2-15 盗賊狩り
愛姫とアルにきつく言いつけて戒めた後、俺は3つの魔込めの腕輪に転移魔法の保存を試みた。
方法としては、俺が魔込めの腕輪をはめた状態で転移魔法を発動すればいいとのことだ。
避難先として、オラクルの宿屋の部屋を指定することにし、俺は転移魔法を発動する。腕輪のすぐ側に入口となるゲートを開き、宿屋に出口を設定する。
『ゲート』と言霊を唱えて転移魔法を発動させると、腕輪に嵌められた緑色の石が輝きを放ち、次の瞬間ゲートが腕輪の中にシュンっと吸い込まれるようにして消えた。
確認のため、まず俺が実際に使用して問題なく転移魔法が腕輪から発動するのを確認し、改めて3つの腕輪に同様の転移魔法を込める。
発動のキーワードとしては、俺が普段発動時に使用している『ゲート』を設定し、それぞれを3人へと手渡す。
それぞれ大事そうに腕に装着し、
『『『ゲート』』』
キーワードを唱えると、それぞれの腕輪のそばに入口となるゲートが現れる。それぞれが効果を確かめるように飛び込んだ。
3人の姿が消えると、入口も消失する。
......1分......2分
......いやいや、迎えに行かないと帰ってこれないじゃんか。
はっと思い出して転移魔法で3人を迎えにいき、再び応接間に転移する。
ともあれ、問題なく3人とも成功したのを確認し、再度腕輪に転移魔法を込めて確認は終了した。
これで緊急時の対策もできた。
これまでは、どうしても背後に意識をかなり割かねばならなかったので、戦闘にこれまでよりも集中することができるだろう。
これまでも戦闘に入る前に愛姫たちを宿屋に戻せばよいのでは? と考えたこともあったが、いったん全員がその場を離れる必要がある以上、戻ってきたときに状況が一変していて窮地にたたされる可能性もあるため、距離をとって待機という手段をとっていたのだ。
この後、俺たちはロイとオーウェンとともに食事をとることになった。
先日のような高級な店ではなく、普通の店でいいと断ったので、今回は普通の店だ。
注文を済ませ、食事をとる中で、白石がふと今日の行程を思い出したかのように口を開く。
「そういえば、エルザって今頃何してるのかしら」
「んあ?」
「単独で移動してたみたいだし、野営をするのは危ないんじゃないかと思って」
「確かに......。まぁでも、あいつのことだし嬉々として魔獣を倒してるんじゃないのか?」
「あぁ......」
あの戦闘狂のことだ。襲われたっていうのに逆に飛んで火にいる夏の虫とばかりに剣をふるう姿が目に浮かぶ。
「ソロでエルザという名前......。ひょっとして、お二人が話しているのは盗賊狩りのエルザのことですか?」
「盗賊狩り?」
初耳の二つ名に首を傾げる俺たちを見て、ロイが会話を次ぐ。
「はい。オラクル近辺の盗賊をよく捕縛している賞金稼ぎ風の女冒険者です」
「そういえば盗賊がどうとかあいつ言ってたっけ?」
「えぇ、たしか」
「であれば、盗賊狩りのエルザに間違いないですね。この界隈では有名人ですよ? とんでもない美人で、かつ強さも折り紙つき。それでいて常に単独で行動する孤高の存在......とか」
まぁ確かに、すごい美人だったしかなりの実力者というのは間違いない。ただ......。
「孤高の存在......ねぇ」
「そうねぇ」
二人して微妙な顔を浮かべてしまう。転移魔法で逃げる直前のあの蕩けた表情を見てしまった俺たちとしては、どうしても素直に孤高というワードに頷くことはできなかった。
「いかがされたのですか?」
「いや、確かに世間の噂どおりではあるんだけど、ちょっと違うところもあるみたいだからさ」
「そうなのですか。エルザとパーティを組もうと近づく男の冒険者はこのオラクルにあふれんばかりにいるのですが、誰も皆にべもなく断られているのですよ」
