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2-24 手にした勲章

「なら、ティナを呼び出してごらんなさい。そうすれば、はっきりとわかるはずよ」

「えっ?」

「いいから、ほら早く」

「分かった......。おいで、ティナ」


 白石がティナを傍らに召喚すると、エルザは再び語りかける。


「もう少し先にするつもりだったのだけれど、いい機会だと思うから予定を早めるわ。ヒナ、ティナと一緒に私にかかっていらっしゃい」

「......どういうつもり? エルザの強さならすでに十分わかってるわよ?」

「つべこべいわずにかかっていらっしゃい。来なきゃこちらから行くわよ?」

「くっ.......。ティナ、あたしは精一杯踏ん張るから、なんとかあの意地悪エルフに一発叩き込んでちょうだい!」

「クルアァ」


 自分の主が小馬鹿にされたと感じたのか、ティナも怒っているようだ。

 両者の殺気が交錯し、緊張が高まる。そして、それが最高潮に達した時、エルザが猛然とヒナに突っ込んだ。


 ガキィン


 その細腕のどこにそんな力があるのかと不思議に思えるほどの鋭い一撃が白石に襲い掛かる。

 中段から横薙ぎに振るわれた一撃を、白石は木剣で受け止めた。しかし、真正面から受け止めるのではなく、二本の木剣を器用に扱い、斜めに受け流すようにして威力を殺して上手く捌いた。


 膂力で敵わない相手の剣を受け止めていては勝ち目はない。剣術の訓練を始めてから、ひたすらに繰り返して身体で覚えこませている捌きを駆使しているのだ。


 エルザは自分の教えをきちんと実行できているのを確認して嬉しそうにニヤリと笑みをこぼす。

 しかし、当然初撃で終わるはずもなく、それから怒涛の連撃が繰り出された。


「くっ......」


 当然白石は防戦一方だ。これまでよりも速度、威力ともに増したエルザの連撃を必死になって躱す、受ける、捌く。途中、捌ききれなかった攻撃が白石の体をかすめるが、痛みをグッとこらえて白石は必至に耐えていた。


 この一方的な展開が続き、いずれ白石が降参するのがこれまでの訓練だ。

 しかし、今日は白石にも相棒がいた。


「クルアァ」

「!! いいタイミングね」


 突如ティナがエルザの背後から襲い掛かる。しなる尻尾の薙ぎ払いを回避するために、エルザの連撃が中断され、白石はようやく息をついた。


 ティナは反転してエルザに前足、尻尾で攻撃を加える。

 エルザはそれを交わすが、なかなか白石の方への攻撃に転じられなくなった。


「ティナ、火球よ!」

「クルアァ!」


 数発の炎弾がエルザに飛来する。エルザはそれを軽やかなステップで回避し、ふたたび白石に接近した。再び剣劇が始まるが、白石はエルザをティナと挟み込むように立ち回るようになり、最初のような連撃をエルザは出せない。白石に集中すると、ティナに背後を襲われるためだ。


「......」


 白石は、自分がエルザ相手に持ちこたえられていることに驚きを感じているようだ。

 自分一人だったら受けきれない攻撃も、ティナとうまく連携すれば分散させることができる。

 剣術の訓練を始めるときに、エルザに言われたことの意味を身を以て体験することで、これまでの訓練の成果を肌で感じられているようだ。


 白石の顔は、嬉しさと高揚のせいか、それとも激しい戦闘によるものかはわからないが紅潮していた。

 しかし、表情を見れば、どちらの要因が大きいかは自ずと察せられるというものだ。


 時間が経つごとに、白石とティナの連携はよくなっていき、それによってさらに白石にもエルザの攻撃を捌く余裕が生まれていた。

 ひょっとしたらこのままいけばティナの攻撃がエルザを捉えるかもしれない。

 側で俺がそう感じた瞬間、エルザの速度が飛躍的に上昇する。


「!?」


 気づけば、白石はエルザに背後を取られ、首筋にピタリと木剣を添えられていた。


「私の勝ちね」

「......参りました」


 結果はこれまでと同じ。

 しかし、白石の表情は、悔しさをにじませながらもどこか晴れやかだった。

 両者が木剣を降ろして模擬戦は終了。


「また負けちゃった」


 白石はあ~ぁと残念そうに呟く。

 それを見たエルザは肩をすくませながら、


「よく言うわよ。予想以上に成長してくれちゃって。まさかこんなに早くシルフの加護を借りなきゃいけなくなるだなって......。お姉さん少しショックだわぁ」

「そっちこそよく言うわよ。結局瞬殺じゃない」

「全然悔しそうに見えないのだけれど?」

「そうかしら?」


「まったく......。とにかく、私の伝えたかったことがしっかり伝わったみたいでよかったわ。

 ヒナ、あなたなら分かったはずよ。ティナの動きが」

「......うん」


 そう、白石が自力で防御できることによって生まれるもう一つのメリット。それがティナだった。

 これまでは、白石を守ることにかなりのウエイトを置いて立ち回らざるを得なかったために、どうしてもティナの能力を攻撃という点で十全に発揮することが出来ていなかった。


 しかし、白石が自力で敵の攻撃から身を守ることで、ティナがその能力をすべて攻撃に割くことができたのだ。その能力は、エルザが白石にシルフの加護を借りなければ状況を打開できなくするほどのもの。


