2-14 魔込めの腕輪
ロイたちとの会話を一旦区切り、俺は装備選びを再開する。白石は別の従業員と一緒に選んでいるようだ。愛姫とアルは、応接間でお菓子を食べながら待機している。
武器や防具を一通り見て回る。王都の商店と同じものもあったが、初めて見る装備も数多くあった。中でも、魔法発動のアシスト機能が強化されている杖が俺の視線を引きつけた。
今俺の持っている杖も国支給のもので魔法発動のアシスト機能が付与されているが、目の前の杖はさらにその効果が高められているらしい。価格は王金貨3枚......600万!?
「こちらの杖がお気に召しましたか?」
ロイが俺の視線を見て声をかけてくる。
「あぁ、今持ってる杖も王国騎士団御用達のモノで、アシスト機能はついてるんだけど、それがさらに強化されてるってのは魔法使いとして魅力的だなと思ってさ」
「そうですね。発動スピードすなわち手数ですし、イオリ様方の旅を助ける物になるのは間違いないかと」
「たしかに欲しいんだけど、俺の探してるのはちょっと違うんだよなぁ」
「と、いいますと?」
「うん、旅をするなかで、愛姫とアルは戦闘に参加できないっていうか、俺たちの明確な弱みだからさ。二人の助けになるような装備があればそれが最優先に欲しいと思ってるんだよ」
「なるほど。たしかに、まだ幼いお二人は無防備も同然......。ちなみに、イオリ様の転移魔法があれば、毎日宿屋で夜を明かすことができるのですし、宿屋でお二人に待っていただく訳にはいかないのですか?」
至極もっともな疑問をロイは俺に投げかける。
「それはそうなんだけど、やっぱり愛姫やアルを見知らぬ異世界で長時間二人にしておくってことにはどうしても抵抗があるんだよな。
アルも獣人で面倒事に巻き込まれやすいし。それを考えると、危険を承知で一緒に進んだ方がまだマシかなって思っちゃうんだよ。過保護なのかも知れないけど、愛姫は俺に残された唯一の家族なんだ」
「なるほど。たしかに、獣人と異世界からの転生者の身内と知れれば、イオリ様とヒナ様の不在に付けこむ輩が出てくるのは無理からぬ話でしょうね」
「だろ? とはいえ、今後敵が強くなったときに、緊急避難的に使える装備があればと思ったんだけど......」
「そうですねぇ......」
ロイが何かないかと頭をひねってくれる。すると、傍らからオーウェンが何かを閃いたように手をポンッと叩く。
「そうだ! 会頭、イオリ様の転移魔法と組み合わせればアレがピッタリでは?」
「ん? ......あぁ、アレか!! 確かに!」
ロイも合点がいったのか興奮気味に俺の方へ向き直ると、
「イオリ様、こちらへどうぞ。ぴったりの装備がございます」
そう言って俺を先導し始める。
ロイについて店内を歩き、腕輪らしき装備のコーナーの一角に足を止め、一つの腕輪を手に取った。
「イオリ様、こちらは”魔込めの腕輪”と呼ばれる魔道具でございます」
「魔込めの腕輪......?」
「はい。これは魔法を保存することができる能力が付与されておりまして、これに魔法を保存し、指定の言葉を唱えることで、魔法を行使できない者でも保存された魔法を使用することができるのでございます」
「へぇ。ってことは......」
「はい。イオリ様がこの腕輪に転移魔法を保存することで、愛姫様たちが指定の言葉を発すれば、転移魔法が発動して危険から避難することが可能になるかと思います」
「なるほど。これはものすごく便利だな」
俺は魔込めの腕輪を食い入るように見つめる。
中央に緑色の石が埋め込まれており、その周りを銀色の金属で縁取っている。大きさも大したことはなく、愛姫が装着しても邪魔になることはないだろう。
「ちなみに、一度保存すれば何度でも使えるのか?」
「いえ、一度使用すると再度使うには魔法を保存し直さねばなりません。
しかし、避難という目的で使うのならば、このデメリットはさほど影響することはないかと思います」
「確かに。ちなみにお値段はいかほどで?」
俺は駆けられた値札に目をやると、白金貨5枚らしい。俺の杖と変わらない。
