2-16 痴話喧嘩と大岡裁き
ロイたちとの会合の翌日。俺たちは今日も今日とて、オラクルから前日の終着地点に転移してからの移動を再開していた。
出発の直前、ロイたちにはビルスたちの情報があれば伝えてくれるように言い含めておいた。これでなにか進展があれば俺たちの耳にも伝わるはずだ。
俺以外の3人の腕に目をやると、魔込めの腕輪がしっかりと装着されているのが確認できる。これで突発的に危機に瀕しても安全圏に脱出することができるので一安心だ。白石も防戦にこれまでよりも労力を割かずに戦闘に専念することができるはずだ。
そんな白石は、ロイ達から受け取った装備を身に纏って歩を進めている。白を基調とした防具は、余計な無骨さなどを感じさせることなく、白石の容姿をより映えさせているように見える。
たしかに性格はいろいろアレだが、見た目は文句のつけようがなく美人なのだ。そんな白石が装着することで、白という色自体が持つ純潔だとか清廉みたいなイメージを与えているように感じられた。装備でも自然と猫を被るあたりさすがだ。
「? どうかしたの?」
そんな俺の視線を感じたのか、白石が首を傾げながら問いかけてくる。
「いや、その装備がよく似合ってるなと思ってさ」
「......なによ。いきなり褒めるなんて気持ち悪い」
素直に褒めたらこれかよ......。
白石は何やら言葉の裏を探るような目つきでこちらをジトっと見つめている。
「別に、深い意味はないよ。いいと思ったからそう言っただけ」
「ふ、ふ~ん......。ありがと」
薄らと頬を赤らめて下を向いてしまった。
憎まれ口の一つでも叩いてくるものとばかり思っていたので、こうして女の子な反応を見せられるとどうしたものやらと二の句が継げなくなってしまう。
「ね、ねぇ。白い服とかが好きなの?」
気恥ずかしさに耐えられなくなったのか、白石が唐突にそんな質問を投げかけてきた。
「ん~、別に白が好きってわけでもないかな。その人に似会っていればいいんじゃないか?」
「じゃあ、どんな格好が好きなのよ!」
「急にそんなこと言われてもなぁ。他人の着る服に興味なんて抱いたことないし......」
「......もういいわよ! バカ!」
プイっと拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
いきなりそんなこと言われてもいまどきの女子の服装なんて知りもしないからなんとも答えようがないんだけどな......などと頭の中で言い訳を考えるが口にはしない。
とはいえ、こうして一緒に旅をしている以上、関係を無暗に悪化させるのも気が引ける。
それに、白石はもともと関係ないのに俺の勝手に付き合ってくれているんだ。
勝手についてきたことになってはいるものの、実際に手を貸してもらっている以上、無碍に扱うってのも違うよなぁ。
こういう他人に気を回すというのが、どうにも苦手だ。
極力他人との接触をさけてきたから、どうしても相手の気持ちを考えるとか、そういうのが上手くできない。
とはいえ、さっきのやりとりは俺が不用意なことを言ったから怒らせたんだろうし......。
あぁだこうだ自分の中で考えるものの、慣れないことはやっぱりするもんじゃないな。
ここは大人しく謝って自体の収束を図ろう。
「なぁ」
「......」
無視ですか。そうですか。
どうやら結構ご立腹らしい。
はぁっと俺は小さくため息をつき、根気よく交渉を続けることにした。
「なぁ、さっきは悪かったよ」
「......別にいいわよ。あんたにあんな質問したあたしがバカだったわ」
「悪かったって。同世代の女子の服装なんてまったく知識もないから、答えようがなかったんだ......」
「なら最初からそう言えばいいじゃない。いつもいつも人のことを他人呼ばわりして......」
「......ごめん」
さすがに反省してしまった。
どうしても言葉の端々で白石は俺からの拒絶というか壁を感じていたんだろう。
いかに感情の機微に疎いとはいえ、同行者にここまで疎外感を与えてしまうのは大悪手だ。
ただ、これからどうやって機嫌を直したものか妙案が浮かばず途方に暮れてしまう。
すると、クイクイっと俺の袖が引っ張られるのを感じ、そちらへ視線を向けると愛姫がご立腹の様子で俺の方を見つめていた。
「にいちゃん」
「はい」
「正座」
「......はい」
小学生に逆らえずに正座する高校生。なんとも情けない絵面だ。
愛姫はふんすっと鼻から息を吐き、俺を叱る。
「今のはにいちゃんが悪いです」
「はい。分かっております」
「陽和お姉ちゃんがかわいそうです」
「はい。申し訳ございません」
反論の余地のない正論を小学生から浴びせかけられひたすらに謝罪する。
兄の威厳とはなんぞや?
