2-29 到着と再会
その夜、俺はしがみつきながらすやすやと寝息を立てる愛姫の頭を優しく撫でながら、目を閉じて恩寵に語りかける。
(また遅くに悪いな。起きてるか?)
(......ヘァ? ワレカ。イカガイタシタ?)
(また新しい願いを叶えてほしくてさ)
(サヨウカ。サイキンハ ワレトハナスコトガ フエテキタナ。シテ、ネガイトハ?)
(あぁ、まずは、探知能力だな。相手の魔法の痕跡を探したり、追跡する力が欲しいんだけど、できそうか?)
(ナルホド。コレマタ オモシロイチカラヲ ホッスルモノダナ。モンダイナイゾ)
(よかった。それと、会話を録音できるような能力を魔込めの腕輪に保存したいんだけど、そういう能力ってあるか?)
(フム、ワレノ シルカギリデハ ソノヨウナ ノウリョクニ ココロアタリハ ナイナ。ダガ、ネガイヲ カナエルコト ジタイハ サホド ムズカシクハ ナイゾ)
(そうか。どうするかな。じゃあ、録音・再生機能を物に付与する能力ってことで)
(アイワカッタ。ワレノ ネガイヲ カナエヨウ)
こうしてこれまでのように魔法陣が現れ、弾けて消えた。
(ありがとう。助かったよ)
(キニスルナ。トコロデ ワレヨ)
(ん?どうした?)
(ワレハ ネガイヲ ノゾムトキイガイ ワレニ ハナシカケテコヌナ)
(......そういえばそうだぁ)
(ベツニ ソレデモ カマワヌガ、ネガイヲ イウトキシカ ハナシカケラレヌ トイウワケ デハナイノダゾ)
(あ、あぁ)
(マァ イッコウニ カマワヌノダガナ)
(わ、分かった。これからは気が向いたら普段も話しかけることにするよ)
(......ソウカ。アイワカッタ。ソレデハ ユックリヤスム ガヨカロウ)
(あぁ、おやすみ)
会話を終えて目を開ける。
......最近当初のキャラが崩壊してきてないか?
ともあれ、これで黒幕対策用の恩寵の準備もできた。用途はかなり限定的になるだろうけど、今後使い道がないかと言われればそんなこともないだろう。
言った言わないの水掛け論などで終わらせはしない。絶対に尻尾をつかんで所業を白日の下にさらさなければ。
俺は静かな決意を胸に秘めて眠りについた。
翌日。俺たちは昨日移動した地点から旅を再開。
昼ごろになると、視界の先に小さな集落が目に入った。
「アル、あそこであってるか?」
「うん! ホトリ村だ! よかった......ついた」
両手を胸の前でギュッと握るアル。ここまで不安を必死に押し殺してきたんだろう。
俺はアルの頭を数回撫で、アルの故郷、ホトリ村へと近づいていく。
村は木でできた柵で周囲を囲まれていた。簡素とはいえ、魔獣対策だろう。
そんなことを考えていると、村の家々から武器を持った人々が次々と現れて村の入口に立ちはだかった。
見ると、みなケモミミや尻尾など、程度に差はあれ動物の特徴をその身に宿していた。
俺はここが獣人の国なのだということを再認識しながら、村人であろう武装した集団の動きに注意を払う。
こちらから仕掛けてくる様子がないとみるや、リーダー格らしき犬の獣人が声を張り上げる。
「何度来ようとも、貴様ら盗賊になど俺たちは屈しないぞ!」
その獣人が叫ぶと、背後の獣人たちも一斉にそうだそうだと叫び声をあげる。
どうやら俺たちのことを盗賊と認識しているらしい。
「いくら連日攻めかかられようと、貴様らの連れてくる魔獣ごとき、相手にもならん!」
その言葉に、俺はオーウェン達を救出した時の記憶がよみがえった。
どうやら、連日魔獣からの襲撃を受けているらしい。
これまでは確かに撃退に成功しているようだが、どの獣人にも色濃い疲労が見て取れた。
(......ビンゴだな)
俺はそう内心で一人ごちる。
この村に執拗な襲撃を加えているのは、ビルス達で間違いないだろう。
とにかく、まずはこの誤解をなんとか解かないと......。
「来ないのならこちらからいくぞ......はぁああああぁあ」
リーダー格の獣人が何やら力を込めるような動作を取り、背後の数人もそれにならう。
見ていると、魔力が爆発的に体内を駆け巡っているような感覚を覚え、次第に獣人たちの肉体に変化が起き始めた。
