2-23 守る剣技
夕食のあと、俺たちは宿屋の中庭に出る。
これからエルザが白石に剣技の手ほどきをするようだ。
日中は移動に専念せねばならない以上、剣技の訓練はどうしても日没後にせねばならない。
「さて、それじゃあ早速はじめましょうか。ヒナ、武器は持ってきたわよね?」
「えぇ。もちろん」
そういって、白石は両手で抱えた3本の脇差を見せる。
「うん。じゃあ一本はイオリ! 預かっててくれるかしら?」
「うん、もう一本はいいのか?」
「えぇ。あたしがヒナに教えるのは二刀流だから」
「二刀流!?」
白石が驚きの声を上げる。俺も2本は予備だと思っていたからエルザの言葉に驚きを隠せない。
「ど、どうして?」
「そうね、まず私がヒナにどういう手ほどきをしようとしているかを説明しましょう」
白石の質問に対してエルザはそう答える。
先を促しているのを確認して、エルザはその先を続けた。
「ヒナ、あなたには守る剣技を覚えてもらう」
「......守る、剣技?」
きょとんとした顔を浮かべる白石だが、俺はエルザの意図がぼんやりと分かったような気がした。エルザはそんな俺の方をみてパチっとウインクを飛ばして、白石に向き直る。
「そう。これから私は、ヒナに剣での防御を徹底的に教える。攻撃は捨てなさい」
「ちょ、ちょっと待って! それじゃあ強くなれないじゃない」
攻撃を捨てろ。
そう言われて、強さを求めて手ほどきをお願いした白石は焦燥を浮かべる。
「勘違いをしているようね。これまで全く剣を握ったこともないあなたが、簡単に扱えるようになるほど、剣術は甘くないわよ。
それに、剣での防御を学べば、あなた自身は勝てはしなくとも負けもしなくなれる。そして、あなたには剣術での攻撃手段がなくとも、強力なパートナーがいるんじゃなかったかしら?」
「......ティナ」
「そう。あなた自身は防御に専念し、攻撃はティナが担う。これまでと変わらないように感じるけど、あなた自身で防御ができるようになれば、ティナの能力を十全に攻撃に転用できるわ。そうして得た結果は、あなたが強くなったことの何よりの証拠になると思うけれど?」
「......」
エルザの説明に、白石は真剣に考え込んでいる。
やがて、納得したのか顔を上げ、真剣な面持ちで返答した。
「分かった。あたしに守る剣技を教えて」
「そうこなくっちゃ」
それから、エルザの指導のもとで白石の剣術の特訓が始まった。基本的な剣の握り方から始まり、軽く素振りなどをした後に受け方の指導に入る。とはいえ、いきなり素人に真剣を握らせての練習は危険ではないかと感じて休憩をとっているときにエルザに話しかける。
「なぁ。いきなり真剣での練習って危ない気がするんだけど、大丈夫なのか?」
「もちろん。まだお互いにゆっくり振って払い方とかを教えているだけだし。それに、まずは自分の獲物の感覚を知ってもらうのも大事だしね。とはいえ、これから練習が厳しくなると思うから、そうなったら木剣にするわ。安心して」
「そうか。横槍いれて悪かったな。ちゃんと考えてくれてるみたいで安心したよ」
「なぁにぃ? ヒナのことがそんなに心配だったの?」
エルザが茶化すような笑みを浮かべながら俺の耳元で囁いてくる。
俺ははぁっとため息をついて、
「そりゃ一緒に旅をする仲間なんだし、回復魔法があるとはいっても怪我を瞬間の痛みまでは消せないんだ。心配くらいするさ」
「あら、剣術の訓練なのだから、打ち身や切り傷を恐れていたら上達なんてしないわよ?
気を遣うのもいいけど、あんまり甘やかしてはダメよ?」
「......それもそうか」
「二人して何をコソコソお話してるの? 随分距離が近いようだけど」
声の方向に振り向くと、白石が頬をピクピクと引き攣らせながらこちらへ向かってきていた。手にする真剣が怖いから抜き身で持ち歩かないでもらえませんかね?
「ヒナの練習の方針についてすり合わせていただけよ。そんなに心配しなくても、イオリを取ったりしないから安心なさいな」
「なっ......そ、そんなことより、早く練習を再開しましょう」
「はいはい......可愛いんだから」
「? 何か言った?」
「別に。なんでもないわ。それじゃあ捌き方の練習を再開しましょう」
エルザの後半の言葉はどうやら白石の耳には届かなかったようだ。
首を傾げる白石にエルザはにこやかにほほ笑んで俺の側を離れていく。
こうして二人は再び剣術の訓練を再開するのだった。
それから数日。
俺たちはこれまで通り国境を目指して移動を続けている。ゴアを過ぎ、残す都市はあと1つ。
途中はこれまでのように魔獣との戦闘などには目もくれずに俺の転移魔法のショートカットによって距離を一気に稼いでいた。
翌日には最後の都市にも通過して、いよいよ国境へと迎える目算だ。
俺たちは日中は移動、夕方以降はオラクルに戻り、白石の剣術訓練に付き合うという日々を送っていた。
夕食を摂り終え、あとは入浴して布団に入るだけという段階だが、エルザと白石は木剣を手に訓練にいそしんでいる。
「ほら、また反撃しようとした! 攻撃の意識を捨てなさいって何度言ったら分かるのかしら?
戦場でそんな素人丸出しの剣筋じゃあ命がいくらあっても足りないわよ?」
白石の攻撃をあっけなく弾き、それによって生まれて隙をついてエルザの木剣が白石の首筋にピタリと吸い付く。
先ほどまでの激しい動きからうって変わっての静寂。
その後、白石が悔しそうな表情を受けべながら木剣を握った手をダランと下げて降参を示して打ち合いはいったん終了となる。
「なんだか隙をつけるような気がしたんだけど......。やっぱり甘かったかぁ」
「そんなのあなたを誘い出すためのエサに決まってるじゃない。まんまと食いつきすぎよ」
エルザの掌で踊らされたのを理解したのか、先ほどよりも悔し気な表情を浮かべる白石。
「まぁ、その負けん気は買うんだけどね。ヒナ、あなたは欲張りすぎよ。自分の長所と短所をしっかりと把握して、そのうえで割り切るところは割り切らないと。万能を目指す者は、得てして器用貧乏にしかなれないものよ」
「......そうよね」
「そんなに焦る必要はないわ。それに、この数日でも捌きや受けに関してはすごい速度で向上しているわよ?」
「でも......負けてばかりで、あたしが強くなったなんて感じがしないんだもの」
それを聞いて、エルザはやれやれと嘆息する。
「あのねぇ、剣を握って数日のド素人に、私がどうにかできるとでも思っていたの? だとしたら、とんだ侮辱ね。言っておくけど、守りに特化したからといって、私から単身で一本取ろうだなんて、文字通りに十年早いわ」
「......ごめんなさい」
自分がどれだけ分不相応な考えをしていたのか真正面から正され、白石は沈痛な面持ちでエルザに詫びる。焦るあまり、エルザがこれまでに積み重ねてきた努力を軽んじるかのような言動をしてしまったのだから、反論の余地はない。
エルザは素直に詫びた白石を見て表情を和らげる。
「ヒナ、あなたは間違いなく強くなっている。だけど、それが自分ではわからないから実感が欲しいのよね?」
「? えぇ」
エルザの真意を測りかね、怪訝な顔をしながら白石は返答する。
「なら、ティナを呼び出してごらんなさい。そうすれば、はっきりとわかるはずよ」