「まぁ、それはそうだろうな」
エルフである以上、一緒に行動してひょんなことからバレてしまわないとも限らない。
パーティを組みたがらないのは仕方がないだろう。
それに、あの戦闘狂のことだ。よほど興味をひかれる相手でもない限り、一緒に行動をしようなどと考えることはしないはずだ。
「差支えなければ有名な冒険者ですし、印象や特徴などを教えていただけませんか? どんなときに情報が役に立つともかぎりませんし」
ロイは商人の一面をのぞかせて俺に聞いてくる。
しかし、いくらロイでも、みだりに人のことを吹聴するのは気が引ける。なおのこと、エルザとは秘密を守ると約束している。ここでそれを破って、次に会ったときに面倒事の種にするのはごめんだ。
「悪いがそんなに詳しく知ってるわけじゃないんだ。通りがかりに魔獣と戦ってるのに出くわして助太刀しただけだし。そうだな、美貌や強さは噂通りだったよ。盗賊程度じゃエルザにしてみればいいカモだろうな」
「そうでしたか。無やみに詮索してしまって失礼しました」
「いや、気にしないでくれ」
ヒラヒラと手を振って返す。このまま空気を悪くするのも気が引けるので、会話を変えることにした。
「盗賊といえば、オーウェンたちを襲った盗賊たちはその後どうなったんだ?」
「あぁ、奴らですか。引き渡したあと厳しい尋問を受けたそうですよ。アジトのことも自供したそうなのですが、どうやら捕縛されたことを事前に察知したらしく、討伐隊が到着したときにはすでにもぬけの空だったそうです」
「そうか」
やはりあのときの盗賊の親玉はなかなかのキレ者だな。
おそらく事前に戻ってくる時間などを取り決めていたのだろう。
捕まった連中が指定の時間を過ぎても戻らなかった場合は、全滅もしくは捕縛されたものとして行動するという段取りだったはずだ。
これならアジトの場所を知られても迅速に逃げることができる。
大所帯だからこそできる選択だが、危機管理能力の高さが窺えた。
「奴らの親玉は結構な賞金首って話だけど?」
「はい。やつらの頭目はビルスという名前です。もともとはオラクルの冒険者だったのですが、その恩寵を使って商人を襲った方が稼げると思ったようで、数年前に盗賊に身を落としたのです」
「その恩寵って?」
「”邪眼”ですよ」
「”邪眼”?」
これまた初めて聞く恩寵だ。俺はロイに視線で説明の続きを促し、ロイはそれを察して続ける。
「はい、邪眼とは、魔獣を操れる力のことです」
「なるほど。そりゃ冒険者より盗賊に身をやつすわけだな」
魔獣を操って、商人にけしかければ自分は安全なところから襲撃ができる。なるほど盗賊にはもってこいの恩寵だ。
「キールたちも日中は魔獣に襲われたって言ってたし、その一部はビルスに操られてたんだろうな」
俺の言葉にまさに被害のど真ん中にいたオーウェンがうなずく。
「そうですね。イオリ様たちに助けていただいたときは、何とか魔獣を退け、盗賊たちとの戦闘に移ったときでした。一度狙った獲物を昼夜問わずに追い詰めることができる連中のやり方は非常に危険です」
「そうですね。それに、不思議なことに、ビルスによってけしかけられたとされる魔獣の中には、本来このあたりには出現しないような魔獣が含まれているという話なのです。この辺りの戦闘になれている者達も、それで苦労しているとか......」
「このあたりに出現しない魔獣......か」
ロイ達の話を聞く限り、”邪眼”はあくまで操る力であり、召喚する力はないらしい。となると、ビルスは独自の魔獣の調達ルートを持っていることになるのか?
(情報が少ないな......)
とはいえ、今後の旅程で出くわさないとも限らないので、俺は専属契約の権利として得た情報の提供を求め、今後なにかビルス達の情報が新たに入ったら逐次教えてもらうことにして、その日の食事を終えるのだった。