2-31 亡き夫との出会い
ベンたちと防衛および迎撃の段取りを確認し、俺たちはアルの家に戻った。
メリルが料理を作ってくれて、ひと時の団欒を楽しむ。
アルは久々のお袋の味に喜びもひとしおといった様子だ。
実際、メリルの作る料理は本当に絶品だった。高級な食材などは一切使っていないはずなのに、しっかりとした味付けで王城やオラクルの高級料理店とも違う、心温まるといった言葉が一番しっくりくる味だった。
「にいちゃん、にいちゃん! これめっちゃおいしいっちゃけど!!」
「そうだな。つい食べ過ぎちゃいそうだ」
「ねぇ、メリルさん。どんな味付けをしたらこんなにおいしくなるんですか?」
「私も気になるわね」
白石とエルザがメリルを質問攻めにしている。メリルはおかしそうに笑いながら、
「何も特別なことはしていませんよ。食材も週に1回くる行商人の方から買っているいつものものですし。しいて言えば、ちょうど今日買い物したので、鮮度がよかったんじゃないかしら」
「鮮度だけでこうも美味しくなるはずないわ。コツを教えて!」
「そうですね......食べる人の顔を思い描きながら作って、みんなで食べるからではないかしら?」
「?」
「月並みな言い方かもしれないけれど、アルがいない間に食べた食事の味を、私は覚えていません。
本当に、ただ生きながらえるためだけに口に運んでいただけだったと思います。
でも、こうしてアルや皆さんと食べる食事は、すごく......ものすごく美味しいです。
きっと、料理ってそういうものなんでしょうね。私自身、今日の味にはびっくりしているの。とっても美味しいわ」
そういって作った料理を口に運び、満開の笑顔を見せるメリルに、白石もエルザもつられて笑顔を浮かべていた。
食事も終わり、村は静寂を迎える。
自警団が夜警として数人見張りにたち、それ以外の者はそれぞれの家で眠りにつくまで思い思いに時をすごしていた。
愛姫とアルはそうそうに眠りについている。
俺たち大人組(?)は、メリルと自分たちの住んでいた世界の話などで談笑していたが、不意に白石が思い切った様子でメリルに踏み込んだ。
「メリルさん。旦那さんのお話を聞いても......いいですか?」
聞いてはいけないことなのかもしれない。故人のことを残された者に聞くというのは、なかなかに勇気のいることだ。ひょっとしたら、触れられたくない傷をえぐることにもなりかねないのだから。
でも、俺もどうしても聞きたかった。獣人を愛した人間、そして、俺たちと接した村人たちの態度から、アルの父親の生き様をどうしても知りたかったのだ。
メリルは一瞬驚いた様子だったが、フッと表情を和ませ、遠い日々を思い起こすように視線を泳がせる。
「そうですね。皆さんにはお話しした方がいいでしょうね。私の夫、ロランのことを」
そう言って、メリルは亡き夫、ロランとの日々を訥々と語り始めた。
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あれはちょうど10年前。
私は村のはずれの森に木の実を取りにでかけました。
1時間ほど無心で収穫し、村へ戻ろうとしたとき、ふと気配を感じてその感覚の導く方へと歩いていくと、行き倒れている人間の男を見つけたのです。
見れば、体中に傷を負い、意識もなく、放っておけば間違いなく死ぬだろうと感じられました。
私は迷いました。話に聞く人間とは、獣人をまるで玩具かなにかのように扱い、それになんの罪悪感も抱かぬ鬼畜な連中と聞いていましたから。
しかし、見殺しにすることに引け目を感じ、私はその人を村に連れて看病することにしました。
幸い、その人は背丈からは考えられないほど軽く、女とはいえ獣人である私一人でなんとか抱えられる重さだったので、人手を借りずに済みました。
そして、人目につかないように家の中で看病を続け、3日ほど経ったころでしょうか。
彼がようやく目覚めたのです。
ひどく衰弱していたので、とにかく食事を与え、気力が回復できるように努めました。
その間、傷が悪化しないように傷薬もこまめに塗っていましたね。
数日で彼は体を起こすことができるようになりました。
それまでは喋ることもできなかったのですが、私が食事を作って食べさせるときに、
「ありがとうございます......」
ポツリとそう一言零しました。
「......気にしないで。今はとにかく食べてください」
思えば、あれが彼と交わした最初の言葉ですね。
私の両親はすでに亡くなっていたので、残された家で一人暮らしをしていました。
おかげで、看病の間は他の村人に見つかることもなく過ごすことができましたね。
1週間ほどすると、かなり回復したのですが、魔法で自分の傷を治し始めたときは本当に驚きました。 なにせ、それまで人間と接したこともなかったので、魔法を見るのも初めてでしたから。
「すごい......」
私が思わず目を奪われていると、
「あの......助けてくれて、本当にありがとうございました。
おかげで魔力も回復して、傷を癒すことができました。
あなたは私の命の恩人だ。名前をお聞きしてもいいでしょうか?