 まだまだ幼い小竜ながら、赤プレート相当の魔獣をたやすく屠る冒険者に、軽くとはいえ本気を出させるほどのものなのだ。ティナが今後成長していけば、今より一層頼もしい存在になるに違いない。


 負けはしたものの、ティナも白石との戦闘に手ごたえを感じたのか、嬉しそうに鳴き声をあげながら、自分の顔を白石の頬にすりすりとなすりつけていた。強くなった白石が誇らしいのだろう。

 白石も、そんなティナの顔を撫でながら、頬をほころばせている。


「さて、これでこれまでの訓練の意味も分かってもらえたと思うけれど、ヒナ単体ではまだまだ弱いわ。早くティナなしで私にシルフを使わせるくらいになってほしいものね」

「もう少しオブラートに包んでくれてもいいと思うけど......見てなさい、すぐにそうさせてあげるわ!......つっ!」


 白石が木剣を支えに立ち上がろうとしたが、手に痛みを感じたのかカランと木剣が地に落ちる。

 

「? どうしたんだ? 怪我でもしたのか?

「! な、なんでもない!」


 白石が慌てたように手を隠すが、俺は白石に近寄って有無をいわさず手をつかむ。


「いいから見せてみろ」

「あっ」


 突然の俺の行動になす術なく手を取られ、痛みの原因が分かった。


「お前......。こんなになるまでどうして黙ってたんだ」


 白石の掌は、マメというマメがつぶれて血まみれになっていた。

 見れば、木剣にもつぶれた際に付着したのであろう血痕がある。


 俺は咎めるように白石をにらむが、白石はさきほどまでの表情から一転して沈痛な面持ちでうつむいてしまった。


「こんなになるまでほっといて。化膿でもしたらどうするつもりだったんだよ。俺に言えば回復魔法ですぐ治してやるってのに」

「だって......から」

「ん? なんだって?」

「だって、こんな手見られたくなかったんだもん!」


 ぎゅっと目を固く瞑り、バッと俺の手を振り払う。


「剣を握れば掌にたくさんマメができて、ごつごつするってエルザから聞いて......。そんな手、見られたくなかったから......」


 消え入るような声でつぶやく白石。

 俺は白石の意図を察して盛大にため息をつく。とはいえ、不用意なこともいえずに微妙な雰囲気になってしまう。

 どうしたものかと考えていると、愛姫とアルがどうかしたのかと近寄ってきた。


「! ヒナ姉ぇ怪我してる!」

「あっ、ほんとだ。兄ちゃん早く治してあげて!」


 白石の手を見てこちらに不安げな顔を向ける二人を見て、俺は上手い言い回しを思いつく。


「あぁ、そうだな。ところで愛姫、こういう怪我をウチではなんていうんだっけ?」

「? 勲章でしょ?」

「えっ?」


 愛姫の言葉に白石は素っ頓狂な声を上げる。すると、愛姫はさも当然のように白石に説明を始めた。


「あのね、ウチの死んじゃったおじいちゃんが剣道の達人だったから、愛姫もお兄ちゃんも少し習ったことがあったの。でね、そのときに掌にマメができて痛かったんだけど、おじいちゃんは、『これは真面目に剣を振るった人にだけできる怪我なんだよ。だから、これは努力の勲章なんだ』って言ってたの」

「......」


 白石は両手をギュッと握って黙り込む。

 俺はそんな白石の手を取って開かせ、回復魔法を唱えた。


『傷を癒せ ヒール』


 優しい光が白石の手を包み込み、裂けていた傷が癒えて出血が止まる。


「そういうことだ」

「?」

「だから、それはお前が必死になって努力をした結果生まれたものだろ?それを見て笑ったり、見てくれが悪いだなんてバカなことを言うつもりは微塵もないってこと。

 だから、今後また同じようなことがあったらすぐに俺に言ってくれ。隠して痛みを我慢するなんてアホな真似するな」

「アホって......人の気も知らないで......。でも、ありがとう」


 そういって白石は嬉しそうな表情で俺を見ている。

 

 竹刀だこ。

 剣道をたしなんだ人間に必ずといっていいほど存在するものだ。

 おおよそ指の付け根にできるそれは、数えきれないほど竹刀をふり、何度もまめを破った末にできるもの。つぶれて治りを繰り返していくうちに、皮膚は分厚く、そして固くなる。


 およそ普通に生活する女性には無縁なものだし、できることなら綺麗な手のままでいたいだろう。

 

 これからも白石は何度もマメをやぶり、竹刀だこを増やすだろう。 

 だけど、愛姫がいったとおり、それはまぎれもない勲章なのだ。

 こうして自らの体に刻んだ努力の証が、いつか白石の命を守ってくれるはず。

 

 こうして、白石は確かな成長の実感と、新たな勲章を文字通りその手につかんだのだった。

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