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2-30 ホトリ村

 アルと母親の再会の半時ほどたった後、俺たちはアルの実家で腰を降ろしていた。


「皆さん、この度は私の娘、アルトリアを助けていただいたのみならず、こうしてホトリ村までお送りくださいまして、本当にありがとうございました」


 そういって、アルの母親が両手を床について感謝を述べる。


「気にしないでください。アルから話を聞いて、この村も危ないと思って急いでやってきましたが、無事でよかった」

「本当に......ありがとうございました。あっ、私ったら恩人の方々に名乗りもせず......アルトリアの母のメリルといいます。」


 そういってもう一度深々とメリルはこちらにお辞儀した。

 メリルはどうやら狐の獣人らしい。アルよりも大きく尖った耳に、フサフサとした尻尾をしている。

 オレンジがかった金髪に、スラリとスタイルの良い体、人間の目からみても間違いなく美形だ。


 俺たちもそれぞれ自己紹介を済ませ、もてなしに出された飲み物とお茶請けを口にして一息つく。


「そうですか。アルが首飾りを奪われそうになったときに助けていただいて......」

「えぇ。大事な宝物だって言ってました」

「そうですね。その首飾りはアルの父、亡くなった私の夫が今際の際に託してくれた物だったんです。

 いつかこれがアルを守るって......。本当にアルを守ってくれたんですね」


 メリルはそういって、目に涙を浮かべる。

 旦那さんのことを思い出しているんだろう。


 しばらく談笑して打ち解けた後、俺は本題を切り出した。


「メリルさん。せっかくのアルとの再会を邪魔するようで悪いんですけど、ここ最近、このホトリ村は何者かに襲われていると聞いています。目的はおそらく......アルでしょう。これまでの状況などを教えてもらえませんか?」

「分かりました。私の分かることはすべてご説明いたします」


 そういって、メリルはアルが攫われてからの日々を説明してくれた。

 それによると、特にここ数日、連日魔獣がホトリ村を襲撃してくることが増えたようだ。

 そのせいで村人に疲労が蓄積し、防衛を維持できるのも時間の問題というところまで事態は切迫していたらしい。


 俺たちと対峙した村人たちも、疲労の色が濃かった。

 休む暇を与えずに肉体的、精神的に削る手口がビルス達によるものだと匂わせ、俺たちの推論は確信へと変わっていく。


 おそらく、近日中に大規模な襲撃があるだろう。その時は、魔獣だけじゃなくて盗賊団も姿を現すはず。決戦はもうすぐそこまで近づいてきているという感覚が俺の中で高まる。


 俺は他にもいくつか確認したいことがあったので、質問を続けることにした。


「そういえば、さっきベンや他の村人が、急により獣っぽく姿を変えたんですけど、あれは一体なんですか?」

「あぁ、あれは”獣覚”です」

「”獣覚”?」


 俺が聞き返すと、


「獣人特有の技能です。身体的特徴となっている獣の特性がより強まるのです。また、身体能力も飛躍的に向上します。瞬発力、膂力はもちろんのことですね。

 例えば、ウサギの獣人であれば、聴覚も凄まじく鋭敏になり、索敵能力が格段に高まります。

  だいたい12歳くらいの時に皆発現するのですが、反動が大きいため、使いこなせるものはそのなかでも一部に限られてしまいますが......」

「反動?」


「はい。獣本来の能力を獣人が発揮するというのは、本能を解放するということと同義です。しかし、それによって理性が極端に抑制されたり、肉体が身体強化に耐えられずに獣覚が解けた後に動けなくなったりと、代償がかなり大きいのです。

 ですから、獣覚を使うことはできても、使いこなすこととの間には天と地ほどの隔たりがあるのです」

「なるほど。ベンは使いこなしているように見えましたけど?」

「そうですね。ベンはこの村で一番の獣人です。血のにじむような努力で獣覚を使いこなすことができるようになりました。他にこの村で使いこなせるのは4人といったところですね」


 ということは、他の村人は獣覚できたとしてもあまり戦力として期待しないほうがいいな。

 肉体的な反動ならばまだいいが、理性が極端に抑制されるっていうのはかなりネックだ。

 見境なく暴れだしたりしたら味方にまで対処しなくちゃいけなくなる。


「説明してくれてありがとうございます。おそらくですが、アルを狙う連中は、近日中にこちらに大規模な襲撃に来る可能性が高いと俺たちは踏んでます。なので、その対策を立てたいんですけど、ベン達と話すことはできますか?」