私は、ロランといいます」
「......メリルです」
「メリルさん......ですか。良い名前ですね」
そう言って初めて彼の笑顔を見たとき、思わず見惚れてしまったのを今でもよく覚えています。
彼の笑顔は、これまで話に聞いていた人間からはおよそ想像もつかない、無垢で穢れのないものに見えました。
それから人間の世界の話や、私のこれまでの日々などを話しているうちに、ロランと次第に打ち解けていきました。傷が癒えたとはいえ、まだ全快とはいかないようで、もうしばらく療養すべきと私が言うと、ロランは申し訳なさそうにしながらも従ってくれました。
しかし、そんなある日、私の不注意で家を空けたときにうちを訪ねた村人にロランが見つかり、大騒ぎになりました。
「人間がいるぞ!!」
「なにぃ!?」
「どこだ!!」
「メリルの家だ!!」
「メリルが危ない! すぐ行くぞ!!」
たちまち村中にロランの存在が知れ渡り、私が家に戻ると人だかりができていました。
普段優しい村人たちが見たことがないほど殺気立ち、ロランを今にも袋叩きにしそうな雰囲気で取り囲んでいたのです。
「みんな、待って! その人は悪い人じゃないわ!」
私はこれまで接した中で、ロランが決して悪人ではないと確信していたので、彼のそばに駆け寄って庇いました。
「メリル、目を覚ませ! 人間を庇うなんて何を考えているんだ!! そこをどけ!!」
当時の村長が、一歩進み出て私をロランから引きはがそうとしましたが、
「嫌です。この人をどうするつもりですか」
「我々獣人の敵だ。こいつら人間に我々獣人の同胞がどのような目に遭わされているか......。
お前も知らないわけではないだろう!」
「もちろんです。でも、この人はそんな人じゃありません!」
「そんなことはどうでもいい! 人間は我々の敵なのだ!!」
「そうだ!! 殺せ殺せ!!」
私は村人たちの殺気だった目に戦慄しました。
普段私にやさしく、おだやかに接してくれる人たちとは思えないほど、その顔には憎悪、そして恐怖が色濃く映し出されていましたから。
その表情こそが、これまでの人間と獣人の関係を物語っているのだと悟り、私は思わず動けなくなってしまったのです。
すると、すっと私の肩に手が触れ、見るとロランがこちらを見つめて無言で首を振るのです。
「メリルさん、今まで本当にありがとう。あそこで死ぬ運命だった僕を、ここまでずっと介抱してくれて、本当に感謝しています。
これ以上あなたに迷惑はかけられない。人間があなた方獣人にしてきた仕打ちに関する報いと思えば当然のこと。あなたが気に病む必要はありません」
そういって彼はスッと立ち上がりました。
「ご迷惑をおかけしてすみません。抵抗するつもりはありませんので、どうかこの方には何もしないであげていただきたい。彼女はただ親切心で私を助けてくれただけです。どうか......」
「メリルは大事な村の同胞だ。手荒なことなどするはずがなかろう」
「ありがとうございます」
「さぁ、ついてこい」
「はい」
その時、一瞬彼と目が合いました。
しかし、彼の目には、これから遭うであろう凄惨な仕打ちへの恐怖など一欠片も見えないように感じました。むしろ、なにやら安堵のような色さえ見えたのです。
そう感じたとき、私はもう無我夢中で駆けだしていました。
彼の腕をひっつかんでこちらを向かせ、思いっきり、それは力の限り彼の頬をひっぱたいてやりました。
「卑怯な真似をするんじゃないわよ!!」