきと指示を飛ばしていました。

 一通り段取りが済んだのか、村長とお医者さんが勢いよく行動を始めます。


 ロランも元来た道を引き返そうとしてこちらを振り返り、私を見つけて驚きの表情を浮かべた後、焦った表情でこちらへと駆け寄ります。


「メリルさん、安静にしてないとだめじゃないか」

「......ごめんなさい。あなたのことが心配だったものだから......」

「何をいっているんだ。そんなことより、さぁ、いったん家に戻ろう」

「えぇ......ふふふ」

「どうかしたのかい?」

「いえ......さっきのロランさん、すごくかっこよかったなぁって」


 私の顔は病気によるものか恥ずかしさによるものか真っ赤になっていました。

 けど、言わずにはいられなかった。それほどに先ほどの彼は本当にカッコよかったから。


「恥ずかしいところを見られたな」

「えぇ。だから......みんなを、私を助けてね」

「......必ず」


 それから一旦私たちは家に戻り、軽い身支度を済ませて集会所へと向かいました。

 診療所で休んでいた人たちに加え、続々と不調を訴える人々が現れ、あっという間に診療所の中は病人であふれかえりました。


「素材は!?」

「ケラの実とシャラの葉はあった! だがカダの花がない!」

「急いで取りにいかないと!近くに生えている場所は!?」

「あるが......往復で2日かかる」

「......ギリギリか。まだ症状が出ていなくて足の速い人は?」

「5人じゃ」

「分かりました。彼らにケラの実とシャラの葉を持たせてください。効果は薄いですが、カダの花と一緒に口にすることで病気の進行を抑制できます。これで戻るまでに手遅れになることはないでしょう。

 こちらは、ボクがもたせます」

「わかった」


 村長さんが薬の素材の確保に向かう若者を送りだしました。残るは、すでに発症した者といずれ発症する者たちだけ。


「いいですか、皆さん」


 ロランが語りかけます。


「皆さんはこれまでに出くわしたことのない集団感染に不安が募っていると思います。

 でもどうか安心してください。この病気は治せます。

 私はこれからある魔法を使いますが、皆さんには決して害はありません。

 人間に思うところはあるでしょう。ですが、どうか今は、今だけは僕を信じてください。

 僕は必ずみなさんを助けますから」


 そう言って、ロランは何やら小さな声でおまじないのような言葉を唱えていました。

 そして、


『安らぎの鈴』

 

リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン......リーーーーン


 それは、私がさっき夢のなかで聞いていた鈴の音でした。


 ロランを中心に、清らかな鈴の音が収容施設を満たします。

 先ほどまで不安に駆られていた雰囲気が、次第に和らいでいくのが感じられました。


「きれいな音......」


 どこからかそんな呟きがこぼれていました。

 だれもそれを否定する者はいません。むしろ、言葉を発するのも忘れて、その清らかな音色に皆耳を傾けていました。


 いつの間にやら、体の不調を忘れ私たちは深い眠りへと落ちていきました。

 病気のことなどすっかり忘れ、ただひたすらにその涼やかな音色を聞いていたいと願うかのように。


 この鈴の音を聞かせるのが、彼の恩寵だったと後に聞きました。

 鈴の音を聞く者の心を鎮め、病の進行を遅らせる。

 それが彼の恩寵”安らぎの鈴”の能力だったのです。


 しかし、進行を遅らせることはできても、完治させることはできません。

 病は確実に進行するし、薬の素材が間に合わなければ手遅れになる。

 彼はそれから素材が到着するまで、文字通り不眠不休で魔法を使い続けました。

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