爪が鋭く伸び、体毛は逆立ち、目は人間のそれから切れ長の獣のそれへと変化する。
それはまるで、獣により近づいているようだった。
「獣覚」
リーダーの男はそれだけポツリとつぶやくと、両手を地につけ四足の体勢を取る。
グッと筋肉に力が入り、次の瞬間、およそ人間では考えられない脚力でこちらとの距離を一気に詰めてきた。
そして、一息に俺の喉笛をその鋭く伸びた前足の爪で引き裂こうと振りかぶる。
俺も防御のために動こうとしたまさにそのとき。
「ベン兄ぃ! やめて」
「......!! アル、アルトリアか!?」
リーダー格の獣人は、俺の前に両手を広げて立ちはだかるアルを見て驚愕に目を見開く。
「お前......よく無事で」
「うん。この人たちがボクをここまで連れてきてくれたんだ。この人たちは悪い人じゃないよ。
だから、ケンカはやめて!」
「お前を......人間が?」
「そうだよ。ボクはこの人たちには何にも酷いことなんてされてないよ。むしろ、ずっと優しく助けてくれたんだ」
アルはその小さな体を一杯に広げて俺たちを庇い、ベンという獣人に語りかける。
ベンはアルの言葉に嘘や脅されている気配がないと感じたのか、フッと力を抜いた。
すると、先ほどまでの爪や体毛、目などに見えた変化が次第に元に戻り、当初の姿になる。
「すまない。ここ最近襲撃が続いていて、みな警戒心が強いんだ。攻撃したことを謝罪する」
ベンはそう言ってペコリと頭を下げた。
「気にしないでください。そちらの事情についてはアルの話などからおおよそ把握しているつもりです。
無事でよかった」
ベンは、俺の言葉に心底驚いたような表情でこちらを見ている。
「どうかしたんですか?」
「あっ、いや、人間の獣人に対する接し方とあまりにかけ離れているんでつい......な」
やはり、獣人の国であっても、人間に対するイメージは悪いのだろう。
しかし、人間と分かっただけで襲い掛かられるぐらいを想定していたので、すぐに態度が軟化したことにこちらも驚きを覚える。
「その、失礼ですけど、こちらももっとキツい対応をされると思ってました」
「? あぁ、この集落のヤツは他の獣人に比べたら多少は人間への理解はあるさ。なんたって......」
ベンはそう言ってアルのほうをちらりと見る。
「アルの親父さんと一緒に過ごしてきたから......な」
ベンの顔には、人間への怒りや憎しみと、それでいてどこかに好意のようなものが微かに垣間見られたような気がした。
「アルのお父さんは立派な人だったんですね」
「あぁ......本当に。済まない、いつまでもこんな所に突っ立ってるのもなんだ。
アルをここまで送り届けてくれた恩人たちだ。貧しい村だがもてなさせてくれ。
そうそう、俺はこの村の自警団のリーダーをやってるベンだ。よろしく」
「イオリです」
俺とベンはそういって握手を交わし、村の入口へとともに歩いていく。
入口付近に立っていた他の獣人も、ベンの説明を聞いて警戒を説き、口々に感謝の言葉を述べて俺たちを迎え入れてくれたのだった。
「お~い、魔獣や盗賊団じゃなかった。客人だ! それと、アルが帰ってきたぞ!」
ベンが声を張り上げると、家々の扉がバタンバタンと一斉に開き、村人が出てきた。
見れば、皆が獣人のようだ。一様に安堵の表情を浮かべ、俺たちの姿を見て驚いた後、アルの姿を見て笑顔になっていた。
村人がアルを囲んで無事でよかったと口々に近寄る中、
「アルトリア!!」
一人の獣人の女性がそう叫んでこちらへと駆け寄ってきた。
アルはその女性を見て無我夢中で駆けだした。
「お母さん!!」
二人は飛びつくように抱き合い、お互いの温もりを確かめ合う。
その存在を確かに認識し、これまで堪えていたものが爆発したかのように声を上げて泣き、涙を流した。
「お母さん。お母さん。うわあぁぁぁぁぁぁ」
「アル。よかった......本当によかった......」
2か月ぶりの親子の再会を邪魔する者はなく、二人を慈しむように見つめながらしばしの時が過ぎるのだった。