2-22 変化
その後、俺たちは転移魔法でのショートカットでの移動を繰り返し、スルムの次の都市、ゴアに到着した。転移魔法でのマッピングを軽く済ませ、陽が傾いたところでオラクルへと引き返す。
向かうは夕暮れの鐘。ドアをくぐり店内に入ると、俺たちの姿を見つけた従業員が声をかけてくる。
「これはイオリ様方、ようこそお越しくださいました。本日は会頭に御用ですか?」
「いや、普通に客として来たんだ。ちょっと、刀剣系の武器を見せてほしいんだけど」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ。お~い、会頭か副会頭がいらしたらイオリ様がたがお越しだとお伝えしてくれ」
「は~い」
会計の近くにいた従業員が指示を受けて奥へと引っ込む。
俺たちはそれを横目に見ながら、従業員に先導してもらってお目当ての刀剣系の武器の陳列された一角へと赴いた。
「今回武器をお求めになるのはどなたですか?」
「あ、あたしです」
「ふむ、左様でございますか。近接戦闘向けの恩寵をお持ちで?」
「いえ、持ってないです」
「かしこまりました。であれば、女性ということですし、あまり長物や重量のある大剣などは向かないでしょうなぁ」
「そうですね。取り回しの効く武器の方がいいです」
そんなやり取りを交わしながら、しばらくああだこうだと武器を紹介されては手に取っていく。しかし、あまりしっくり来ないようで、白石も決めかねているようだ。
また、白石自身が剣についてまったくの門外漢ということもあるだろう。ずぶの素人がどれだけ説明を受けても、これだと決心を固めるのは難しいだろうな。
途中、ロイとオーウェンを探しにいった従業員が戻ってきたが、どうやら二人とも生憎不在だったようだ。まぁ二人とも忙しい身だろうから仕方ない。
さて、なかなかこれといったものが見つからず、どうしたものかと白石も従業員も困ってしまったようだ。すると、
「ちょっといいかしら?」
エルザが白石と従業員の会話に加わった。
「はい。いかがなさいましたか?」
「ヒナに剣技を伝授するのは私なのだけれど、少し考えがあるから、いったん私に選ばせてもらってもいいかしら?」
「ええ、私はもちろん構いませんよ」
「あたしも......よくわからないし」
白石はしょぼんとした様子でエルザに従う。エルザは穏やかにほほ笑んで、
「気にすることないわ。いきなり剣の説明されたって使ったことないのだから分かるはずないもの。こういうときは、ある程度理解のある人に丸投げした方が上手くいくこともあるものよ」
「うん、ありがとう」
おぉ、これが年上の余裕というやつか?
沈みかけていた空気が一瞬にして穏やかになった。気配り上手ってすごいな。
などと俺が一人で考えているうちに、エルザは刀剣のスペースをしばらく眺めて回る。
「うん、これかしらね」
そう呟いて手に取ったのは、細見の刀身で片刃。俺たちの世界でいうと脇差にそっくりの形状をしていた。刀身は刃渡り50cmほどで、確かにとり回しも効きそうだ。
「ヒナ、持ってみて重さはどうかしら?」
白石は脇差を受け取って軽くふるって感触を確かめる。
「うん、これなら扱いやすそう。」
「そう、ならこれにしましょう。店員さん、このタイプの武器は他にどんな種類があるかしら?」
「はい、少々お待ちくださいませ」
そういうと、従業員は脇差の陳列された場所に俺たちを招き、それぞれの解説をする。
エルザと白石は、その中で、軽さと耐久を兼ね備えた漆黒の刀身の脇差を選択した。
「ちなみに、これって在庫は1本だけ?」
「いえ、これの外に2本ございます」
「じゃあ予備のためにも3本とも買った方がいいでしょうね。お値段はいくらかしら?」
「1本白金貨5枚ですが、専属契約の割引と、刀剣のセールを今行っておりますので、3本合わせて王金貨1枚でございます」
「あら、ものすごくお得になるのね。ヒナ、払えるかしら?」
「えぇ、問題ないわ」
こうして会計を済ませ、俺たちは夕暮れの鐘をあとにした。
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宿に戻り、夕食を摂る前にしばしの休憩を取ることに。
あたしは、ベッドに腰掛けて今日の出来事を振り返る。
エルザはすごいなぁ。一瞬でホブゴブリンのさらに上位種のゴブリンリーダーを倒しちゃうんだもの。 しかもそのあとホブゴブリンも瞬殺してたし。
あたしはこれまでの戦闘でティナとあいつの攻撃魔法のおかげで、たいした危険もなくやってこられた。
だけど、あいつがサポートに徹した途端、あたしが狙われやすい立場に置かれた途端に、あたしは自分の実力の無さをまた露呈してしまった。
テレパスで呼びかけてくれなかったら、あたしは投げられた棍棒でダメージを負っていたはず。いくら防御力が上がっていたからって、ゴブリン相手にダメージを負いそうになったことに変わりはないんだ......。
......悔しかった。......情けなかった。
結局、強いのはあたしじゃなくてあくまでティナ。あたしは周りの人に助けられなきゃいけないの? そんなの......耐えられない。
あたしの恩寵じゃあ仕方がない。今までのあたしなら、そう割り切って諦めてたんだろうなぁ。
だけど、あいつはそうじゃなかった。
ほんとはとんでもないチート性能の恩寵を持っているはずなのに、無暗やたらに力に手を伸ばすのではなく、その時ある能力の可能性を模索し、実戦レベルの能力にまで昇華させた。
本当はものぐさでぐーたら人間のはずなのに、大切なもののためなら、そんな性格からは180度真逆の地道な努力を黙々とこなすんだ。
あたしとは正反対。
他人の視線や評価なんてまったく眼中にない。
あるのは自分と最愛の家族のために行動するっていう確固たる信念。
それがすっごく癇に障って、妬ましくて......眩しかった。
「ただ......俺はいつものお前より、今のお前のほうがいいと思うぞ」
あの時、あたしがあいつに食って掛かった時にかけてくれた言葉。
今あたしがこうして素の自分でいられるのはこの言葉のおかげだ。
そんな言葉をかけてくれたあいつの、足手まといになんかなりたくない!
あたしを地獄から引っ張り出してくれた、あいつの......力になりたい。
そう思ったとき、あたしのなかでスッと答えが浮かんできた。
そうだ。なにをウジウジ悩んでるんだ。
弱いのなら強くなればいい。歩みを止めたらそこで終わりよ。
悩んで前みたいに殻に閉じこもるのはやめたんでしょ?
下を向くな。前を向け。
あいつはどんどん先にいっちゃう。置いて行かれたくないんなら、悩んでる暇なんてないじゃない!
あたしはさっき買った脇差をグッと握りしめる。
これまで扱ったこともない。だけど、強くなるって決めたんだ。
強くなって、あいつの隣に立って、そして......いつか......。
「絶対振り向かせて見せるんだから」
自分で言って恥ずかしくなっちゃったな。
大嫌いだったはずなのに、いつの間にか好きになっちゃってた。
そういえば、旅に出るときに売り言葉に買い言葉で恥ずかしい啖呵も切っちゃったわね。
頬が火照るのを感じながら、あたしは夕食を摂りに部屋を出る。
食堂にはすでにあたし以外の全員が席について待っていた。
「ごめん、遅くなっちゃった」
そう謝って席に着くと、今日も今日とて賑やかに食事が始まる。
新たに加わったエルザ、無邪気で明るいちびっ子二人。そして......あたしを変えてくれた人。
ここがあたしの居場所なんだ。本当の自分でいられる、大切な場所。
絶対に手放すもんか。あたしは......強くなる。