2-25 国境
白石が訓練の手ごたえを掴んでからさらに数日。
俺たちは国境に最も近い都市パタルを通過。残るは国境を越えるのみとなっていた。
パタルは国境に面した都市ということもあり、一言でいうならば城塞都市というのが最もしっくりくると感じられた。周囲を取り囲む城壁は高く、そして分厚い。
堅牢な守りを誇り、外敵から責められても生半可な攻撃ではビクともしないように思えた。
また、兵士も屈強そうな者が多く、実力ある部隊が多く派遣されていることをうかがわせていた。
パタルの主だったエリアを駆け足でマッピングし、残すは国境を越えてアルの故郷に到着するのみ。
マッピングを進めるなかで、ビルスたちの足取りについての情報収集も同時進行で行うが、めぼしい情報を得ることはできなかった。まぁ、お尋ね者が都市の内部にいるはずもないので、そんなに期待をしていたわけではない。
ビルス達盗賊団の目撃された時期から逆算すれば、かなり追いついているはずだ。この分で移動すれば、アルの故郷に着く前にひょっとしたら追い付けるかもしれない。俺はそんな風に考えながら、転移魔法でまずは国境目指して歩みを進めるのだった。
そしてついに、俺たちは国境にたどり着く。
そこには一本の大河が流れていた。見える陸地は遥か彼方。ギリギリ見えるということは転移魔法で向こう岸へ移動できないわけではないが、何か手続き漏れのせいであちらで足止めを食らうかもわからないと考え、今回は大人しく検査を受けて通過することにした。
これまでの都市の検査同様、俺たちは貴族の列に並ぼうと視線をさまよわせるが、どうやらそれらしき列が見当たらない。ひょっとして国境では貴族も一緒くたに並ばなければいけないのか? だとしたら面倒この上ないな......。
とはいえ、これまでの都市と比べると、検査のための列は比較的少ないように見えた。
まぁ、差別対象である獣人の国に好き好んで行こうなんて人間がそもそも少ないってことだろう。
貴族の列がないのは、それをさらに有体に示してるってところか。
俺はそんな推論を頭のなかでしながら、検査の列に近づいていく。
先頭の方に行ってみると、やはり列がないだけで、きちんと貴族用の検査口も用意されていて、俺はホッと胸をなでおろした。
「貴族用の検査口があってよかった。じゃあ行こうか」
「は~い」
「えぇ」
各々返事をし、俺たちは貴族用の検査口に向かう。そこには兵士が二人立っており、退屈そうにしていた。俺たちの姿を見た兵士たちは、バッと居住まいを正して敬礼する。
「国境を越えたいんですけど、検査をお願いできますか?」
「はっ! これはご丁寧に。それでは、恐れ入りますが貴族の証をご提示いただけますでしょうか」
「はいはい......これでいいですか?」
俺はそう言って胸に提げた指輪を兵士たちに見せた。それを兵士たちは改め、
「ご提示ありがとうございました。伯爵様ご一行でございますね。
ご身分の確認は問題ございません。しかしながら、ここは獣人の国との国境であり、普段は使節の方々ぐらいしかご利用になりません。
また、しっかりと記録を残しておく必要があります故、どのようなご用向きであちらの国へと向かわれるのかをお伝えいただきたく存じます」
これまでの都市の入場検査ではなかった質問にやや戸惑いを覚えてしまう。
ただ、これくらいのセキュリティは他国と接している以上当然と言えよう。俺は考えの浅かったことを悔やみながら、どうしたものかと必死に頭を働かせる。
しかし、アルと一緒に国境を通過する以上、下手なウソはあとあと面倒の種になるかと判断し、ここは正直に俺たちの旅の目的を口にすることにした。
「え~っとですね、この子を故郷に送り届けるためにやってきたのです。盗賊に攫われて王都で困っているところを保護しまして、幸い手が空いていたものですから、こうしてここまで旅をしてきたというわけです」
「......ということはそこの者は......」
「はい、獣人です。アル」
「う、うん」
アルはびくびくとしながら被っていたフードを少し持ち上げて、隙間からケモミミを見せる。
フードをさげて見せるべきなのだろうが、それで金狼と周囲の人間にバレてしまうのは避けたかったため、アルにはもし獣人であることを明かさなければならなくなったときはフードの隙間から見せるようにと言い含めていた。
俺は兵士が覗き込んでケモミミを確認したのを見るや、
「いや申し訳ないです。本来ならばフードを脱がせるべきなのでしょうが、余計な混乱を生みかねないため、見づらいかとは思いますが、このままご確認いただきたいです」
「はい。獣人であることは耳を見れば分かりましたのでそれは構いませんが......」
兵士はアルが獣人と判別できただけでよかったようで、アルから視線を切った。
よかった。フードの陰になったことでアルが金狼ということまでは分からなかったようだ。
「では、他に何か調べることはありますか?」
「いえ、結構でございます。余計なお手間をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。ご協力、感謝いたします」
そう言って、兵士二人はビシっと敬礼をしてくる。
俺の隣で、本物の兵士の敬礼にテンションを上げた愛姫がビシっと敬礼を返していた。
「ありがとうございます。それではこれで」
こうして俺たちは無事国境の検査を通過し、国境の門をくぐる。
その先にあったのは、広大な大河の岸と岸をつなぐ、一本の巨大な橋だった。
俺たちはみんなその橋の長大さに思わず目を奪われる。
科学技術が元いた世界より発展していないはずなのに、ここまで大きな橋を架けることができるとは、魔法とはすごいものなんだなぁといった感想を思い浮かべていた。
「すごいな」
「すごいね」
「すごいわね」
転移者3人組は思わずおなじ感想が自然と口から洩れてしまい、エルザはそんな俺たちを見ながらおかしそうに笑っていた。
「まぁ、この橋を初めて見た人たちはみんなそんな反応するわね」
「以前来た事があるのか?」
「えぇ。冒険者であれば、魔獣を狩るという目的とギフトプレートさえあれば比較的自由に国を行き来できるからね。この橋は土属性魔法に適正のある魔法使いが国中から集まって作り上げたらしいわ。それまでは船で移動するしかなかったんだけど、それだとどうしてもセキュリティが甘くなっちゃうからね。
今はこの橋を国境通過の唯一の入口にすることで、国境警備が以前と比べて格段に楽になったらしいわね」
「へぇ~、そうなのか」
エルザの解説に俺たちは感嘆のため息をこぼす。
つまりは国を挙げての一大公共事業だったわけだ。
しかし、国境の警備強化という目的のためならば、それくらいの負担は国にとっても比較的決断を下しやすかったことだろう。
こうして俺たちは橋を渡っていよいよ人間の国、ミグランス王国から獣人の国、ガムド皇国へと足を踏み入れたのであった。
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(おい、聞こえるか)
(は、はい、聞こえますよ)
(定時連絡の時間だ。国境でなにか変ったことはあったか?)
(いえ、特にはそんな報告は受けておりませんが...... あ、そういえば今日珍しく貴族の一団が国境を通過したと報告がありました)
(貴族が? そりゃ珍しいな。で、そいつらがどうかしたのか?)
(いえ、身分などに問題はなかったのですが、攫われた獣人を故郷に帰すとか......)
(そうか。分かった。引き続き報告を頼む)
(はい。分かりました)