「もちろんです。すぐにベンに話してきます。少々お待ちください」


 そういってメリルは家を出ていった。しばらくすると、メリルはベンを引き連れて戻ってきて、


「すぐに話を聞きたいそうです。自警団の主だった面々も召集するそうですので、ベンとともに村の集会所にお願いします」

「分かりました」


 こうして俺たちはアルをメリルに預けて集会所へと向かう。

 村の中央にある一回り大きな建物に入ると、そこには先ほど俺たちと対峙した面々が一同に会していた。


「イオリさん。こいつらがこの村の防衛にあたってる自警団だ。村を襲ってる連中についての説明、よろしく頼む」

「分かりました。......その前に、皆さん連日の襲撃で限界でしょう。ちょっと待ってください」


 俺は一際疲れの見える獣人に歩み寄り、言霊を唱える。


『疲れを癒せ キュア』


 すると、獣人の周囲をほんのりとオレンジがかった魔力が包み込み、次第に先ほどまで疲れでだるそうにしていた男の血色がよくなり、最後には先ほどまでの倦怠感が嘘かのように溌剌とした様子になる。


「どうですか?」

「......あぁ、あぁ!! 疲れが吹き飛んだ! また何日でも戦えそうだ!」

「よかったです」


 獣人はガバっと立ち上がるや、ぴょんぴょんとその場で軽快にジャンプし、自分の疲れがとれたのを確認すると嬉しそうな表情を浮かべる。


 ベンや他の自警団の面々はそれを見て目を丸くして、


「あんたは治癒魔法を使えるのか?」

「えぇ。これから皆さんの気力を癒しますから、順番に待っていてください」


 そうして、俺は20人ほどの自警団全員に気力回復の治癒魔法と、怪我を負った者には通常の治癒魔法をかけていく。

 俺たち日本からこの世界に転移した人間は、魔力がこちらの世界の人間に比べて格段に多いとエリィは以前言っていた。実際、これだけの人数に魔法を施しても、大した精神の疲労は感じていない。

 そもそも、これまでの移動でも転移魔法のバーゲンセールのごとき発動でぶっ飛ばして来たわけだし、魔力がこのくらいで枯渇するようなことはないだろう。


 ちなみに、怪我などの回復に使うのが”ヒール”、気力回復は”キュア”と使い分けることで俺はそれぞれの効果をイメージしやすくしている。


 全快した自警団の面々は、俺に口々に感謝を述べ、握手を求めてきた。

 俺はむずがゆい感覚を覚えながらそれに応じ、落ち着いたところで車座で腰を降ろす。


「さて、こちらの傷や怪我がすっかり癒えたところで、イオリさん、本題にはいりましょう」

「えぇ。すでにお聞きの人もいるかと思いますが、俺たちはこの村に、近いうちに大規模な襲撃があると踏んでいます。目的は、金狼であるアルの再度の誘拐。

 俺たちはこれ以上アルにつらい思いをさせたくない。協力してもらえませんか?」


 俺の言葉にベンは真剣な面持ちで、


「アルはこの村の、いや、獣人の宝だ。それをもう2度と奪わせはしない。イオリさん、本来こちらから助力を乞うのが筋というもの。加勢していただけると考えてよいのだろうか?」

「もちろんです。俺たちも盗賊および魔獣の掃討に協力させてもらいます」

「......感謝する」


 そういうと、ベンを筆頭に自警団の面々がこちらに深々と頭を垂れた。


「では協力すると一致したところで、戦力を把握したいのですが、獣覚を使いこなせるのはベンさんの外に誰がいますか?」


 俺の質問に、4人の獣人がすうっと手を挙げる。


「分かりました。俺たちと、獣覚を使いこなせる5人が主攻を担いましょう。

 残りの方々は、村人の保護に努めてください」

「待ってくれ。俺は短時間なら理性を保って獣覚を使える。俺も主攻に加えてもらえないか」

「俺もだ」


 俺の進行に、3人の獣人が待ったをかける。これまで幾度となく襲撃を加えられ、腹に据えかねているのだろう。

 俺は3人の気持ちを汲みながらも、ここは首を横に振る。


「すみませんが。おそらく次回の襲撃はこれまでとは規模が違います。そのなかで短時間しか獣覚をつかえないとなると、後々こちらの弱みになりかねません。

 お三方は、村人保護の陣頭指揮を担ってもらえませんか? むしろ、その獣覚は防御の切り札として使ってもらった方がいいかと思います」

「俺もイオリさんの意見に賛成だ。獣覚が切れて反動で動けなくなったところを敵に囲まれたら一たまりもない。そんな形でお前らに命を散らしてほしくないからな」

「......分かりました」


 3人は悔しそうな表情を浮かべながらも引き下がる。

 その悔しさも、自分の力不足を痛感する故のものだろう。

 ここで自分の実力を過信して無理やり割って入ろうとしないだけ、今後の伸び代は大きいといえるだろうな。


 俺はそんなことを考えながら話を進める。


「これまでの魔獣の襲撃ではどんな魔獣が来てましたか?」

「ホブゴブリンやゴブリンリーダー、ハイコボルト、リザードマンが中心だった。そいつらを空からスカイイーターが運んでくるんだ」

「空から?」

「あぁ、俺もこの目で見るまでそんなことが起こるなんて信じられなかったが本当だ。

 スカイイーターは空でこちらの戦闘を見ているだけで仕掛けてくることはなかったな。

 運ぶためだけにいるって感じだ」

「なるほど......」

「イオリさん、なにか思うことがあるのか?」

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