2-17 再会
我が妹による大岡裁きのあと、俺たちは一気に転移魔法で距離を稼ぎ、オラクルの次の都市”スルム”に到着した。規模としてはオラクルの3分の2ぐらいの広さだろうか。
貴族の検査の列に並んでチェックをうけ、城門を通過する。
歩きながら周囲の街並みに目をやると、王都のように意匠が凝らされているというわけでもなく、オラクルのように効率重視の階数の高い建物が多いでもない。
特徴がこれといってないのが特徴といった感じだ。
おそらく、このスルムのような都市が一般的なのだろう。
とはいえ、都市としての機能はしっかりと整えられている。道はしっかりと舗装されているし、交通も無秩序というわけではなくしっかりと流れが作られている。
商店も多く軒を連ねているようだ。
他の3人もしきりに周囲を見渡して町の様子を眺めている。
おそらく似たような感想を抱いているのだろう。
そんなことを考えながら道を進んでいると、突然背後から声がする。
「見つけたぁ!!」
何事かと声の方に振り向くと、エルザが彼方からこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
あぁ、いやだなぁ。面倒くさいなぁ。
さすがにこんな往来のど真ん中で転移魔法を使う訳にもいかず、俺は諦めの境地で遠い目をして彼方を見やる。
ものの数秒でこちらにやってきたエルザは、満面の笑みを浮かべながら急停止して話しかけてきた。
「ようやく会えたわ。この間はよくも騙してくれたわね」
「人違いです。それでは」
すっとぼけてやり過ごそう。そう判断して会話を強制切断してクルリとエルザに背を向ける。しかし、エルザは逃がさないとばかりに俺の肩をガシっと掴んで離さない。
「やめてください。お廻りさんを呼びますよ」
「もう、街のど真ん中で襲い掛かったりしないからそんな他人行儀にしないでよ。こないだのことは謝るから」
そういってペコリと頭を下げるエルザ。
予想外の謝罪に毒気を抜かれてしまい、俺はとぼけるのをやめてエルザに向き直る。
「ほんとに仕掛けてこないんだろうな?」
「えぇ、本当に悪かったと思ってるわ。自重するから逃げないで」
「やれやれ、分かったよ。とにかく、いつまでも道のど真ん中で立ってるのも邪魔になる。
いい時間だし、どこかの店に入って食事でもしよう」
「えぇ、ありがとう。ぜひご一緒させて」
ぱぁっと嬉しそうに笑顔の花を咲かせるエルザ。
元々とびきりの美人だ。そんなエルザが屈託のない笑顔を浮かべると、美形のなかにどこかあどけなさのようなものも感じてしまってつい見惚れてしまいそうになる。
すると、ドスっと横から肘が入り、目をやると白石がジト目で俺を見ていた。
「何しやがる」
「ふん......鼻の下伸ばしちゃって」
「断じてそんなことはない」
「どうだか」
俺と白石のそんなやり取りを見ていたエルザは、なにやら人の悪い笑顔を浮かべて、
「ふぅ~ん」
としたり顔をしてきた。......なんだよ。
とにかく、いつまでも交通の妨げになる訳にもいかないので、俺たちは移動を再開して近くにあった酒場に足を踏み入れた。
まだピークの時間よりは少し早かったようで、5人がけのテーブルが開いていたので全員で腰を降ろす。注文を終えて料理がくるまでの間、俺たちは会話に花を咲かせる。
「ところで、エルザはどうしてスルムに? ていうか、どうやってこんな短時間であそこからここまでたどり着いたんだ?」
俺はエルザに抱いていた疑問をぶつける。俺たちの転移魔法とほとんど同速でスルムにたどり着いたことがどうしても腑に落ちなかったのだ。
「そりゃあ、どうしてもあなたたちにもう一度会いたかったんだもの。
イオリ達に逃げられてから、しばらく途方に暮れたけど、獣人の国を目指しているっていうのを思い出してね。イオリから転移魔法の特性も聞いていたから、道中必ずスルムに立ち寄るに違いないと思って、シルフの力を借りて全力でここまで駆けてきたってわけ。
