1-4 ぶっつけ本番☆
ーーーー叶えられる、願いの数を100にしろ!!!!
心の中で願いを唱えたまさにその瞬間、足元の魔法陣が弾けて消えた。
魔法陣が発現している間、体内を凄絶な勢いで流れていた得体の知れない力は、消えた様子はなく、先ほどまでとは打って変わって、穏やかに体内を巡っているように感じられた。
目を開くと、他のクラスメイト達の魔法陣も消失したようだった。
ふぅ~っとため息をついたり、自分の体に何か変化がないかと確かめたり、その場にへたりこんだりしている。
「みなさん、お疲れ様でした。結果はどうあれ、これで皆様にもそれぞれ固有の恩寵が発現しました。おめでとうございます」
エリィが穏やかな笑顔で一礼する。
どうやらこれといった問題もなく、全員無事に恩寵を手に入れることができたようだ。
確かに、俺自身体のなかにこれまでにない何かを感じるような気はするのだが、特段他に何か変わったことはなく、本当にそういった力が手に入ったという実感が湧いてこない。
どういうことか聞こうとしたのだが、生徒の一人が先に声を上げた。
「なぁ、周介いなくないか?」
「あれ......ほんとだ、いない」
「ちょっと待って、佐江と敬子も見当たらないんだけど」
魔法陣が出現する前までは確かにクラス全員がこの空間にいたのだが、
野村周介、江波敬子、寺本佐江の3人が見当たらなくなっていた。
「どういうことだよ」
「お前がどこかに連れ去ったのか?」
野村と仲のよかった男子がエリィに詰め寄る。
「どうか落ち着いてください。私は、皆様が恩寵と対話している間ずっと拝見しておりましたが、男性1人と女性2人が魔法陣の消失と同時に姿が消えたのは確認しております。
その時、その方々の足元には転移魔法らしき魔法陣が広がっておりました。
恐らく、そのお三方はもとの世界に帰りたい、帰還したいと強く願われたのだろうと思われます。
幸い、部分次元蝕が終わるまであと数分の余裕がありましたので、幸運にも転移魔法が発動し、もとの世界にお帰りになられたのかと思います」
エリィの答えに、詰め寄った生徒は驚愕の表情を浮かべる。その手があったかという感じだ。
たしかに、あの瞬間に帰りたいと強く願えば、帰還のための転移魔法が発現しただろう。
しかし、あまりに急に選択を迫られた上に、時間制限のある環境下で、その選択を思いつけただろうかと考えれば、難しいだろうといわざるを得ない。
逆を言えば、帰還組の3人は、それだけ今回の事態に恐怖し、もとの世界への帰還だけをひたすらに願ったのだ。
たとえ逃げた先にあるのが、避けられない苦難だったとしても。
しかし、それを責めるのも酷な話だろう。俺だって帰れるものなら帰りたい。
だけど、先ほどの説明が正しければ、逃げたところで最悪ミイラ死体。そんな中、心から帰りたいと願うことはできなかっただろうと思う。
そんなことを考えていると、ふと、先ほどのエリィの発言に引っ掛かりを覚える。
「なぁ」
「はい。いかがされましたか?」
「次元蝕はまだ終わってないって言ったけど、てことは帰ろうと思えばまだ俺たちの住む世界と、この世界を転移することは可能なのか?」
「はい。可能かと思います」
それを聞いて、数人の生徒がエリィに詰め寄る。
「だったら俺も帰してくれ。こんなのに巻き込まれるのはごめんだ」
「あたしも......怖いから帰りたい」
「あたしも」
しかし、エリィは悲しそうな表情を浮かべて静かに首を振った。
「申し訳ございません。確かに私は皆様のお住まいの世界とこちらの世界を繋ぐことはできます。
しかし、皆様をこちらに転移させる魔法で既に魔力を使い果たしてしまい、これ以上は転移魔法はおろか、初等魔法ですら行使する力が残っていないのです」
「そんな......」
落胆の表情を浮かべる生徒達、ほかのクラスメイトも、彼らほどではないにせよ、あわよくば......と考えないでもなかったようだ。帰還への最後の希望が断たれたことで、残念そうな表情を浮かべる。
だが、俺は全く逆のことを考えていた。
「なぁ、転移魔法ってどう使うんだ?」
「えっ?」
「どうやって対象を探して指定すればいいんだ?」
「人を対象とするのであれば、その人の魔力を探知します。それが難しい場合は、その人がいるであろうエリアを指定し、そこから絞り込んで探せばあるいは......」
「よし、わかった。とりあえずやってみる」
「えっ、どういう」
俺は会話を切り、再度目を閉じ、体の中に先ほど感じた流れに意識を集中する。
(聞こえてるなら答えろ。時間がないんだ、早くしてくれ)
正直賭けの要素が強すぎる。
さっきの願いが叶っていることが大前提だし、叶っていたとして、俺は魔法の使い方をまるで知らない。
エリィへの質問だって、焼石に水程度の効果しかないだろう。
だが、不思議と俺に焦るような気持ちはなかった。
元々欲張った願いだし、叶っていなければそれまでのことだ。
(聞こえてないのか? それとも、やっぱりあんな願いはダメっだったか?)