「陽和おねえちゃんと仲直りしないといけません」
「はい」
「お姉ちゃんも仲直りしたいよね?」
「え? あ、あたし?」
「うん! いつまでも喧嘩したまんまは嫌やない?」
「......うん、そうね」
白石も愛姫のいつもと違うしっかりとした雰囲気に気圧されたのか、素直に応じている。
「はい。どっちも仲直りがしたい。そして、今回はにいちゃんが悪い。ならば、にいちゃんは陽和おねえちゃんが喜ぶことをしてあげなさい!」
「喜ぶこと?」
まぁ妥当な提案だとは思う。思うのだが、さっきからそのための方策が思い浮かばなくて困っていたのだ。
しかし、愛姫はそんなの簡単とばかりに自信満々な様子で言葉を続ける。
「なら、陽和お姉ちゃんに服をプレゼントしなさい!」
「「えっ?」」
俺と白石が同時に声を上げる。俺は単純に愛姫の提案に驚いて。白石は顔を真っ赤にしながらだ。
「だってそうやろ? 陽和お姉ちゃんはにいちゃんから服を選んで買ってもらえば、にいちゃんがどんな服が好きなのか分かるかもやし、にいちゃんも陽和お姉ちゃんと仲直りできるし、女の子の服のお勉強にもなるよ? いいことづくしやない?」
「なるほど......」
確かに言うとおりだ。もともと服が発端になってしまった訳だし、罪滅ぼしとしては文句のないものだ。
「白石、そういうことでどうかな? お詫びに服を買うよ。白石の好みもあると思うから途中で意見を聞かせてもらいながらになるとは思うけど、それでもよければ」
さすがにここで面倒くさいとか言ってたら愛姫に殺される。
それに今回は俺が招いた事態だし、今後の旅のためにもしっかりと関係は修復した方がいいだろう。
そう思って白石に確認したのだが、当の白石は顔を真っ赤にして狼狽していた。
「で、で、ででででも、ほんとにいいの? そりゃ服を貰えるのは嬉しいけど......。面倒くさいでしょ?」
さすがに俺の性格のことはよく知ってるな。
だけど、さすがにここではいそうですねと答えるほど俺もバカではない。
「さっきも言ったけどお詫びの印だ。それでさっきのことを水に流してくれるんならそうさせてくれ。もちろん、アルの一件が落ち着いてからになるとは思うけど」
「う......うん。分かった」
赤くなった顔を必死に隠すように俯きながら、消え入りそうな声で同意を返してくる。
ほんと、こういう女子な反応されると返答に困るな、などと考えていると、
「よし! じゃあ二人とも仲直りの握手!」
「「えぇ?」」
「つべこべ言わない!」
「「はい!」」
愛姫に言われるがまま、おずおずと手を差し出して握る。
案外小さな手だなと思った。しかも、俺の手よりなんかサラサラしてるような感じがする。
女子だしなにかお手入れでもしてたらこうなるのか? などと考えているが、当の白石は先ほどよりも顔を赤くして黙りこくってしまった。
普段の白石さんでも、黒石さんでもないしおらしい反応に、こちらまで緊張してしまう。
そんな時間が数秒たち、いつまでもこんな空気には耐えられないと思って手を離す。
「「............」」
なんとも言えない沈黙が広がり、どう打開したものかと思案してしまうが、
「よ~し、仲直りも済んだし、旅の続きにレッツゴ~!!」
愛姫の元気な音頭で沈黙が破られ、俺もここぞとばかりに乗っかった。
「そ、そうだな! 次の都市まではすぐそこだ! 一気に行こう!」
「「おぉ~」」
ちびっ子二人が元気よく腕を突きだし、白石も我に返ったのか前を向く。
その顔は、先ほどの不機嫌そうな顔とは打って変わって嬉しそうだ。
なにやら口角が上下している。
雰囲気も明るくなり、旅も再開。
周囲の警戒をしようとしたとき、背後からちびっ子二人の会話が聞こえてくる。
「愛姫ちゃん、すごいね! イオリ兄ぃとヒナ姉ぇのお姉ちゃんみたいだった」
「ふっふっふ。でしょ~! それに、これでお楽しみができたしね!」
「お楽しみ?」
「うん! これで、にいちゃんが陽和お姉ちゃんの服を買っとるときに、ついでに愛姫とアルちゃんの分も多分買ってくれるよ!」
「え、やったぁ! 愛姫ちゃんそこまで考えてたんだ!」
「ふっふっふ! 愛姫のおかげで仲直りできたんやし、そんくらいしてくれんかったら、オコやもんね!」
「楽しみだなぁ」
「「......やられた!!」」
これまた俺と白石はシンクロして声を上げる。
仲直りの司会進行からその服のプレゼントという提案までが、すべて我が妹による布石......。
しかも、おそらくこの会話もギリギリ俺たちの耳に届く声量で行われ、なおかつアルを抱き込むことによって俺の逃げ場を封じている......。
ここまで逃げ場を封じられては愛姫とアルの分まで服を買わざるを得ない......。
愛姫......恐ろしい子!!