さすがに夜通しぶっとばしての移動は疲れたわ」
エルザはやれやれといった感じで首を振る。
いや、徹夜で移動ってどんだけ根性据わってるんだよこの姉さんは。
白石も同感といった様子で、
「呆れた。よくそんな無茶したわね。夜の移動は魔獣がたくさん出て普通はやらないはずなのに......」
「それこそシルフに力を借りるために魔石が必要だったから、道中出くわした魔獣は狩りつくしながら移動したわ。オークも出たけどあの時のように数も多くなかったし、余裕よ」
髪をファサっと手で払いながら事もなげに答えるエルザ。
どうやら色々規格外な存在なのは間違いないらしい。
「ともかく、こうしてあなた達と再会するために頑張ったんだし、報われてよかったわ」
エルザがそういったところで各々の注文した料理が到着し、思い思いにパクつく。
食事の最中に、俺たちはロイたち”夕暮れの鐘”と専属契約を交わしたことや、道中オーウェンたちを襲ったとされるビルスについて話をした。
すると、エルザはビルスという言葉にピクリと眉を動かして反応を示す。
「ビルスたちについて何か知ってるのか?」
「えぇ、この辺りじゃ一番のお尋ねものだしね。盗賊をつきだして稼いでいる私としては、聞き逃せない相手よ」
「そうか。ビルスたちについて何か知ってることがあれば教えてくれないか? 邪眼の恩寵もちってことは知ってるんだけど、それ以外にこれといった情報がなくてさ」
「そうね、ビルスたちは行方をくらますのが上手いから、一味を捕まえても逃げられちゃうのよね。大元のアジトを突き止めないといけないけど、一味が所定の時間に帰ってこないとすぐに場所を変えるから、いたちごっこみたい」
「だよな。こないだ30人くらいと戦って数人を捕まえたんだけど、エルザの言ったような結果にしかならなかった」
「ただ、一味の連中をこの次の都市近くで見たって冒険者がいたわね」
「......なんだって?」
ふいにもたらされた情報におもわず身を乗り出しそうになる。
すんでのところでこらえながら、エルザに先を促す。
「なんでも、スルムから次の都市のゴアの先で、50~60人ほどの盗賊団が移動していたらしいわ。このあたりでそれだけの規模の移動をできるのはビルスの盗賊団くらいだろうって話よ」
「確かに。オラクル付近で夕暮れの鐘を襲った連中の数を足せばやつらの聞いてた勢力の数とも合うな......」
「でしょう? 私も話半分にしか聞いていなかったんだけど、あなた達の話を聞いたらビルスの一団で間違いないと思うわ」
「アジトの露見を察知して逃げて行っているのか......?」
「それもあるでしょうけど、あとは商材の調達でしょうね」
「調達?」
「えぇ、奴らは商隊を襲うだけじゃなくて、獣人の村々を襲って、攫った獣人を奴隷として流しているらしいの」
「それって......」
「あぁ、だろうな」
白石が厳しい表情でこちらに視線を向ける。どうやら俺と同じことを考えたらしい。
「えっと、何やら合点がいったって顔してるけど、どういうことか教えてもらえないかしら?」
「あぁ、悪い。前に説明したと思うけど、俺たちはアルを故郷に帰すために旅をしているわけだけど、話を聞いてる感じだと、アルを攫ったのがビルス一味だと考えると色々と腑に落ちるんだよ」
「というと?」
「これは絶対に他言無用だ。守れないならこれ以上は話せない」
「......。分かったわ。エルフの誇りに誓って」
エルザの顔を窺うが、ふざけた様子は一切見当たらず、真剣な表情だ。
自分の種族の誇りに誓うとまで言っているし、自分の正体を俺たちに知られている以上、お互いに秘密を共有している状態か。
そう判断して俺は会話を再開する。