諦めて閉じていた目を開こうとしたとき、応えが帰ってきた。
(ワレヲヨンダカ?)
(なんだいるじゃないか。よかった。お前がまだいるってことは、さっきの俺の願いは叶ったってことか?)
(サヨウ。ワレノネガイハワレガシカトキキトドケタ。)
(なら次の願いだ。転移魔法を使いたいんだが。)
(ヨカロウ。ワレノネガイヲシカトカナエヨウ)
次の瞬間、俺の足元で一つの魔法陣が弾け、同時に一つの魔法陣が浮かび上がる。
同時に、俺の中を流れる力が魔法陣に向けて流れ込んでいくのが感じられ、それが一気に無数の微細な糸となって解き放たれる。
それらの糸は、うねりながら虚空を突き進み、意識の中へと突き進んでいく。
しかし、あてどなくうねるばかりで、これからどうすればいいと指示を待っているかのようだった。
俺もここからどうすればいいかなど分からない。
しかし、先ほどのエリィの言葉を思い返し、ある顔を思い浮かべた。すると、先ほどまでうねってばかりだった糸たちが、目標を定めたかのように一気に突き進んでいく。
どうやら俺の今いる世界と、別世界との狭間のような空間に糸が到達したらしい。
(これが次元ってやつか......!?)
どう形容したものか分からないが、あらゆる感覚が失われた虚無の空間、というのが抱いた感想だ。
こんなところに長時間いれば簡単に頭がおかしくなるだろう。
(ここからどうすればいい......まだ俺には自分以外の魔力を感じるってのは無理だ。ここまでは上手く次元の狭間を目指してくれたみたいだが......)
俺は必至に頭をひねって考える。先ほどから、体内から魔法陣へ流れ込む魔力の速度があがっている。 まるで底に大穴があいたバスタブのように、ものすごい勢いで流れだしており、流れが途絶えてしまうのは時間の問題に感じられた。
(くそ、どうする、どうすればいい。 何かヒントはないのか......)
(イマハジゲンショクガオキテイル。ツマリ、コトナルセカイノジゲンガカサナルトコロヲサガセ)
突然、あの声が語りかけてきた。驚いて集中が途切れそうになるのを寸でのところで繋ぎとめ、言われた次元の重なりとやらを探してみる。
(......この次元はまだ今俺のいる世界の次元だ。ここと重なるってことは、何かしらの違いが重なってない次元との間にあるはず......んっ!?)
先ほどまで漂っていたところよりも、なにやら重苦しい雰囲気の感じる部分があった。
確証はないが、残された時間も少ない。
(一か八か...... いけ)
俺は意を決して糸をそこへと送り込む。すると、糸がすさまじい勢いで突き進み、先ほどまでと明らかに異なる空間へと飛び出したのが分かった。
そして、真っ暗だった世界が光を取り戻す。そこには見慣れた学校があり、まるで鳥が上空から地表を覗き込んでいるかのような光景が広がっていた。
ただ、人の気配はするものの、性別や顔までは判別できない。なにやらモヤモヤした物体が動いているように感じられるのみだ。
(くっそ......ここまできたってのに......これじゃ、見分けがつかない)
また壁にぶつかってしまう。もう本当に時間がない。体内の流れが途切れる寸前だ。
(どうすればいい。)
そこに、先ほどのエリィの言葉が脳裏を過る。
(場所だ。俺が転移させられたのは学校......あれか。
で、この時間ならまっすぐ帰ってればもう家についてるはず......頼む。)
途中で途切れてしまったのか、伸びる糸の数は当初にくらべて10分の1ほどになってしまっている。その糸を、最後の力を振り絞って伸ばしていく。
学校を起点にして、自分の家を探す。ほどなくして自宅を見つけ、家の中へと糸を伸ばす。
すると、居間らしき空間に一つのモヤモヤが佇んでいた。
(よし! いい子だ!!)
そのモヤモヤの足元に糸が届いたと同時に、魔法陣が構築される。
驚いたようにモヤモヤが動いたのが分かる。
魔法陣の構築を始めると、魔力の流れの流出が一気に加速した。
(頼む、間に合ってくれ)
魔法陣が回転を始め、どんどん加速する。
モヤモヤは端の方に寄って座り込んでいるようだ。
魔法陣が輝きを増し、限界に到達したと感じたその時、魔法陣どうしの間を糸が網の目のように縫い上げて、一筋の道を形作る。
そして、その道の中を、もの凄い勢いで突き進む存在を感じる。
見えなくても分かる。そんなものに頼らなくても、間違えるはずがない。
(もうさみしい思いはさせない。
約束は違えない。
何があっても、俺が守る。
だから、一緒にいよう。)
バチィイイイイイイイイイイン
魔法陣が弾け飛ぶ音が響き渡る。
そして、光を失った魔法陣の中には......
「にいちゃん!?」
今にも泣き出してしまいそうな、怯えた表情ではあったものの、俺の最愛の妹が、残された唯一の家族が、確かにそこに佇んでいた。