「性能の割にかなり安いと思うんだけど、どうしてだ?」
「先ほどのデメリットのせいですね。1度使うと再度魔法を保存しないといけないので、短時間に何回も使うには不便なのですよ。
加えて、魔法使いにとっては不要なものですしね。
用途がかなり限定的なので、需要がさほど高くないのです」
「なるほどなぁ。けど、たしかに避難っていう用途にはぴったいだな。よし、俺はこれにするよ」
「よろしいので? たしかにぴったりの装備ですが、ほかに高くて戦闘向けの装備はたくさんございますよ?」
「いいんだ。必要になったらその時買えばいいし、一番欲しいと思ったものをお礼として受け取る方が俺の気持ちもいいしさ」
「なるほど。でしたら私どもといたしましても、この魔込めの腕輪をお贈りさせていただきたいと思います」
そういうと、ロイは俺の手に魔込めの腕輪を手渡した。3つも。
「なぁ、どうして3つなんだ?」
「念には念をでございますよ。愛姫様とアルトリア様はもちろんですが、話によればヒナ様もご自身の防御力は心許ないとか。
幸い、この腕輪は在庫がまだございますし、価格も私どもが想定していた装備の金額よりもはるかに安いのです。ですので、どうかお受け取りいただけましたら幸いでございます」
あまりの気配りに思わず絶句してしまう。
たしかに白石の恩寵の欠点についても話してはいたけど、瞬時にここまで気を回してくれるとは......。
「本当にありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」
俺は心からの感謝をこめてペコリと頭を下げる。
ロイとオーウェンは嬉しそうにそれを眺め、
「こちらこそ、お受け取りいただきありがとうございます。
その腕輪が、皆様の旅の助けになりますことを心から願っております」
そういって深々と頭を下げた。
その後、白石の装備の選定も程なくして終わり、愛姫とアルの待つ応接間で合流する。
白石は、やはり自身の防御力を懸念したのか、騎士団支給のものよりも上質かつデザインも凝られた防具を選択していた。
スレンダーな見た目を損なうことなく、かつ、耐久面を向上できるということで気に入ったらしい。白を基調とした軽い金属性の防具だが、程度の低い魔法なら反射する性能もあるらしく、打撃面の性能も言わずもがなとのことだ。
細部の調整のための採寸も済ませたということで、俺は3人に魔込めの腕輪を見せる。
効果を説明すると、白石は納得の表情を浮かべ、愛姫とアルは自分たちも条件付きとはいえ魔法を使えるということで飛び跳ねんばかりに喜んでいた。
「にいちゃん! 愛姫もゲート使えるようになると?」
「あぁ、ただし勝手に使っちゃ絶対にだめだからな? 本当に必要な時に、遊んでて使えなくなってましたじゃ目も当てられない。俺が使っていいって言ったとき以外で勝手に使ったら......」
「使ったら......?」
あ、これ大したペナルティじゃなかったら使うなコイツ。
だって目の奥がまだキラキラしてるもん。
「使ったら、罰として俺たちが豪華な食事をとってる時に、ぬるいお湯しか飲めない刑に処す」
「「そんな......」」
愛姫だけでなくアルまで絶望の表情を浮かべ、耳がヘタってしまった。
お前も隙あらば使おうと思ってたな?
念押しとばかりにもう少し罰を強めておこう。
「それも、1週間な」
「「はは~......」」
三つ指ついて服従の意を示すちびっ子二人の姿をみて、脅しは十分と認識し、白石に目を向ける。
「こいつらはもちろんだけど、白石も念のために持っててくれ。これで戦闘時にアル達を守る必要がなくなった分、白石も戦闘に専念できるだろうし、万が一の時の保険にもなる」
「えぇ。わかったわ。ありがとう」
やけに素直にお礼をいって腕輪を受け取り、頬を薄らと赤らめながらしげしげと見つめている。
あれか、プレゼントだって喜んでるのか? まぁ確かにプレゼントはプレゼントなのだろうが、そもそもはロイ達から俺へのプレゼントであって、深い意味は全くないぞ......というのは藪蛇だから言うのはやめておこう。